九度山の慈尊院(1)下乗石と案内犬ゴン

こんにちは。


暑くてご機嫌ななめですが、

空海を高野山へ案内した狩場明神 with 白黒わんこと


神領を高野山へ貸した丹生都比売大神が祀られているのは


天野社。現在の丹生都比売神社。


「紀伊国名所図絵」の高野山周囲(下が北)

雨引山麓にあるのは、慈尊院。



弘仁7年(816)。空海による創建。

高野山への表玄関として伽藍を創建し、高野山一山の庶務を司る政所(寺務所)を置き、高野山への宿所ならびに冬期避寒修行の場とした。(wikipediaより引用)



空海の母・阿刀氏(伝承では玉依御前)が、讃岐国多度郡(現:香川県善通寺市)から息子の空海が開いた高野山を一目見ようとやって来ました。

が、当時の高野山は7里四方が女人禁制。

あらやだ、入れない。

よって、麓にあるこの政所に滞在。


高野山から20数キロあるにも関わらず、空海は頻繁に母を訪ねました。


それが、慈尊院から始まる高野山町石道。


一ヶ月に九度(=頻繁に)訪ねたので、「九度山」と名付けられたこの地。


そう。もうすぐこの人達がやって来る、九度山です。


ごめんください。


素朴な壁です。


門の側に、下乗石。「下」しか見えませんが、


神社やお寺で見かける、これです。

「紀伊国名所図会」に「下乗/法務権僧正定海」「建立/保延2年(※1136)」と記されている板碑。

定海は、平安時代末期の高野山座主。

天文9年(1542)の大洪水で流失した旧慈尊院の南門に建てられていたものの、現況は下半分を欠損。

定海僧正が保延2年(1136)に作らせたものであれば県内最古ですが、欠損のため確認出来ず。


危険です。


何か、いる。


高野山案内犬の、ゴンちゃんです。

平成元年頃から、空海が日々通った高野山町石道を案内したという元野良犬。

その距離、20数キロ。


慈尊院の鐘の音が好きだったので、ゴン。


やはり高野山はわんことご縁がありますねー。


いつも応援いただきありがとうございます。
いやぁ、暑いですねぇ。呼吸すると肺が痛いぐらいです。慈尊院を訪問した7月の連休も暑かったですが、日影に入ると涼しく感じました。今はもう、どこにいてもあつーいです。毎日20数キロを歩いていたゴン君ちゃんは、老衰のため平成14年に他界。野良犬だったので正確な年は不明ですが、十数年を慈尊院で過ごしています。

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No title

ゴンちゃん、
何か、小樽のぶん公を思い起こさせるワンコ。
平成14年と言えば、ついこの前じゃありませんか。(そういう事にしておいて下さい)
毎日20数キロを歩いたんだ。
慈尊院の方にも、お詣りの方にも、可愛がられたんだろうなぁ。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

そうなんですよー!小樽のぶん公ちゃんと同じように、一生懸命頑張ったわんこです。

あ、いや、本人は実は楽しかったのかもしれませんけどね。うふ。

さすがに晩年は20数キロは歩きすぎだろうと止められたようですが、参詣者やお寺の皆様にとても愛されて可愛がられたわんこです。

紀州犬の雑種だそうで、なかなかりりしいお顔をしてますよ。

平成14年は、そうですね。ついこの前ですねっ。
そういうことにしておくと、万事が平和でございます。
昭和ウン年すら、最近の事のように語ってしまいますもの。おほほほ。
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