倭大國魂神社。「倭大国魂」を冠する式内社

こんにちは。


狛犬天国な重清八幡神社。

鎌倉時代末期に小笠原長親が重清城を築いた際、石清水八幡宮の分霊を勧請。


鎌倉時代末期、小笠原長親が入り構えた重清城。


お耳ぴーんの狛犬さんの言う、すごいお社て?


こちらの背後のお山にあります。

では、早速。


ななひゃくごじゅうさんだん!?

勘違い。

七五三の15段、女の厄払いの33段、男の厄払いの61段、合計109段。


一気に上ってみました。ふふ。


倭大國魂神社(やまとおおくにたまじんじゃ)

式内社・倭大国玉神大国敷神社二座の論社。



(以下、緑色の文字は現地説明板より引用)

由緒は不詳。

平安時代の『延喜式』神名帳の美馬郡条にある「倭大国玉神大国敷神社二座」に比定される古社で、大国魂命・大己貴命を主祭神とする。

その御神像は、高さ一尺ほどの剣を杖きて立つ神人の木像で、厨子の背後には、「大島郷倭大国魂神社」の墨書があると言う。



まぁ、拝殿はこの際もにょもにょ。


どんな歴史があろうと、守ってくれる地元の氏子さんあってこそ。

モノクロ写真とカラー写真を見比べるとね、
昔は賑やかだったのかなーっと、寂しくなるの。


この中に「高さ一尺ほどの剣を杖きて立つ神人の木像」があるのかな。


実はミニマム。

『日本書紀』の第10代崇神天皇紀6年に「天照大神・倭大国魂、二神を天皇の大殿の内にお祀りした」とあるが、『延喜式』で「倭大国魂」を冠する神社は他になく、「倭大国魂」との強い関係性が窺える。


倭大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ)?

『日本書紀』の崇神天皇6年の条に登場。

宮中に天照大神と倭大国魂の二神を祀っていたが、天皇は二神の神威の強さを畏れ、宮の外で祀ることにした。天照大神は豊鍬入姫命に託して大和の笠縫邑に祀った。
倭大国魂は渟名城入姫命に預けて祭らせたが、髪が落ち、体が痩せて祀ることができなかった。 その後、大物主神を祀ることになる件が書かれている。(wikipediaより)


『阿波誌』にも記述あり。

「延喜式亦小祀と爲す重清村谷口里に在り即ち廢城の東麓なり神代紀の註に一書に云ふ大國主神又の名は大物主神、又は國作大己貴命と號す又は葦原醜男と曰ふ又は八千戈神と曰ふ又は大國玉神と曰ふ又は顯國玉神と曰ふ、其祠舊大祭料十ビン、城主小笠原氏割く所、兵燹に罹り小祀と爲る」(『阿波誌』)


国魂(くにたま)とは、神道の観念の一つで、国(令制国)または国土そのものを神格化したものなんですって。(wikipedia「国魂」より)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/国魂


では、倭大國魂神社の「倭」って何だろう?


難しいねー。

やめとこ。


臣の道は、お賽銭にあり!って読んだ馬鹿ですから。ほほほ。

重清八幡神社を勧請した重清城主小笠原氏の崇敬もあったものの、


兵火により、小さな祠となったと。


この坂道を上り詰め、さらに石段109段を登った場所に鎮座。


周囲の眺めはさぞかし・・・


しょーっく。

この向こうに重清城。

えーっと。


河岸段丘の上になるんですねー。

境内には、古墳時代後期(6世紀)の3基からなる大国魂古墳群が築かれ、開口する横穴式石室(全長4.6m、高さ2.2m)をもつ1基が「大国魂古墳」で、段の塚穴型石室の中でも最も古い特徴をもつと考えられている。
神社北側の吉水には「吉水遺跡」があり、弥生後期の住居7軒と東西9間・南北3間の掘立柱建物跡等が発掘されている。

今後の周辺域の発掘によって、「倭大国魂神社」を成立させた集団の様子が明らかになってくるであろう。



付近配置図。

古墳がいっぱい=古くから古墳を作る集団あり。


段の塚穴式石室は、重清八幡神社から東へ。

距離はありますがこの付近を代表する大きな古墳。


立って入れます。


高いドーム型の天井が特徴。

チキンの心臓なので、フラッシュ怖くてすみません。


詳細は今後の調査を待つ。

そんな、倭大國魂神社なのでした。


重清八幡神社
《住所》徳島県美馬市美馬町八幡15

倭大國魂神社は、重清八幡神社拝殿横の石段を上る。




いつも応援いただきありがとうございます。
「国魂」の文字のある神社は、各地にあります。大阪なら生国魂神社(いくたまじんじゃ)。延喜式神名帳の「難波坐生國咲國魂神社 二座」で名神大社なのですが、倭大國魂神社は「倭大國魂」ってとこがポイントなのかな。難しいなー。何かよくわからないけど、すごいらしいです、倭大國魂神社。

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No title

おはようございます。

由緒ある神社ですね。名前の方は東京の府中市にある大国魂神社を思い出しました。国府が置かれていた場所です。倭は付いていませんが。

いずれにしても、かなり格式ある神社だと思います。境内に古墳もあり、その当時から神聖な土地だったのでしょう。

kame-naoki様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

かなり格式ある神社!(←語彙が少なくていい言葉が浮かばず)

そうそう、これです、これ。
何と言ったらいいのか頭が混乱。

国魂というと、大阪では生国魂神社、いくたまさんかな?
府中市は、大がつくんですね。
なるほど、国府が置かれていた場所なのですか。知らなかったです。
面白いなぁ。

今は麓の重清八幡神社の方が前面に出ていますが、
おっしゃる通り、古くから神聖な土地だったのでしょうね。

今回、久々に古墳を訪問しました。
ちょっと怖かったですが、素晴らしかったです。
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