狛犬のウインク。阿波藩南北八院の門主寺のひとつ、地蔵寺

こんにちは。



中世の頃より天然の良港として知られる小松島は、県下最大の港を持ち、江戸時代には大藍商たちが軒を並べ、藩財政に大きな影響力を持っていたとか。

また、義経が平家討伐のために上陸したと伝わる地です。


八坂神社拝殿には、義経の「駒つなぎの松」。


その八坂神社隣の地蔵寺山門は、市内最古の木造建築物。


「國傅山」

地蔵寺には、


阿波公方の平島館の玄関と書院を移築。


狛ちゃんは、元気です。


代々の阿波公方はここで暮らして。

鬱々とした日々だったのか、開き直ってのんきに暮らしたのか。


床下。ばらして組み立てて・・・間違えてないでしょね?


開基は、弘法大師。


ぎゅうぎゅう。


誰か、取ってあげて~(T▽T)

ぶわーっくしょい!ってされたら、牙がぶっ飛んできそうよー。


マジックハンド的な龍のお手手。


象さんか獏さん。うらめしいらしいです。ふふふ。


向拝の天井、花盛り。


お腹がすいたお猿さんがいて


ため息の鳥さんもいました。賑やか~。


【地蔵寺の由緒】(地蔵寺HPより引用)

「真言宗大覚寺派に属し、國傅山 寳珠院 地蔵寺と称す。

記録された文献では、天正7年(1579)領主吉成対馬守により境内800歩の免税を受け、慶長以降は藩主峰須賀家政の信仰厚く境内その他950歩を免税とした。

元和7年(1621)、代官山内松軒寺沢六右衛門が檀那となり中興。

歴代藩主の庇護と近郷在住の人々の信仰の道場として維持されてきた。

阿波藩内の僧風を正すためにもうけた南北八院の門主寺の一つといわれ、古くより京都嵯峨・大覚寺末の中本寺である。

時代の推移とともに寺運も幾度か盛衰を経たのち、明治に小松島に点在した塔頭子院6カ所、観音寺・阿弥陀寺・宝性寺・般若寺・真福寺・薬師寺を併合する。」
(引用終わり)



明治16年(1883)に生島伊之五郎とその妻ヨシが寄進した二重の塔。


鐘楼。

・・・すみません。間違えました。ごーん、です。


かわいい鎮守様。


誰かいます。


狛ちゃんのウインクこうげき~( 〃▽〃)


まんまるちゃんでかわいいなー。


とても丁寧な造りの鎮守様です。


宝寿水。

境内に湧く、ちょー軟水。

小松島は往古より天然の地下水に恵まれ、日常生活に利用されてきたそうで。

この地蔵寺境内の「宝寿水」は、阿波公方、阿波藩主が来訪のおりに所望、賞賛された名水と伝えられています。


ご近所さんがお水汲みなう。

このあと、ひとくちいただきました。

味?

えーっと。お水の味。

おしまい。


地蔵寺
《住所》徳島県小松島市松島町11ー26




地蔵寺ホームページ⇒⇒⇒「地蔵寺」
http://jizoji.com/index.html


いつも応援いただきありがとうございます。
阿波公方は、江戸時代後期には阿波漢文学の中心となり、阿波地域の文化サロン的な立場になっていたようですが、本人達はどう思っていたのでしょうね。屋根瓦の菊の紋や、地蔵寺ホームページで見られる内部の室町建築等から見ると、武力でいけいけどんどーん!な家とは一緒にしないで!ブライドぶんぶん!とも感じられます。細川・三好に翻弄された足利家、何ともお気の毒なおうちなのでした。

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No title

こんにちは。
昨夜は直江様の目力とお声に盛り上がってしまい~~
今日はまんまる狛さま’sの素敵なウインクに
ズッキュ~~ン♡でゴザイマス~~

お邪魔いたしました~~m(__)m

おきまちあき様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

いえいえ。私こそそちらへ乗り込んで大騒ぎ致しまして~( 〃▽〃)

今年の楽しみが出来ましたわ。ほほほほほ。

まんまるちゃんのウインクで誤魔化しておこう。ふふ。

こんなかわいい狛犬さんもいるもんですねー。
ちゅっ。

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No title

こんばんは。

公方様、本当にノンビリ呑気に暮せば良かったと思うんだけどね。
私なら絶対にそうするわ。
だけど、本人のプライドとか鬱屈とか、有象無象の人たちが利用しようとして集まってき来たりして、そういう訳にはいかなかったんでしょうね。
美味しいお水、飲んでみたいわ。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

室町幕府第十代将軍・足利義稙が、史上初「家臣達によって征夷大将軍職をクビにされた」将軍で、その後将軍に返り咲いたけれど、権力闘争に敗北して、阿波へ。

足利義稙の次が、初代阿波公方の義維(義冬)。

初めの数代は、遠い阿波の地から、いつかきっとー!っと考えるのもわかりますが、百年経ったら

もう、無理っ!

って、のんきに暮らしますよねぇ。

でもそこを諦めないのが、足利のおうちってものでしょうか。

美味しいお水、たぶん、お茶をいれたらおいしさがよくわかるのかなーと思いました。

え。万見仙千代様、普段から美味しいお水なのでは?

大阪なんて、琵琶湖から淀川ですよー。
今は改良されましたが、昔はにおいがきつくて、洗顔も出来なかったです。
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