川島神社(1)狛犬曰く「ぎゅうぎゅうなの」

こんにちは。


吉野川南岸の城山にそびえるのは


川島城の、模擬天守。

模擬天守の横を通りたどり着いたのは、


川島神社。


大正5年(1916)に遷座した新しいお社です。


陽気な狛ちゃんは、ここの子。

今日は、狛犬日和。


あなたは、わんわんなのぉー。


ちょっとー!


吽ちゃん、ありがとう。


神様が満員御礼とはこれいかに。


阿ちゃん、かわいい尻尾。


参道側(正面側)に一房、流れが異なる毛が。


反対側にはありません。


同じ参道側(正面側)でも、吽ちゃんにはおしゃれ毛なし。


きゃー。吽ちゃんがいじけたー(T_T)


阿吽で尻尾の形が絶妙に異なるおしゃれ狛犬さんねーって言おうとしたのにぃ。

ごめんよごめんよ。


吽ちゃん、つんつんの角がかわいいよー。


指先まできれいよー。


ほんとほんと♪


つんつんのお耳も、かわいい。



【祭神】

誉田別天皇(応神天皇/八幡神社の祭神)
息長足媛命(神功皇后)
天日鷲命(忌部神社の祭神)など40余柱

ふーん。

・・・え。

待て。

「・・・など40余柱」

よんじゅうよはしら。

ええええー!?


狛ちゃんが「ぎゅうぎゅう」言ってたのは、これかー!


・・・新記録です。

私が訪れた中での最高記録は、和歌山県龍神村の皆瀬神社で、合祀37社、18柱の祭神。

これは明治39年(1906)の勅令の神社合祀政策によるもの。

⇒⇒⇒龍神村の皆瀬神社。神社合祀でぎゅうぎゅう
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-530.html

ううむ。川島神社では、何が起きたのでしょう。

つづく。


川島神社
《住所》徳島県吉野川市川島町字城山195




いつも応援いただきありがとうございます。
川島神社は住所の通り、城山に鎮座。川島城の郭に位置するようです。城跡をのんきにお散歩して終わるつもりが、神社の由緒を調べてみると、どうも面白そう。狛犬さんの一房のおしゃれ毛、石工さんの遊び心かしら。とてもきれいな尻尾です。

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No title

こんばんは~

ぷにぷにもちもちの狛ちゃん可愛い^^
お腹をモフモフしたい(*´pq`)
とっても丁寧に彫られてますね。綺麗です^^

40柱!(@@)
神様の公営団地や!

ぽちぽちぽちーーー☆彡

No title

つねまるさん、こんばんわー♪

川島城はかっこいいですが、中はレストランだとか。
全国の模擬天守を調べた時の記憶ですが・・・。

狛さんが騒いでいる「ぎゅうぎゅう」は、神社合祀を行っても
神主さんも「ギュウギュウ」なのかな。

No title

おはようございます。
神口密度の高さだと、佃の街角の小祠に21柱というのに詣ったことがありますが、40余柱とは(;^ω^)
やっぱり合祀合祀の結果なのか、時の為政者が手当たり次第に勧請したのか。
個別に記載されてない40余柱が気になる~。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

ちょっと大雑把なところもあり、とても丁寧なところもあり。
尻尾の一束の毛の流れが特徴的なのは、丹波佐吉の晩年に見られるこだわりで。

社殿は新しいですが、なかなか興味深い歴史があるお社でした。

piglet01様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

今はレストランは閉鎖され、展望台だけでした。

正直、模擬天守にはあまり興味がなくて、パンフレットだけ手に取り、そそくさと神社へ。

神主さんは川島神社の方なのでぎゅーぎゅーではないかと思いますが、道真さんも名を連ねているのでどこからかぎゅーぎゅーと聞こえそうです。

猫舌=・ω・=様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

おおお。神口密度ー!!

さすがです、お姉さま♪

ほほぉ。佃の街角に21柱。こちらもすごいですね。
村中のお社が集められた感じなのかしら。

川島神社、9割のお社が神社合祀されたという三重県と同じかほりがしました。
由緒もへったくれもなく、合祀合祀。

神社創建の年代も、あまりのひどさを見かねて建てた感。
あれこれ調べるうちに、阿波国の存在を消したいのかしら?と勘ぐってしまいました。

No title

おはようございます。

明治39年(1906)に神社合祀政策の勅令がでているということは初めて知りました。実際にこんなにいくつもの神社が一つになった神社になったことは驚きです。
仏教は明治政府にかなりひどい目に遭いましたが、神社も良く似たことがあったのですね。神官は公務員扱いで優遇されていたとばかりに思っていました。

しばやん様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

神仏分離が行き過ぎた後、地方を治めるために用いたのが神社。

三重県と和歌山県の激しさは、調べるほどに呆れ返るばかりです。

現地のお社へ行くと「あれ?」と、何となく気配がします。
由緒に比べ新しいか小さい、祭神がありきたり、ヒントはいくらでもあります。

合祀されて日々のお参りに支障があり、再び元へ戻した所もあります。

結局、新政府側にいち早く付いた神官、もしくは政府側の人間が派遣された神社、は、いきなり式内社になるなど、無理があります。

神官の系譜も、ひとつのヒントかと思います。

規定の不動産、財産等がないと神社として認定されないなどとは、おかしな話ですね。綾部市のこじんまりとした神社の説明板で初めて知りました。

自然信仰の対象となるものの前に真新しい社殿がある違和感は何とも言えず(熊野で顕著)、まさに本末転倒な気がします。

ただ、神仏分離以上に個別資料がなくて、まずは南方熊楠資料館へ行くのが早いかなぁ?と思っております。
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