紀伊国名所図絵と高野山

こんにちは。


丹生都比売神社等で引用してきた「紀伊国名所図絵」。


現存建造物と比較するとよくわかります。


当時の神事等が描かれていたり、


丹生都比売大神が空海に神領を貸す由緒があったり、楽しいです。


蟻通神社の自然石の狛犬さんは、


ほんとにでっかいなーとか、観音堂と鐘楼があったんだーとか。


残るもの失われたもの、いろいろです。


紀伊国名所図絵は、江戸時代後期に和歌山城下の書肆・帯屋伊兵衛(高市志友)によって企画された紀伊国全体に関する地誌。

紀伊藩領だけでなく高野山寺領についても掲載があります。

初編と二編(高市志友編)は文化9年(1812)
三編(加納諸平編)は天保9年(1838)
後編(加納諸平・神野易興編)は嘉永4年(1851)の刊行。

広範な地名や寺社について掲載しており、『紀伊続風土記』とならび、江戸時代後期の紀州に関する基本的文献の一つに数えられています。(文化遺産オンライン「紀伊国名所図絵」より引用)



全体像を把握するのにも便利。


不動坂の女人堂。禁煙じゃないらしい。

女人禁制の高野山ですから「高野七口」(七つの参道の入口)に設置。

白黒わんこがいるのは、もしかして


この子達をちょっと入れてみたのかしら。うふふ。


壇上伽藍の山王院にも、わんこ。


現存建造物と比較すると、非常に緻密に描かれていることがわかります。


高野山奥の院の一部。

ひとつずつに氏名が記されています。

徳川家が高野山大徳寺に東照宮を勧請し廟所を設けたことから、これに倣えと各大名家がこぞって奥の院に供養塔を建てたのが、今の奥の院の光景。

無論、それ以前のものも多数ありますが、名所図絵で奥の院を見ると、松平や譜代の多さが目立ちます。


画像、中央上に見える大きな五輪塔が、


お江(崇源院)の墓所。画像だと大きさが伝わりません(泣)。


お江のそばに、千姫(天樹院)墓所。

徳川全盛の中で、豊臣家のものはどうなっていたのか、つづく。


紀伊国名所図絵は、国立国会図書館デジタルコレクションで見ることができます。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2563500


いつも応援いただきありがとうございます。
名所図絵は紀伊国の他にも各地あり、あちこちの神社等の画像を眺めていたらエンドレス。由緒等も記載があるので、さらにエンドレス。高野山は奥の院から大門までの道に沿ってまるで地図のような図絵が並んでいます。天秤棒を担いだ人や馬を連れた人が往来し、お掃除する僧侶にちょこちょこ現れるわんこ。面白いです。

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No title

こんばんは~

こうして絵図で見ると往時の広さや賑やかさが判りますね^^
昔話の「ここ掘れワンコ」のように、案内するのは賢いワンコなんだなぁと

ぽちぽちぽちーーー☆彡

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

高野山がすごいのは、このメインストリートがそのままバス道として残り、壇上伽藍がそのままの配置で残るところかなー。

観光マップより、こっちの方がわかりやすかったりして。

高野山は白黒わんこ連れの高野明神が空海を案内したという伝承により、なにかとわんこが出てくるんです。

いや、私がわんこ好きだから気がつくのかしら。

ここ掘れわんこ、今思うに、わりとシリアスで冷静ですね。
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