大森神社(5)宮座と祭礼。湖東の宮座建物

こんにちは。


改易となるも近江国蒲生郡大森の地で改めて土地を得た、出羽山形の雄・最上氏。

かの最上義光の後継達が残した


足利二つ引紋が光る舞殿。


最上義智は、元禄8年(1695)。

「高家」就任と「従五位下侍従・駿河守」叙任。


これを祝して領民が始めたという、最上踊り。



宮座、によって祭礼の日に執り行われます。


【宮座とは】

地域の鎮守もしくは氏神である神社の祭祀に携わる村落内の特権的な組織及びそれを構成する資格者の集団。
専任の神職を持たず、宮座の構成員が年番で神主役を務める当家(とうや)制を取る。(wikipediaより)


西日本、特に畿内、また琵琶湖湖東地域ではよく見られる形態です。

特定の家が代々世襲するものや、一定の年齢に達した者が入り持ち回りで務めるもの、様々です。


《三所神社》


滋賀県甲賀市朝宮の三所神社。

宮座建物が残る滋賀県でも数少ないお社です。

祭祀を執り行う宮座は、7座。

向かって右側:幣之座・大座・今座の3棟の建物、
同・左側:出ケ座・姫座・親座・孫座、建物は1棟。



間取り、建具の様式、炉の位置や大きさ、屋根様式など細部はそれぞれ異なりますが、神前で催される祭礼を見るための桟敷的な構造、開放された総窓は共通。


《油日神社》


滋賀県甲賀市の油日神社。

社伝縁起には用明天皇、或いは天武天皇の頃の創始。



甲賀には、甲賀五十三家の同名中からなる自治組織「甲賀中惣」があり。

甲賀五十三家の総氏神である油日神社は、天正14年に「甲賀中惣」より永代神領百石の寄進を受けています。

毎年の油日まつりには甲賀武士の中から五頭殿が巡年参向。

油日神社の詳細はこちら
⇒⇒⇒甲賀の総社油日神社。由緒と甲賀五十三家
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-285.html?sp



楼門の両側に広がる廻廊。


「これまで支えて来たのは、何といっても油日谷七郷の氏子たちで、今では珍しい「宮座」というものが、この周辺の村には残っている。
(略)
楼門や本殿は、室町時代の建築で、周囲にきよらかな回廊がめぐっており、祭りの時には、ここに宮座の連中が居並ぶという。」


(白洲正子『かくれ里』1971年/講談社文芸文庫・1991年)



何とも風格のある建物です。


《徳島県美馬市の白人神社》



祭祀の中心を担い、武装してお社を守ってきたのは、忌部(いんべ)族の子孫とも言われる75人の宮人(みょうど)。

いわゆる「宮座」のひとつの形態。

藩政時代に武装解除された宮人は、自らの姿を木像に刻して神前に侍らす(75体の神像が社殿内に奉祀される)こととなり、以降は祭礼にのみ参集することになりました(『穴吹町誌』1071頁)。



滋賀県で7座や3座にうはうはしていたら、ななじゅうご。
それが、神像となり、今も神様をおまもりしているなんて。

いやぁ、ほんとに驚きましたのよー。


白人神社の詳細はこちら⇒⇒⇒白人神社の75の宮人
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-793.html


【大森神社の宮座】

舞殿の向かいにある宮座の控えの建物。



大森神社の宮座は、三座。

九門(公文)座、平尾座、助座。


長男に限り出生と同時に所属する座に入座。

各座においては、座の最古参を一番序、次を横座頭、次三名を横座と称し、それ以下を座講と呼ぶ。



以下、「大森神社/滋賀県選択無形民族文化財『大森神社の宮座行事と最上踊』」より引用。


「社記に依れば応永3甲子年(1396)本殿改築に際し神主、村役人とともに一番序が神移しの神事に供奉したことが記されており当時既に当社には宮座が存在していた事が窺われる。

一番序、横座頭には現在も厳しい物忌や序列があり、春秋二回の大祭をはじめ年間20回に及ぶ当社の行事は総て宮座を中心にして行われる。」



「最上踊りは『風流』の中の『小歌踊』に属し、
その発生は歌詞より推して徳川初期と考えられる。

旧記に依れば毎年3月3日の当社の祭礼日には、領主最上氏にも上覧に供された模様である。

祭礼初日の夜の『宵宮渡り』及び翌早朝の『卯の刻渡り』の際に、
『神いさめ』の神事と共に座講(※宮座三座の各々のうちの上位である一番序・横座頭・横座を除く人々)により奉納される。」(引用終わり)



最上氏より、十人の足軽を出し、長柄槍を捧げて、神輿渡御の警護をしたという大森神社の祭礼。

現在は毎年4月第1土・日曜日に行われます。



いつも応援いただきありがとうございます。
「宮座」の風習が残るお社でも、昨今の担い手不足により存続が難しくなっていますね。祭礼の形を変えて続けていくのか、昔からの形のままの伝承が出来ないならやめてしまうのか、皆様悩んでいることと思います。最上踊りは、盆踊りのように誰も彼も参加してわいわいと踊るものではない点に魅力を感じます。

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お手数をおかけ致します。ありがとうございます。
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No title

こんばんは~

宮座の伝統凄いですね^^
20回も神事?祭礼があるって、それだけ生活に密着してるんだなぁ
続いて欲しい伝統です。

ぽちぽちぽちーーー☆彡

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

大きな祭礼は年に数度ですが、これに向けて行われる様々な習わしや、節目の祭事があるのだと思います。

新日本紀行の世界。

伝統を維持するには、受け手の若い衆も必要ですが、教えることができる年配の方々の存在が大きいですね。

昔に撮影した画像でしか見られなくなったものも多いので、部外秘であろうと早いうちに記録しておく必要性はあろうかと思います。

最上踊りなどはまだ新しい方なので、姿を変えることなくこのまま続いてほしいですね。

深夜に失礼します!

油日神社!懐かしいです。

ぐるりと社殿を囲む回廊が素敵ですね!

映画版「信長協奏曲」でここが出て来た時には、劇場で、思わず声を上げそうになってしまいました(^_^;)

No title

国宝の数は10年前は第一が京都府、第二が奈良県、第三が滋賀県でしたが、今は保存の関係から東京国立博物館などに寄託するため滋賀県は第四番目になってしまいまいましたが、天台宗は滋賀県が一番多く湖東三山、湖南三山や今売り出しは甲賀三大仏です!油日神社など懐かしいです!

しずか様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

むふ。油日神社は、もー、とにかく、すんばらすぃ~ですよね♪
甲賀、信楽には由緒も社殿も境内も、こ・ま・ちゃん♪も、素晴らしいものが多いので大好きです。

回廊に腰かけて、しばし、ぽけーっとしましたが、今思うとたいへん失礼なことを。こほ。

・・・にゃに。

>映画版「信長協奏曲」でここが出て来た時には、劇場で、思わず声を上げそうになってしまいました(^_^;)

にゃに!?

ええええええー!?油日神社が、信長協奏曲にー!?

ドラマの仕上げが、「あとは映画で!」となった瞬間、録画をざくーっと削除したので、全く存じませんでした。

最近はロケ地を誘致してアピールする場所が増えていますが、油日神社は知る人ぞ知る舞台だったんですよねぇー。

甲賀市、また行かなくちゃ。

四方様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

国宝の中の「書跡・典籍」「古文書」「考古資料」等では、東京都の各「美術館」「博物館」「大学」「研究施設」が所蔵する数がとても多いので、まぁ、仕方ないですね。

保存のためにも委託・寄贈は必要な場合もあるでしょうし。

動かすことが難しい建造物では、奈良、京都、滋賀、兵庫が頑張ってますね。よしよし。

ただ、滋賀の場合は様々な事情からあえて無名にしているものがありますから、本当はいったいどれ程素晴らしいものがあるのだろうと、とてもとても気になります。

売り出されもせず、お店の奥に隠れているいいもの、を、こそこそこそっと拝見したいですね。
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