丹生都比売神社(2)由緒と祭神

こんにちは。

丹生都比売神社その2。


あかーい。



【由緒】(丹生都比売神社HPより)

この天野の地へ鎮座したのは、今から1700年前のこと。

丹生都比売大神は、天照大御神の妹神で稚日女命(わかひるめのみこと)ともいい、神代に紀ノ川流域の三谷に降臨、紀州・大和を巡られ農耕を広め、この天野の地に鎮座。(『丹生大明神祝詞』天平時代)

神功皇后出兵の折、丹生都比売大神の託宣により、衣服・武具・船を朱色に塗ったところ戦勝。
これに感謝し応神天皇が社殿と広大な土地を神領として寄進。(『播磨国風土記』)



【丹生の「丹」】(丹生都比売神社HPより)

「丹」は朱砂の鉱石から採取される朱。

丹生都比売大神は、日本全国の朱砂を支配する一族が祀る神とされ、朱の鉱脈のある所に「丹生」の地名と神社。

全国に、丹生神社は88社、丹生都比売大神を祀る神社は108社、摂末社を入れると180余社。

ここ、丹生都比売神社は、その総本社。



楼門は、重文。


・・・お賽銭箱。


その前に、無数の盃状穴が穿たれた石。


見えません。


こっちへ行くと、本殿を拝見できる場所が設けられています。

きっと皆があっちこっちから覗くからですね。すみません。


丹生都比売神社、本殿。

(奥から)

第一殿 丹生都比売大神(丹生明神)

第二殿 高野御子大神(狩場明神)

第三殿 大食都比売大神(気比明神)

第四殿 市杵島比売大神(厳島明神) 

若 宮 行勝上人

※鎌倉時代に、行勝上人が、気比神宮から大食都比売大神、厳島神社から市杵島比売大神を勧請。北条政子による社殿寄進。

現存本殿は、室町時代。
一間社春日造で、日本一の規模を誇る。重文。


くぅー、見事ですっ。


くううううーっ(見えない)。


【高野山と丹生都比売神社】


第一殿の丹生都比売大神が、空海に神領を貸した地主神様で、


第二殿の高野御子大神が、空海を高野山へ狩人に化けて導いた神様。

with白黒わんこ。

丹生・高野両明神は高野山の鎮守として永くその仏法を守護する存在となり、


高野山の壇上伽藍、御社にも祀られます。

ということは、

この神社と高野山との繋がりは、強い。


高野山参詣案内図(推定江戸期/高野山大学図書館蔵)

天野社は、旧社名。

空海の母を祀る慈尊院から、この天野社へおまいりして高野山へ。

案内図に多宝塔等が見えるように、天野社はかつて当たり前であった神と仏が共存する神仏習合の姿。

中世、丹生都比売神社の周囲には、数多くの堂塔が建てられ、五十六人の神主と僧侶が守っておりました。


寛政5年(1793)墨書、高野山金剛峰寺蔵

多宝塔(10世紀中頃建立)、御影堂(1211年北条政子による建立)等多数の堂于が見えます。


そこへ、いつもの神仏分離です。

クラッシャーです。


現在。

・・・あーあ。

ちなみに、明治の神仏分離までは「天野社」と称していたものが、この時から「丹生都比売神社」に。

つづく。


画像引用
「がらくた置場」minaga様よりお借りしました。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~s_minaga/sos_amanosya.htm


いつも応援いただきありがとうございます。
丹生都比売神社は、平成16年に「紀伊山地の霊場と参詣道」の「丹生都比売神社境内」として世界遺産へ登録されています。楼門、本殿の素晴らしさは表現しがたいものがありました。が、うーん。うーん。悩みつつ次へつづく。

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丹の波

こんばんは。いつも興味深く拝見させて頂いてをります。

「丹」に纏はる話は、奥が深くて大混亂してしまひます。「朱砂」そのものは鐵ではないですが、大國主命と大山咋神の丹波蹴裂傳説の中の大井神社の丹の池を始め、砂鐵と「丹」の關聯はまさに歴史の探究心を擽る題ですね。

橘右は恐らく古代支那より直接「鐵」が傳はつたはよいが、支那のやうな鐵鉱石が取れず、日本列島を探しまくつたことで、我が國が進歩の歩みを始めたのではと想像してをりまして、丹生都比売大神はとても氣になります。
好奇心が止まりませんが、それはそれで大切にしようかな。

No title

こんばんは~今日は少し涼しいんでプチ復活^^
(※根本的な解消になってない↑)

>明治の神仏分離までは「天野社」と称していたものが、この時から「丹生都比売神社」に。

あ~~てことは、古記録では天野社になってて、
自分のような現地に行くのが容易でない他県人が「天野社」ってどこよーーーってなるのですね(涙

ほんとに神仏分離も神仏習合も※*★~×○以下自粛

ぽちぽちぽちーーー☆彡

No title

つねまるさん、こんばんわー♪

丹生都比売神社は、室町時代で現存なのですか。
日本の木造建築に驚嘆するばかりです。

見るからに荘厳な神社ですね!
宇治の平等院に様式が似ているのは、気のせいでしょうかね^^

橘右近大夫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

『魏志倭人伝』の邪馬台国「其山 丹有」の丹とは、水銀の方かと思っておりました。

なるほど、砂鉄。

私が「丹生」と名のつく神社に眼を向けたきっかけは、漫画の「陰陽師」でして。浅いお話ですみません。


>大國主命と大山咋神の丹波蹴裂傳説の中の大井神社の丹の池を始め、

おおおお。何だ何だー!?
神社を巡りながら言うのも恥ずかしいことですが、この辺りのお話に疎くて。

全体を見ないからダメなんですねぇ。

面白いお話で刺激をぐいぐいと与えてくださって、ありがとうございます♪またあれこれほじくり返す楽しみが増えました♪

鉱脈から派生したのか、水脈の方の丹生関係もまた気になります。

好奇心は項目ごとに整理しておいて、他のものを巡った時に「あれれ?」っと引っ張り出すのが楽しいですね。うふふ。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

祝・プチ復活☆☆

神社の名称は曲者ですね。祀る神様の数で「四社明神」「十二社明神」それの権現パターンあり、とか。いろいろ。

現行の社名は、明治で変わっていると疑ってかかるのがよろしいかと。
そもそも、「~神社」で揃ってるのがおかしな話かもしれませんね。

piglet01様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

高野山は落雷で焼失しまくって、国宝建造物は二件という悲しいことになっております。

盆地に鎮座するこちらの本殿が落雷に遭わず、火災にもあわず、残ってくれたことはありがたいことですね。


>宇治の平等院に様式が似ているのは、気のせいでしょうかね^^

似てますでしょ。細かい事を言えば違いますが、丹生都比売神社の楼門は、神社というよりは寺院建築なのですねー。

piglet01様、ビンゴ~(゜∇^d)!!
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