春日大社の飛火野。能「野守」と地獄

こんにちは。


春日大社へ向かう参道の傍らに広がるのは


アレって何だ。

古くは春日野とも呼ばれた飛火野は、古代祭祀の地と言われる場所。

能「野守」の舞台です。


ワキ:出羽国羽黒山の山伏
前シテ:野守の老人
後シテ:鬼神
舞台:大和国春日野(春日大社・飛火野付近)
作者:世阿弥


修験霊場の葛城へ行く途中に、南都を観光。春日野へ来た山伏。

「春日の野守」という通りすがりのじーさまに、観光案内してもらう。


この水溜まりを「野守の鏡だよ」と、じーさま。


「野守の鏡とは」

①野守が朝夕姿を映す「鏡」。

②野を守る鬼が持つ「鏡」。

能「野守」の前半は①を、後半は②を主題にしています。


じーさまいわく。

「箸鷹の野守の鏡得てしがな思ひ思はずよそながら見ん」(新古今集/読み人知らず)

は、この池を詠んだもの。

雄略天皇が春日野に狩をした際に逃げた、鷹。

その行方を野守に追わせたところ、鷹の姿が池の水に映っているのを見て探し当てた。



それ以来、この池は「野守の鏡」と呼ばれるようになった。
(平安末期の歌論書『奥儀抄』/藤原清輔撰)

とさ。

そう語った後、


じーさま、塚の中へ姿を消す。ここまでが前半。


《後半/中入後》

山伏、考える。

じーさまは、もしかして鏡を守る鬼神ではなかろか?と。

山伏、鬼神を呼ぶため、祈る。


ワキ(山伏)「鬼神の住みける塚の前にて。肝胆を砕き祈りけり。
われ年行の功を積める。その法力の真あらば。鬼神の明鏡現して。
われに奇特を見せ給へや。南無帰依仏」

後シテ(鬼神)「ありがたや。天地を動かし鬼神を感ぜしめ」
地謡「土砂。山河草木も」
シテ「一仏成道の法味に引かれて」
地謡「鬼神に横道(おうどう)曇(くもり)なく。野守の鏡は現れたり」
ワキ「恐ろしや打火輝く鏡の面に。映る鬼神の眼(まなこ)の光。
面(おもて)を向くべきやうぞなき」



ありがたや。お前の祈りは、天地を動かす。感動したー。
地面も山河草木も仏法の力で動かされ、鬼神に邪な曇りはない。

そう言いながら、鬼神 with 野守の鏡、登場!


(大きな鏡を持つ後シテの姿)

が。

炎に輝く鏡の面に映るのは鬼神の眼の光。
こわっ。めっちゃ、こわっ。


びびる山伏を見て、鬼神は帰ろうとします。


シテ「恐れ給はば帰らんと。鬼神は塚に入らんとす」
ワキ「暫く鬼神待ち給へ。夜はまだ深き後夜の鐘」
シテ「時はとら臥す野守の鏡」
ワキ「法味にうつり給へとて」
シテ「重ねて数珠を」
ワキ「押しもんで」



山伏「待ってー。修行開始の寅の刻(朝4時)まで時間があるのよー。仏の力でまだここにいてー。お願いっ」

と、数珠をじゃらじゃらと鳴らします。


地謡「台嶺(たいれい)の雲を凌ぎ。
台嶺の雲を凌ぎ年行の。功を積むこと一千余箇日。
しばしば身命を惜まず採果(さいか)。汲水(ぎっすい)に暇を得ず。
一(いち)矜伽羅(こんがら)二(に)制多伽(せいたか)。
三に倶利伽羅(くりから)七大八大金剛童子」



山伏は、高山にかかる雲よりもさらに高い所で千日余り、命を惜しまず厳しい修行をした。めげないぞー。

鏡には、矜伽羅童子・制多伽童子・倶利伽羅龍王、八人の金剛童子等の仏法の守護神が次々に映る。


ワキ「東方」
シテ「東方。降三世(ごうざんぜ)明王もこの鏡に映り」
地謡「又は南西北方を映せば」
シテ「八面玲瓏(れいろう)と明らかに」
地謡「天を映せば」
シテ「非想(ひそう)非々想(ひいそう)天まで隈なく」


鏡を東へ向けると降三世明王(東方の守護神)が、他の方位へ向けると各々の方角の守護神が映る。

鏡に映せば四方八方は明るく澄み渡る。

天を映せば、天界のてっぺん(有頂天)までくまなく映る。


すごいぞ、野守の鏡。


地謡「さて又大地をかがみ見れば」
シテ「まづ地獄道」
地謡「まづは地獄の有様を現す。一面八丈の浄玻璃(じょうはり)の鏡となつて。

罪の軽重 罪人の呵責。打つや鉄杖の数々。
悉く見えたりさてこそ鬼神に横道(おうどう)を正す。
明鏡(みょうきょう)の宝なれ。
すはや地獄に帰るぞとて。大地をかつぱと踏み鳴らし。
大地をかつぱと踏み破つて。奈落の底にぞ。入りにける」



大地を見ると、映ったのは六道の中で一番深い地獄の有り様。

「浄玻璃の鏡」(閻魔大王が生前の罪を見定めるのに使う)のように野守の鏡には、

罪の重さ、罪人が鉄棒で打たれ罰せられる姿。全てが映る。



山伏はその恐ろしさ故に、正しい仏の道を歩むことを鬼神に誓う。

善悪の道を正す鬼神が持つ、理非を明らかにする宝の鏡。 

こうして鏡を見せた鬼神は、大地を踏み破って、地獄の底へと帰っていったとさ。


そう。


飛火野の下には、鬼神の住む地獄がある。


でも、だいじょうぶ。



春日の神様は慈悲深い神様で、春日社に縁のあった人は、罪があっても普通の地獄には落とさず、 春日野の下に地獄を構えて、毎日罪人に水を注がれてその苦しみをやわらげられた。(『春日権現験記』)

この清流を春日大社では「お杯」と言い習わしています。(春日大社公式HPより引用)

・・・あれ?結局地獄には落ちるんだ。きゃ。


参考文献
観世流大成版『野守』(訂正著作/24世観世左近、檜書店発行)


いつも応援いただきありがとうございます。
「飛火野は地獄につながっている」。これは中世において広く知られており、能「野守」の下地となっています。「鬼」は、春日大社に付属し活躍した大和猿楽が得意とした題材。幽玄を追求した世阿弥は「鬼」の芸を遠ざけたものの晩年には「鬼」へと回帰。能「野守」はその頃に書かれたと推測されています。久しぶりの能話。お付き合いいただきありがとうございます♪楽しかったー。 

にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ


お手数をおかけ致します。ありがとうございます。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

こんばんは。いつも楽しく拝見させて頂いてをります。

箸鷹の野守の鏡得てしがな 思ひ思はずよそながら見ん

あれつ、この歌は野守の鏡と言ふ和歌の詠まれた地だつたのですね、あれ、漏れてしまつてゐた・・・。
まだ/\、僕は修行が足らないと言ふなんですね。

この曲は含蓄のあるお話ですね。人間、正しい道に進まうとする心が大切なんだなと改めて感じました。

No title

こんばんは~

面白かった~
つねまる様の解説付きで能を鑑賞したら楽しいだろうなぁ^^

ぽちぽちぽちーーー☆彡

No title

こんばんは。

春日大社の飛火野
こんな所があるんですか。
古代祭祀の地、
下には鬼神の住む地獄がある。
何とも言われぬ気持ちになりそう。
知らなければ、美しい芝生の地なのに。

お能って、見ているだけじゃチンプンカンプンだけど、少しずつ知っていくと、面白いんでしょうね。

No title

こんばんは、kotodayoriです。

いつもブログへのご訪問、ありがとうございます。

昨年から今年にかけて何回か奈良に行って、「飛火野」にも何回か足を向けていました。(直近は、若草山の山焼きの日です)飛火野のいわれを初めて知りました。また出かけるときに、能「野守」の話を頭に入れながら、行きたいと思います。ありがとうございました。

また、よろしくお願いいたします。

橘右近大夫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

謡では、鬼やら化け物やらが主役であっても、根底には和歌を主題としているものが多いです。

能が大成した時代がよくわかりますね。

お稽古本の解説はほぼ和歌の説明です。死にそうです。


箸鷹の野守の鏡得てしがな 思ひ思はずよそながら見ん


この歌を知らないともう、わけがわからず。
修行が足りないのはこちらですわ。おほほほほ。

橘右近大夫様なら、謡本を見ても楽しいかと。

野守の鏡を主題としながら、仏の力までも讃えています。
狂言の山伏は滑稽ですが、能の山伏はちょっとだけデキル男です。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

楽しんでいただけてよかったです。嬉しいなー。

友人にする普段の解説だと↓↓

「山伏が寄り道したら鬼が出てきて、鏡を見せびらかしたお話。」

おほほほ。おほほほ。

余計なことを話すとボロが出ますもの。へへ。

以心伝心?

先日、飯山市の小菅神社を訪問してたら出羽三山のモノホン修験者のご一行に遭遇しました。

今年還暦だという長の方の吹く法螺貝の音色は素晴らしく、ジャズ界の方々とセッションしているとのお話でした・・・(そんなんでええんかい・・・汗)

スプーン一杯のご飯と味噌スープ、たくあん三切れで世の中を生きていくとは凄すぎます。ミランダカーも修行したほうが良いと切実に思う次第(笑)

パンチパーマの大仏様、久々にお目にかかりたいと思う今日この頃ではございますw

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

参道の画像だけ見ると鬱蒼とした森のなかに鎮座していそうな春日大社ですが、実はあっけらかーんっとした芝生広場が広がっています。

草刈りをしなくても鹿さんが刈り取ってくれるので、きれいな芝生なんですよー。

若草山から流れ出た水が、飛火野の中の小川となり、興福寺の方へ下っていきます。
自然がとても豊かな所です。

雨の後は飛火野に小さな池が出来るのですが、この日は少し雨量が足りなかったようでした。

謡の内容は、様々なものの由来や関係する人物、仏法のあれこれ、仏様や神様の名前と配置など百科事典のようです。

謡本を眺めているだけでも楽しいですよー。

眠れない夜には、最高です。あ、言っちゃった。
謡本を読んでいると必ず、睡魔に襲われます。えへへ。

山形・仙台の旅!

7月16日から山家の米沢城、上山城、山型城、山寺(立石寺)と仙台は30年振りでの訪問です!
70歳を超えて見たいところまだ日本には沢山あります!つねまるさんの能を通じての知識には感嘆しています!

kotodayori様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

若草山の山焼きの日にご訪問とは、羨ましいっ。
一度見たいのですわ、山焼き。

飛火野は、のどかな芝生公園の趣ですが、実はこわーいこわーい所なんですよ。うふふふ。

友人と「この下は地獄なんだよね」「燃えてるね」「熱いね」とマニアックな話をしながらお散歩しました。

ぜひkotodayori様もマニアックな世界へおいでくださいまし。
お待ちしております。

らんまるせんせ

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

「つー」と言われれば「つーつー」と返す弟子でございます。

おおお。本物の修験者のご一行ですか。素晴らしいっ。

えーっ。生法螺貝!?
いいなぁ。しかも小菅神社という場所で聞くことが出来るなんて羨ましいが過ぎますわ。

えーっと。ジャズとセッション?
気の向くまま、臨機応変、楽譜はあってなきが如し、なとこが一緒なのかしら。どこでぶおーっと鳴らすのか、聞いてみたいですね。

私は、あ、違う、私も、ライスジュースがないと寂しくて死んじゃうので修行は夢のまた夢。

ちーっとは腹回りのお肉を削がないと夏が辛いか?と思いつつ、しゅわしゅわ。

改めて見ると、修学旅行のメッカの東大寺もとてもよろしゅうございました。ぜひ。

こんにちは

今回の「能」の解説は素晴らしく、しかも楽しかった。
昔、素人の能発表会で、知人が謡を披露しましたが、
その前に袴など買うと言うので浅草まで付き合いました。

多分劇場は、国立の小舞台だったように記憶しています。

つねまるさんの仕舞も素晴らしいでしょうね!
見てみたいな♪




四方様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。



???

仙台じゃなくて、奈良ですよー。

あ、四方様が、おでかけのお話でしたかー(^_^;)

三十年ぶりでは、懐かしいのかはじめましてに近いのか、よくわかりませんが、楽しみですね。

うちの母は「せめてあと5年、生きたかったよ」と言い残してお別れとなりました。

お元気にあちこちへ行けることは、素敵なことですね。
楽しんでくださいませ。

one0522様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

あたたかいお言葉、ありがとうございます。
とてもとても嬉しいです。

浅草で袴を調達とは、なんとも粋な。

女性用の袴は一般的にはスカートになっているので、私は能装束専門店であつらえました。
諭吉さんが何人も飛んでいき、号泣しましたが、四半世紀使っているのでとてもいいお買い物が出来たとホクホクしております。

お知り合いの方、国立の小舞台で謡をされたのですね。
いいなぁ。

私の仕舞なぞは、ぬいぐるみの熊が右往左往しているだけです。
恋慕う情緒溢れる曲はいまだにさせてもらえません。

鬼や化け物、修羅もの専門でございます。飛んだり跳ねたり回ったり。

あああ、いつになったら情感溢れるものができることやら。です。

No title

こんにちわ。

この辺に古墳群があって見学しようと訪れましたが、鹿さんがいっせいにこちらを見て、断念しました(笑)。前後しますが、東大寺もたくさん見どころがあるようですね。急ぎ足で見学してしまったようで。ポコポコ穴も気になります。

kame-naoki様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

あら。そうだったのですね。

この辺りは鹿苑が近く、のんびり系の子達がうろうろしています。

「きゃっ。不審者よっ。あらやだっ」と思われたのかしら。

東大寺は、周りの遺構が面白いかと思います。

ぽこぽこ穴、転外門周囲に無数にありまして。
宝探しのようでした。

隣接する東大寺ミュージアムも、よかったですよー。

能の世界

少しずつですが読ませていただいています。
奥深く広がる世界、それは人の心の奥に潜む世界のよう。

日曜の朝、6時からの謡曲も聞いてはいるのですが、同時にパソコンも開いていたり珈琲も沸いていたりするので集中できないワタクシ。

だがこれも人間の性かとも思われます。

ヨリック様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。
お返事が大変遅れまして、申し訳ございません。

おおお、朝6時の謡曲をお聞きですか!
すごいなぁ。

師匠がたまーに収録へ参りますが、普段の舞台とはまた違う、脂汗が出るような緊張感があるそうです。

声で伝えないといけないので、「すっごくいっしょうけんめい謡ってきた♪」らしく、何だか嬉しそうでした。

謡を覚えるときは、謡の録音を聞いてぶつぶつ言っておりますが、ほぼ、そのまんま熟睡してしまいます。

何かをしながら聞く方がかえってよく聞けているような気がします♪
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

◎画像の著作権は放棄しておりません。
◎画像と記事の無断使用厳禁!!
◎丸パクリには断固抗議する!!

◎リンク戴く際はご一報下さい。御礼させて戴きたく。
◎一言でもコメント戴ければすごーく嬉しいです。

尚、メールでのお返事は致しませんので、コメント欄をご利用ください。

宜しくお願いいたします。

参加してます♪
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
最新記事
カテゴリ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイブ
リンク
最新コメント
最新トラックバック
ブログ村さんに参加中
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ご来場御礼