養父神社(1)別当寺普賢寺と生野の変

こんにちは。


養父神社の狛おおかみくん。

今日は養父神社。

ようふ、ではありません。やぶ、です。


いきなりお気の毒な石仏様です。


神社の麓を流れる神社川。


猛暑の真っ昼間。


階段を上るとそこも、ひなたであった。


トカゲちゃん、一緒に日向ぼっこしようぜ。


目の前が円山川なので、参道が「横から」でしたの。


うおお、びっくり。


いけません。


養父神社。


本体はここで待ってるから。


素敵な光景です。


おじちゃん、こんにちは。


涼しそうですね。


こまちゃーん♪

ちょいと寄り道。


・・・赤い靴はいてた、です。


現在の社務所は、明治の神仏分離までは別当寺の普賢寺。

養父神社の紹介文等では抹殺されている別当寺の存在ですが、なぜ「普賢寺」の名前までわかるかというと。


幕末の文久3年(1863)10月。

この直前、8月に起きた天誅組の蜂起に呼応し、但馬国生野(兵庫県生野町)において尊皇攘夷派が挙兵した事件。(生野の乱、生野義挙とも)

生野の変自体は3日ほどで鎮圧されますが、天誅組と大きく異なるのが中心は農兵であったこと。

生野の変、挙兵一ヶ月前に、原動力となった農兵組立ての第1回目の会議が行われたのが、ここ、普賢寺でした。

「朝五ツ時(八時)ヨリ養父明神別当所エ会合ノ人数 追々登山セリ。安麿(美玉のこと)ハ同志連坐ノ上登山スベキトテ相待チ居ルニ 四ツ過(十時過ぎ)ニヤ 袴着セシニ壮夫来リ、登山セシニ弐十四五輩連坐セリ。」(『渓間日乗』)


建物の右奥へ回り込むと、


南北朝時代中頃の石造宝篋印塔。


ここにお寺があったことを隠そうとしても、自ずからにじみ出てしまうものです。

はっきりと、ここには別当寺の真言宗の普賢寺がありました、その遺構です、壊して「ないない」してました、と言いなさい。


よかったよかった。


いつも応援いただきありがとうございます。
生野の変は、現地では「生野義挙」と呼ばれています。中心メンバーの一人に後の京都府知事となり琵琶湖疎水を敷設した北垣晋太郎(国道)がいます。涼しくなったら、あちこちを巡りたいなーと。まー、とにかく今は暑いです。

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No title

こんばんは~

暑い中お疲れ様です。
狛ちゃんも暑そう^^

ほんとに神社で別当寺の記録をしているところは珍しいですね。
でも隠そうとしても、ちゃんと残っているもんですね^^

ぽちぽちぽちーーー☆彡

m(__)m

\(^o^)/ 今晩は。
暑い夏、略して「夏い」中、海に山に温泉に・・・お疲れ様です。充足する日々をお過ごしのようですね。

珍しい養父神社の狛おおかみくん・・・そういえば十二支だけじゃないですからね。

信楽のマメダ(狸)のような、狛たぬきさんはいないのでしょうか?

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

暑かったです。こんな季節にうろうろせんでも、とは思いつつ。
でも、お外へ出かけてしまうんですねぇ。ほほ。

名草神社のあれこれがあるので、あまりこの養父市(旧養父町)にはいい印象がないのですわ。

幸い、生野の変の史跡を辿ると、はっきりと別当寺の普賢寺の名前が出てきてしまうので、恥ずかしいお話ですね。

建物の移動先も探し当てたんですけど、暑くて嫌になったし、チェックインの時間も迫ってたし、今回は行かず。

本気の汗って、手首からもわいてくるもんなんですよねー。

minekazeya様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

夏いですねー!!まー、油断してましたわ。

家にいるとだらだらとしてしまうので、ちゃっちゃと出かけました。
昼間が長いので、今の季節はうろうろするにはいいですね。
夏いけどっ。

養父神社の狛おおかみくん、牛に見えるのですが、神社がおおかみくんだと言うので、おおかみくん。

狛たぬき、といっていいのかどうか、屋島寺の境内社に夫婦と子狸が立っていました。
四国なら、伝説のタヌキの親分がいることですし、狛タヌキさんがいるかもしれないですね。

どこかで、狛足を紹介した画像を見たことがありまして。どこだったかなぁ。足の神様だったと思いますの。うーむ。

神仏の御縁

但馬の若干複雑な歴史、面白く拝読仕りました。
御存知かもですが、神仏判然(分離)と廃仏毀釈は少し違います。
神仏判然:今まで神社の管理を寺院の別当(僧侶)に委ねていたが、政府が管理することに転換した。理由は、それまで寺院ほぼ役所だったが、役所は政府が担うことになったため。
廃仏毀釈:政府の神仏判然令を過激に遂行した地域の事例。岐阜で寺院が全くなくなった地域や、鹿児島のように曹洞宗の坊さん逃げ出して空き寺に浄土宗が居着いた例があります。
いずれの場合も、神イコール仏だったことはなく、あくまで管理人だったそうです。
ただ養父神社のように歴史を詳しく伝える努力が少ないようなことは、やはり改善してもらえると良いですね。
名草神社も、お寺サンと確執あるみたいですね。
立派な運営をされている寺院サン(医師も勤めているみたいです!)だけに、地域の発展に向けて上手くいかないものかな、と願ってしまいます。
http://www.tajimamyouken.com/
神社御祭神の名草彦命は悪疫を改善された御神徳、ということは現在では日光院サンの方が継承に努めている感ありですね。
他人同士より近縁のケンカの方が厄介ということなんでしょうかね~苦笑
例えば五重の塔は地域の方の祖霊社とか位牌堂のようにされて、祖霊祭祀(ご法要)と文化財としての維持は共同でされるとか。お墓が持てない家庭は寺院の檀家でも神社の氏子でも、いらっしゃると思いますし。
普賢寺の歴史を復興するんで、名草神社と日光院で和解しよう!なんて実現できないものですかね~妄想。

忠輝様

こんにちは。拙い記事をお汲み取りいただき、感謝しております。

神仏分離と廃仏毀釈についてよくよく考えたきっかけが、名草神社でして。カテゴリが隠れていますが、

http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-438.html

↑こちらの回より二十数回に分けて記事に致しました。
ご覧いただければ幸いに存じます。

名草神社が問題なのは、日光院を排除した挙げ句に、久しく途絶えていたであろう式内社名草神社をあたかもずっとそこに存在していたかの如く、養父市教育委員会を含む各所が広報している点にあると存じます。

養父神社の別当寺をなかったことにして説明する養父市(旧養父町)教育委員会の解説文がちゃんちゃらおかしかったのも、上記経緯がありました。

出雲大社から近年、公に「五重塔の譲渡先は日光院である」と文書で著していても、この有り様。空っぽの五重塔を見上げても、虚ろになるだけ。

恐らく日光院との和解はあり得ないだろうと思います。

高野山では、開山に神領を貸し、案内した神々を今も壇上伽藍の奥に祀り、日々おつとめされています。まさに、神様の前で読経、ですね。

この高野山がある和歌山県では、神社合祀が激しく行われた土地でもあります。

ご指摘の地域は、苗木藩と薩摩藩のお話かと思いますが、実際に訪れてみたい場所ですね。

しかしまぁ、様々な神社仏閣を訪れると、神社って何だろう、日本でいったい何がどれ程失われてしまったんだろう、と考えずにはいられませんね。

ありがとうございます。

貴重な見解に触れて、むしろ私が学ぶばかりで感謝です。
いつだったか、鹿児島では廃仏毀釈の史実が地元の新聞で連載されたそうですが、但馬でも地元のイザコザも含めた正しい歴史が描かれるようにしてもらいたいですね。
教育委員会も、今の立場は或る意味で別当なのですから、今度は由緒が失われることないよう奮起してもらいたいものですね。
でも、史実が書き換えられるのは、それが有利になる方々もいるらしいから厄介みたいです。
一例ですが、足利氏末裔の喜連川氏における家臣が忠臣の地位を乗っ取った事例、何かの参考になれば幸いです。
喜連川騒動における一考察
明治44年発刊『喜連川郷土史』と昭和52年発刊『喜連川町誌』の喜連川騒動記述の歪曲をあばく
http://www.squarehills.sakura.ne.jp/kituregawa-soudou.htm

忠輝様

きゃー、お待ちになってー。

全ての人が史実をありのままに伝えているとは思いません。
歴史は勝者のものだそうですね。やだやだ。

おお、喜連川氏。

以前に、阿波公方足利氏のお話を書いたときに、古河公方家は大名家として続いたんですよ、っと教えていただきました。

(リンク先へgo。おおお、すごく詳細が書かれている!・・・後でゆっくり拝読しますがまずは)

あらやだ。これもひどいお話ですね。騒動の内容ではなく、「読者への報告」の内容です。

そうなのかぁ。私も各自治体発行の郷土史本を参考にすることが多いので、気をつけないと。

全てを一次資料で調べてみたいものですが、なかなかそこまでは。
お勉強になりました。

今日はゆっくりたっぷりお話が出来てとても楽しかったです。ありがとうございました!

また、よろしくお願い申し上げます。うふふ。
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古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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