上桜城(4)篠原長房討死。三好家崩壊の始まり

こんにちは。


上桜城

「余湖くんのホームページ」様よりお借りしています。無断転載厳禁。
http://yogokun.my.coocan.jp


道の先に現れた、土のもこもこ。


登り詰めて、余湖図の(1)の郭。


ご子孫が建てた石碑のようです。


ベンチもあるし、おやつ。


小笠原氏が阿波国守護となり、やがて細川氏被官となり、三好氏を名乗り治めた阿波国。

しんみり。

さて、と。

おやつのミニトマトもおミカンも食べたし、帰ろう。


なんか聞こえる。


南側には、別の山。


ずりっといきそうで、こわごわです。


帰りも、てくてく。


一旦入口まで戻って、もうひとつ。

道で分断されましたが、山手には「新城」と言われる急拵えのものがあり、その先っぽがこちらの、


余湖図の郭(5)です。


もしゃっとしてますが、当時はさぞかし眺望出来たんだろうな。


櫓台っぽいとこで、仁王立ち。

さて。

戦況不利を悟った篠原長房。

継室は、蓮如の孫にあたる摂津富田の教行寺兼詮の娘。

妻と次男篠原新次郎、三男篠原義房達を、妻の実家へ逃がします。

教行寺から紀伊国へ落ち延びた篠原新次郎は後に帰国。
父や兄の供養碑を建てました。



この上桜城の戦いをきっかけとして三好家臣団は離反。

長宗我部元親による阿波国侵攻が進むことになり、阿波国は戦場に。



この戦いの後、上桜城は廃城。


こんな時代もあった、篠原長房と三好長治、十河存保。

どこで歯車が狂ったか。

長治・存保が攻める上桜城の戦いの中で、篠原長房は討死。

三好家の行く末を案じたか、もうどうにでもなれと思ったか。
聞いてみたい気がします。


上桜城の桜はまだ、固い固いつぼみでした。

おしまい。


いつも応援いただきありがとうございます。
篠原長房の最期の地、上桜城。三好家を支えた長房の死によって上桜城の戦いは終わりますが、三好家内の死者は双方合わせて3000にも及びます。長宗我部元親、織田信長を相手にするにはまだ長治も存保も経験不足。重清城はじめ各地の戦で負けを重ね家臣の離反も相次ぐ中で、ちょっとだけ、後悔した夜もあったかな。あったとおっしゃい。・・・などと、しみじみした上桜城でした。

にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ


お手数をおかけ致します。ありがとうございます。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

No title

こんにちは~~♪
いつもありがとうございます(*^^)
梅雨入りしてからムシムシする日が続いてますがそちらはいかがですかー
今週もよろしくお願いしますね(^_-)-☆

相変わらずお城めぐりと狛犬さん探しの旅で忙しいようですね(*^^)

No title

こんばんは、kotodayoriです。

いつもブログへのご訪問、ありがとうございます。

戦国時代の有力大名三好家の末期の話、初めて知りました。内部崩壊だったのですね、いつの世も盛者必衰の理ありですね。阿波の国だけにとどまらず、四国の歴史を訪ね歩くのも面白そうですね、また面白い歴史を紹介してください。

よろしくお願いいたします。

kotodayori様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

本拠地である阿波国でこの有り様。

あとは、ローリングヒルとでも言いましょうか、あっという間の没落だったようです。

ほんとに、「盛者必衰の理あり」ですね。

ピークは、飯盛山城に長慶が住まいした頃なのかなぁ。

四国の東端辺りをうろついただけですが、様々な時代のものが混在する四国はとても面白そうです。

とてもいろいろな狛犬さんがいるので、狛ちゃん巡りをしながらあちこちへ行きたいです。

kotodayori様の桜のライトアップ、毎回とてもきれいですね。
とても楽しみにしております。

No title

こんばんは~

>篠原長房

彼が長命して三好を支え続けていたら、歴史は変わったのかなぁ

その後を考えると沁みる景色です(´・д・`)

ぽちぽちぽちーーー☆彡

No title

こんばんは。

三好家内で3000人の死者!!
この場所で?
何とも言えないですねぇ。
長宗我部と信長相手に、敵うわけも無かったでしょう。
後悔した夜は・・・あったと思いたい。
昔の武士は、そういうこと思わないのかな。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

ねぇー。

三好元長、長慶と弟達、みんな短命だったので、家内を取り仕切るのもたいへんだったでしょうにね。

まぁ、信長の勢いには負けるにせよ、もう少し歴史の表舞台に長く居座ることぐらいは出来たのかなぁ。

残念無念です。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

そう、身内で三千人。

大事なときに何をしてるんだか、ですよねぇ。

このあと長治はとほほな最期を迎え、存保は長宗我部元親の嫡男信親と同じ戦いの場で、同じように討死します。

ちらっとでもいいから、後悔してほしいと思ってしまいますね。

誰がほんとに自分を支えていたか、ぐらいは気づいてほしいです。

まり姫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

これからしばらく鬱陶しい季節ですね。

こんなときは、おうちでまったりとするに限りますが、梅雨の合間におでかけするのもまた一興。

近場をうろつく予定です。

ぴーかん天気が凄っ!

このようなシンプルな縄張の山城で籠城しようとは、もはや世捨て人の心境だったのでしょうか・・。

本郭の脇のモコモコは櫓台が立っていたか、それとも単なる本郭の目隠しが目的だったか。それにしてもぴーかん天気でこの眺望はなかなか遭遇できるものではないでしょう。
いつか四国へ上陸せねば・・と思いを新たにしておりまするw

らんまるせんせ

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

シンプル過ぎて、篠原長房が自ら造ったもののようにも思えず。

長房ならもっとやりようがあったと思いますが、もう、どうでもよくなっていたんでしょうねぇ。

もこもこ、何かわからなかったですの。
目隠しかぁ。なるほど!

訪問日はもう、ほんとに、ぴーかん天気。

こんなに素晴らしい眺望ですから、あれこれ位置関係を見るのに絶好でした。仁王立ちです。

四国は、メルヘンの世界も史実も面白いですし、海も山も素晴らしいです。
あ、とれとれぴちぴちの海鮮、絶品です。地のものが特にうまうま。
わら焼きのカツオのタタキ、土佐ですけどこれはお酒がすすむ君ですよー。

ぜひぜひ上陸あそばして♪
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

◎画像の著作権は放棄しておりません。
◎画像と記事の無断使用厳禁!!
◎丸パクリには断固抗議する!!

◎リンク戴く際はご一報下さい。御礼させて戴きたく。
◎一言でもコメント戴ければすごーく嬉しいです。

尚、メールでのお返事は致しませんので、コメント欄をご利用ください。

宜しくお願いいたします。

参加してます♪
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
最新記事
カテゴリ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイブ
リンク
最新コメント
最新トラックバック
ブログ村さんに参加中
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ご来場御礼