東大寺二月堂への裏参道。しっとりおとな道

こんにちは。


「ぜーったいに火気厳禁」の大仏殿周辺は黒山の人だかり。

げっちょり疲れたので、さっさと移動。


大仏殿と二月堂の、「殿」と「二」を結ぶ二月堂裏参道をてくてく。


やはりでかい大仏殿の東隣には、


長池です。

堀の名残かと思いがちですが、「大和名所図会」(1791年5月発行)にもこの形で描かれています。


「大和名所図会/巻之1-6 /秋里舜福 著/竹原信繁 画 」

二月堂へ向かう裏参道、緩やかな上りですが、人がいなくていいです。


足音は、コツコツ、と。

ぺたぺたどすどす、では似合わない雰囲気。

とことこ。けっつん(←躓いた)。


昔はあちこちに点在していたんでしょうね。


どこも偉そうに見えてしまう貧相な私。


二月堂の供田(くでん)です。

ご飯のお米ではなく、もち米。

秋に収穫したもち米は、お正月の鏡餅や修二会(お水取り)のお供え餅(壇供)になります。

東大寺学園の中学生と東大寺幼稚園の園児が一緒に田植えや稲刈りをした光景が、たまに関西ローカルニュースで流れます。

(・・・ただ、田植え時に。そのままでは稲が育たないので、後でこっそり植え直してるのは、内緒。)


振り返ると、所々にこんな分岐。

階段もあるので、車は通れません。

ぺたぺた。ずるっ(←滑って)あちょー(←変な踊り)。


道端に、バンビちゃん。

小鹿は敏感で、お鼻をずびっとしただけで脱兎の如く走り去ります。

あまり見つめると、かーちゃんが襲ってくるので要注意です。


見えてきたのは、二月堂。

道端の水路は朝方までの雨で、なかなかの流れ。


さて、二月堂。

東大寺を襲った


治承4年(1180)平重衡の兵火


永禄10年(1567)三好・松永の乱

で、伽藍ことごとく焼失する中で、類焼をまぬがれました。

が。


寛文7年(1667)、修二会の最中の2月13日に失火で焼失。

2年後に再建したのが現存建物。国宝。

そんな、ちょっとおとぼけさんの、二月堂。


修二会(お水取り)時期じゃない二月堂、お久しぶり。

人がいなくて、びっくりです。

つづく。


いつも応援いただきありがとうございます。
普段、ほんとに人がいない場所ばかりを放浪しているので、東大寺大仏殿付近の人混みには、げっちょりうんざり。そんな時は回避するに限りますねー。ご近所の方々ととっても気持ちよく「おはよございます」の声を交わしつつ、ゆっくりお散歩することが出来ました。

にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ


お手数をおかけ致します。ありがとうございます。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

No title

大人の時間ですね^^

古都の雰囲気満点です。

有名どころは どこも観光客だらけでテレビのCMみたいにノンビリ散策ってなかなか^^

奈良ではバンビちゃん活躍中^^

ぽちぽちぽちーーー☆彡

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

そう、大人の時間でした。

特に奈良公園の喧騒といったらもう、むにゃもにゃ、きぃーっだったので。

6月はバンビちゃんの季節。

ちっちゃい子が一生懸命かーちゃんを追いかけているのが、とってもかわいかったですよー。
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

◎画像の著作権は放棄しておりません。
◎画像と記事の無断使用厳禁!!
◎丸パクリには断固抗議する!!

◎リンク戴く際はご一報下さい。御礼させて戴きたく。
◎一言でもコメント戴ければすごーく嬉しいです。

尚、メールでのお返事は致しませんので、コメント欄をご利用ください。

宜しくお願いいたします。

参加してます♪
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
最新記事
カテゴリ
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
月別アーカイブ
リンク
最新コメント
最新トラックバック
ブログ村さんに参加中
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ご来場御礼