秋葉神社。うだつの町が燃えたので

こんにちは。


まいふぇいばりっと狛ちゃん。


脇人神社の背後にある城山には、

武田上野介信顕(のぶあき)や稲田植元が城主となった脇城。

ちょっとだけ、山に近づきます。


遅筆過ぎて、季節外れになってしまった・・・(^_^;)


お花がきれいでしたのよー(T_T)


菜の花もぉー(T_T)


気を取り直して。


ここは、秋葉神社。


健康第一。



【祭神】カグツチノ命

脇町は、うだつを建て防火構造の町としていましたが、それでも度々火災が起りました。
特に文政12年(1829)12月31日の大火では169軒が焼失しました。

そこで火除けのために遠江国(静岡県)の秋葉神社の勧請で「火の神」である当社がお祀りされました。
(「境内由緒書」より)



脇町は、藍の栽培が盛んであった吉野川沿いに位置します。


藍の商いで富を得た豪商の家が連なっていた脇町。


うだつは繁盛ぶりを示すだけでなく、防火構造でもあり、延焼を防ぎます。

しかし基本は木造。169軒が焼失するとは、大火事ですね。


社殿奥の石積に、穴。


小さな祠が納められています。

境内由緒書きが言う金比羅さんかなぁ。


社殿前の林道を登ると脇城跡にたどり着くそうですが。

藪、藪、藪だそうなので、行きませんでした。


拝殿前からは脇町が一望出来ます。

蜂須賀家の阿波徳島入封に伴い、脇城へ入った稲田氏。

間もなく洲本城代に任じられ、淡路島洲本へ。


この洲本の港から向かったのは


北海道の静内でした。


経緯はこちら⇒⇒⇒

幕末と明治の阿波徳島藩。事件勃発前夜
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-582.html

庚牛事変、勃発
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-580.html

洲本城代稲田家主従、北海道開拓へ。静内上陸
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-589.html



狛ちゃん、待ってたのかな。


脇城のある城山の麓に並ぶ秋葉神社と稲田氏の菩提寺である貞真寺。


元々、ここ周辺一帯は脇城主・城代稲田家の菩提寺である貞真寺の寺領地でありましたが、明治になって町が買い取り町民の遊山の地となりました。(「境内由緒書」より)



今は秋葉公園。

のんびりとおやつを食べました。美味しかったです。


さて。いよいよ。

稲田家菩提寺の貞真寺へ。


とうとうここまで来てしまいました。

つづく。


貞真寺
《住所》 徳島県美馬市脇町脇町1162ー2


秋葉神社は、貞真寺の裏山。お寺から見えます。


いつも応援いただきありがとうございます。
お天気に恵まれ、お花もきれいで、おやつのミニトマトが一段と美味しかったです。どこを訪れても忘れないのが、おやつたいむ。訪れた土地の和菓子や果物が一番美味しく感じる至福の時間です。うふふふ。

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非公開コメント

No title

こんばんは~

>遅筆過ぎて、季節外れになってしまった・・・(^_^;)

おくさま、大丈夫ですわ!
北海道では未だ八重桜が咲いてましてよ!
(ツツジの開花宣言も出たばかり)

クラクラする階段ですね^^
階段途中で振り返るのが怖い^^;

山門素敵~~(人´∀`).☆.。.:*・
ぽちぽちぽちーーー☆彡

No title

こんばんは。

つねまるさん、ダメ!
アザちゃんみたいな狛犬さんに、「帰ってこないなあ」なんて言わせないで(涙)

静内と洲本、海辺であるところが静内を選んだ理由なのかしら。

No title

つねまるさん、こんばんわ~♪

藍染の町ですか。 徳島が全国一のようですね!

三好長慶さんの脇城見たかったな~
かなり昇らないといけなかったのでしょうか。
ヤブめ`ェ´ 残念です。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

あらまっ。そちらは八重桜が咲いていますのねっ。
へっ。ツツジの開花宣言!?

え、え、え。桜だけじゃないのですね。

えーっと、なんだっけ、カマドウマじゃなくて、赤いお花の。
シシカマド?(違うなぁ)あれも春なのかなぁ?

こちらは土曜日、夜になっても24度でしたのよ。あちー。

階段はやけくそ気味に、一気に登る。
振り返ると怖いですね。

山門の枯れ具合がなんとも風流で。
まわりの風景に溶け込んで、とても美しいなぁとじっくりと眺めて参りました。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

えへ。

アザ狛ちゃん、絶対に誰かを待ってると思いますの。

毎日おまいりに来てくれるご近所さんかもしれないし、ぽつんと来なくなってしまった人がいるのかもしれないし。

わんこは一途に待ちますものね。きゅん。

静内への移住は稲田家側に選択権はありませんでした。
ただ、移動に船を使ったことから請負場所があった港へ入った事は確かで、沿岸にその上陸地の石碑が残っています。

洲本も静内も共に河川の下流に広がる平地であり、小高い山があり、港があり、現地で眺めると、驚くほど似ているなぁと思いました。

静内では、まだ行きたい所が残っているので、また訪れたいです。
ただ、とぉーーい。なので、いつになるやら。

piglet01様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

阿波藍によって、脇町だけでなく、吉野川流域がほんとに繁盛していたのがよくわかりました。

脇城は荒れ気味なので、入るには危険が。

山城は整備された場所以外は行かないことにしてるので、遠くから眺めて満足満足でした。えへへへ。

貞真寺から脇人神社の界隈は、館跡ではないかと推定されています。
水路が堀の現存部分らしいですが、発掘調査がされているわけではないので、歴史浪漫の段階ですね。
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