天椅立神社(7)やっと最終回。境内おさんぽ

こんにちは。


天椅立神社。


【祭神】伊邪那岐命・伊邪那美命 

式内社「阿波國美馬郡/天椅立神社」論社。

明治3年。

当社神主であった近藤忠直により「式内社」と提唱され正式に現社名に改称。

今まで皆が「羽津明神」って呼んでたけど、ほんとはここは「式内社『阿波國美馬郡/天椅立神社』」っていうとこなのよーっと、ある日突然、宣言。


羽津明神の名残かや?


この奥の本殿が


高い高い基礎の上にありました。


もう洪水にならないといいね。


歌、間違えました。

今回は三好氏の追っかけはしなかったのですが、ここは三好郡東みよし町。



阿波守護・阿波小笠原氏の末裔の三好氏は、阿波三好郡を本拠地として次第に東へ東へと勢力を伸ばします。


玉垣には三好さんがいっぱい。


三好長慶の良くできた弟、安宅冬康関係かわかりませんが、個人的にうはうは。

ちなみにここの近くの阿波池田の


安宅屋羊羮はさっぱりした甘さでとても美味しいです。

※安宅屋さんは北陸の安宅関辺りから来られたので、この名前に。


氏子の方々が作ったこのお庭。


まともにお父さんなので、ちょっと照れた。


この子の後ろにある石灯籠。


めっけもんでした。


天保2年(1831)。


寛政4年(1792)。寛政期の石灯籠、私には珍しかったです。

むふふふ。

寛政4年の頃ってね。

長谷川 宣以(はせがわのぶため)が活躍していた時代ですわよっ。


んまっ。

火付盗賊改役・長谷川平蔵、『鬼平犯科帳』の鬼平じゃないかっ。

うっはうっは♪

あああ、鬼平。あああ、中村吉右衛門様♪


境内には、徳島らしいこの石が点在。


なんでこの写真を撮ったんだろう。


境内には、排水路とおぼしき溝。

わずかな溝ですが、これがあるのとないのとでは大違いなんだろうな。


さーて、帰ろう。


そうね、またね。


由緒や地域の古い古い遺跡群も狛犬さんも素敵な天椅立神社でした。


今度は田んぼが緑のときに来たいなぁ。




すまなかったねぇ。


天椅立神社
《住所》徳島県三好郡東みよし町昼間3266




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天椅立神社はこれでおしまい。長々とお付きあいいただきすみません。昨年、鬼平ドラマがついに終わってしまったんで、アニメの「鬼平」見ました。小房の粂八(ドラマでは蟹江敬三)がえらい美形の若者でしたわ。そうかぁ、粂八っておじさんじゃなかったっけ。・・・寛政の石灯籠見ただけで、小躍りするお馬鹿でした。おほほほ。

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天椅立神社(6)立法寺とむかしばなし

こんにちは。


天椅立神社。


赤丸が天椅立神社、右斜め上に立法寺の小字。

ここには、かつて、立法寺という大きなお寺がありました。

この辺りでは今でも田を耕していると、布目瓦の破片が出てくるとか。

むかしむかし。

その立法寺の若いお坊さんが、近所の娘とフォーリンラブ。



しかし、僧侶は妻帯出来ないので、

二人は石のそばで、心中してしまいました。

それが、この石。



いつしかこの二つの石を夫婦石と呼び、他所へ持っていくと罰があたるといって、だれ一人さわる者がなく、ずっと田の真ん中に残されておりました。


・・・きっとあの世で二人は仲良しこよし。


徳島らしい、この大きな石は、腰掛け石。

立法寺のお坊さんが腰かけて、近所の子供たちを集めて勉強を教えた石といわれているとか。


ありがっとお♪


日本むかしばなしの世界です。


参考文献

『阿波学会研究紀要』
(「郷土研究発表会紀要第39号/『三好町の伝説』/徳島県立図書館)
http://www.library.tokushima-ec.ed.jp/digital/webkiyou/39/3933.html


天椅立神社
《住所》徳島県三好郡東みよし町昼間3266



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境内にひときわ目立つ大きな石のベンチと、夫婦岩(裏に立法廃寺礎石の文字)があります。お寺のお坊さんが心中とは穏やかではありませんが、あの世で幸せになっているといいですね。お勉強を教えるベンチは、ほっこりです。案外低くて、座るときに、どっすんっとなりますけど、景色を眺めてのんびりするにはとてもいい石でした。

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天椅立神社(5)羽津明神が、ある日突然式内社?

こんにちは。


天椅立神社。

式内社「阿波國美馬郡/天椅立神社」論社。

徳島県三好郡東みよし町昼間に鎮座。


鎮座地(赤丸)周囲の小字名に、「宮内」「宮ノ前」。

※大字(おおあざ)昼間、小字(こあざ)宮内。

地名、特に大字&小字は、昔、その土地がどんなとこだったのかを表しており、とてもとても大切なものだと思います。


昔々は、「宮内」と呼ばれている地域全部が境内で、
当社の南100mの場所を「鳥居」と呼び、実際に鳥居の沓石があったという伝承が。(『三好郡誌』など)


方角からしたらこっち。「宮ノ前」って辺りになるのかな?


ところでこの昼間という場所。

上の小字地図の丸数字は、縄文・弥生・古墳時代の遺跡群です。


ほれほれ、こーんなにいっぱい。(クリックで拡大します)


神社北東角に、説明板が。


(クリックで拡大)

④の、京伝遺跡。


私が道を間違えきょーふのどん底に落ちた辺り。

ふっ。ケガの 巧妙 功名。


⑦は、大柿遺跡。


たぶん、こっちらへんの右側。

弥生時代前期の棚田/古墳時代後期の徳島県下最大級の集落/鎌倉時代・埋納された壺等が発掘されたとても重要な遺跡です。


微高地斜面部は、吉野川の古い後背湿地に面しており、確認された最古の水田は弥生時代前期末まで遡る。水田は後背湿地部と斜面を棚田状に開墾している。棚田は5段確認されており、幅2m以下の狭く細長い水田で、各段差は約20~50cmである。導水にあたって微高地を分断する灌漑用水路を開いていることが確認された。

徳島県立埋蔵文化財総合センター「レキシル とくしま」オフィシャルサイトより引用
http://awakouko.info/modules/xpwiki/?%C5%EC%A4%DF%A4%E8%A4%B7%C4%AE%2F%C2%E7%B3%C1%B0%E4%C0%D7

出土品等はこちら⇒全国遺跡報告総覧
http://sitereports.nabunken.go.jp/ja/14131


すごいなぁ。棚田ですって。
弥生時代の田んぼって、のっぺらーんっとした平地にちょろん、かと思ってたら、地形を利用して段々にして、灌漑用水路まで作ってたんですね。


⑤の、立法寺には、立法廃寺跡遺跡。


天椅立神社境内にあった、これ。裏に「伝立法寺廃寺礎石」。

うーむ。動かしてしまってはもったいない。というより、意味がない。

惜しいなあ。


夫婦岩は、やはりこうでしょ。ふ。


古墳群や古式ゆかしい名称の神社が点在する吉野川沿岸。

周辺の遺跡群から見ても、ほんとに古くから人が住んでいたことが確実である昼間地区。

そこに、


延喜式制定当時「阿波國美馬郡/天椅立神社」が存在していた。

が。

今見ているここが綿々と「天椅立神社」として存在していたかというと、そうではなく。


貞治3年(1368)の雲辺寺の鰐口の銘に「阿波国田井荘、羽津宮」とあるように「羽津宮」、時代が下ると「羽津明神」と呼ばれるお社でした。



天へ通じる梯子とか橋を意味する「椅」の文字を持つ天椅立神社。


なのに、何で「羽津」やねん。


「これは肆の草書を津としたからであり、羽津即ち橋で、椅大明神である。辻の方へ渡る舟橋の椅神社から社名ができたか」(『式内社の研究』「神社取調指上帳」/明治初期)

にゃー?

延喜式制定時には「阿波國美馬郡/天椅立神社」であったものが、羽津明神となったのか。

そこで、明治名物。


ひっくり返るのどんでん返し。

明治3年。

当社神主であった近藤忠直により「式内社」と提唱され正式に現社名に改称。

今まで皆が「羽津明神」って呼んでたけど、ほんとはここは「式内社『阿波國美馬郡/天椅立神社』」っていうとこなのよーっと、ある日突然、宣言。

「証拠は?」

由緒不明、なんですね。

古くから人がいたという揺るがしがたい物証としての遺跡群があり、そこから引き続きここらには何かがあったろうに、惜しい。

式内社といっても、いろいろあるさ。


そうだよ、ここで地元の皆が大事におまもりしてきたってのが、いいんだよ。


今でも、地域の心の拠り所となるようにお庭を作ってらして。


ほっこり。

なかなかできることじゃないですよね。


あかん。折れる。


災害を忘れないように標柱や昼間地区の遺跡群地図まで設置されているんですもの。


そうよ、お社も狛犬さんも、地元の氏子さんに愛されてなんぼ。

よそものは、はぁー、いいなぁ、このお社、気持ちいいなぁ、素敵だなぁ、ありがたいなぁと、感謝するのがいいんだと思いました。


天椅立神社
《住所》徳島県三好郡東みよし町昼間3266




いつも応援いただきありがとうございます。
この遺跡群ですが、大規模な本格的な調査はされていません。理由は、自治体にお金がないから。これはこれでいいのだと思います。歴史浪漫よりも、今、住民のためにすべきこと、優先するべきものは他にいっぱいあります。あっちこっちで新たな発見!こりゃすごいぜ!と叫ぶことができる自治体は豊かなのだということ。道路を作るとか、そんな一大イベントがない限り、この辺りの謎は謎のまま。それでも、実は豊かな土地なのです。

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ありがとうございます。夜にお熱が連続してるのでさすがにお医者さんへいってきます。
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