丹生官省符神社(2)空海創建の三社と高野山開山の神々

こんにちは。


ええ、もう、ほんとに。


丹生官省符神社、閑散。


日影、どこ?


紀伊国名所図絵(江戸時代後期)と見比べると、

お寺の建物だけでなく、神社側の社殿も減少しているのがわかります。

もとはこの四神に太神宮(天照大御神)、八幡宮(誉田別大神)、春日明神(天児屋根大神)の三社と、神宮寺の神通寺をあわせた「神通寺七社明神」とも。


石燈籠に、七社大明神の名称が残ります。

慈尊院丹生高野明神、丹生七社大明神、丹生神社と呼ばれ繁栄したものの、神仏分離により境内の寺院を排除。

明治43年(1910)。九度山、入郷、慈尊院の諸社を合祀。
昭和21年(1946)。丹生官省符神社の社号に改称。


拝殿まで来るのに青息吐息。


三つの本殿。


ぐぐぐぐー。


【主祭神】

丹生都比売大神(地主神)

高野御子大神(狩人に化身して空海を高野山へ案内)

大食都比売大神

市杵島比売大神


【丹生都比売神社の祭神】


丹生都比売神社、本殿。

(奥から)

第一殿 丹生都比売大神(丹生明神)
第二殿 高野御子大神(狩場明神)

第三殿 大食都比売大神(気比明神)
第四殿 市杵島比売大神(厳島明神) 
若 宮 行勝上人

※鎌倉時代に、行勝上人が、気比神宮から大食都比売大神、厳島神社から市杵島比売大神を勧請。北条政子による社殿寄進。


くぅー、見事ですっ。


【御社(みやしろ)】

高野山壇上伽藍に鎮座する御社。


御社にも、地主神の丹生都比売明神と案内神の高野御子大神が勧請されています。


山王院は、御社の拝殿。


御社は、今でも高野山壇上伽藍の一番の聖地。


このように、



空海が創建した各所に共通するのは、高野山開山に重要な役割を果たした神様である、


高野山に神領を貸した地主・丹生都比売大神と


空海を導いた高野御子大神。


いかに空海が二柱の神様を大切にしたか、よくわかります。

そんな丹生官省符神社。

最後に


狛ちゃーん♪


いつも応援いただきありがとうございます。
今日は、山の日。新しい祝日ですね。ぼーっとしてたので、普段通りに仕度してからテレビを見て気付きました。おほほ。そそくさと化けの皮を落としてうーだうーだとしまーす♪関西の渋滞もえげつないので、お盆休みが明けてから、おでかけするんだ~。

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こんばんは!

またまたバックナンバーにコメントさせていただきます。

こちらも団体で行ったのですが、10分という制限時間でしたので、境内を走り回る感じで見学しました。
もう団体は懲り懲りという感想です(^_^;)

しずか様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

バックナンバーまでご覧いただいて、とても嬉しいです。

え。10分!?

・・・トイレ休憩?

それは走り回りますよねー。
階段の往復だけでヘロヘロになってしまいますわよー。

それでもしっかり見学されたしずか様はすごいです。

団体でないと見せてくれない所では、一大決心して参加しますが、友人いわく「顔が般若で舌打ちしまくるから、離れてて」らしいです。

えへへ。四方様に叱られちゃうかも。

私は真夏に訪問したので、そらもう、あちーあちーでした。
涼しい野迫川から山を下りてきたので、車の外気温がみるみるうちに上昇、気持ちは下降。

高野山と共に真冬の景色を見に行きたいです。
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