仏塔の礎石と柏原八幡神社

こんにちは。


拝観でおくつを脱ぐときに気を付けないといけない季節になりました。

ついったで聞いたら、げじげじの子供ですと。ぎゃー。

連休ですが、今年も関西をうろちょろしてます。


あんきんたん、です。

元禄8年(1696)大和宇陀より2万石で移封された織田家の行き先。


織田家廟所がある、

兵庫県丹波市の柏原(かいばら)へ。


せっせと登った先には、


丹波の名工・丹波佐吉の狛犬さん。

柏原八幡神社へ再び。


何度でも来ます~\(^o^)/

後ろにいるのは、


さすが八幡さん。鳩胸くるっぽーの狛犬さん。


実は尻尾が麗しい。

で、この狛さんが見飽きたのが、


神社に、お寺の象徴の鐘楼と三重塔。

柏原八幡神社も、元は神仏習合。

そこへやって来た明治の神仏分離。


えらいこっちゃえらいこっちゃ、よいよいよーい。

三重塔は、仏塔。あらやだ、どうしましょ。


ここが思案のシドコロ。

出したお返事は、


えっ。


ここは「八幡文庫」なんです。仏塔ではありません。


と、生き延びました。

さて。ここへ来たのは佐吉狛犬さんに会いたかったのもありますが。


郡里廃寺跡の塔基壇跡に残る礎石に関連して。

塔の礎石ってどんなんなーん?っと。

まぁ、白鳳時代の郡里廃寺の塔と1800年代建築の三重塔では、離れすぎておりますが。

見たかったんだもん。んふ。


よーいしょっ。


礎石の上に、八角形の柱。

全体は固められた基壇になっています。ベタ基礎ですね。


こんな感じで、郡里廃寺の塔の柱も立っていたのかな。

ついでに。


高野山の金剛三昧院の多宝塔。1223年建立。


自然石の上に、柱。


書写山圓教寺の食堂。


丸い柱がずらーっと並んでいます。

寺社の建物の床下も、きれいだったりゴッチャゴチャだったり、面白いですよー。うふふ。


柏原八幡神社の歴史と丹波佐吉について

⇒⇒⇒丹波国柏原八幡神社。光秀ファイヤー、猿が再建

⇒⇒⇒丹波佐吉渾身の傑作。柏原八幡神社の狛犬物語

⇒⇒⇒三重塔サバイバル。神仏分離を乗り越えた柏原八幡

⇒⇒⇒狛犬ぽっぽー、こーまいぬぽー。柏原八幡神社

宇陀からなぜ織田家は柏原へ来たのか

⇒⇒⇒柏原陣屋。織田といえども外様の悲哀



いつも応援いただきありがとうございます。
今日の丹波は曇天の上に台風のような強風でしたが、油断したらすっかり日焼け。しまったー。宇陀から移封された織田家の廟所ですが、菩提寺の徳源寺は廃寺となっており、ここだけがぽつん、っと残っていました。寂しいなぁ。

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