名月姫と平清盛の伝説残る名月峠。大阪府豊能郡能勢町。

ローカルな場所でごめんなさい。今日は豊能郡能勢町のお話。


有岡城の戦いの際、当初は共に荒木側についていた中川清秀・高山右近は信長に応じて開城。能勢頼次の動向は不明。
本能寺の変後は明智についたため以降は一旦潜伏し、関ヶ原後、徳川幕府の旗本として明治まで能勢氏はこの地で続きました。

尚、能勢氏の発祥は多田源氏。

大阪府の最北端で、別名「大阪の北海道」。標高も高くて、市内より5-6度低く、冬は凍結注意。
でも、ここの作物は四季折々に豊かで、お住まいの方々は温かくて、とても素敵なところです。週末は、ドライブついでにこの辺りへ野菜を買いに行きます。


能勢町から西へ向かう道中の名月峠がお話の舞台。



「摂津御園荘浜村(現、尼崎市)の三松刑部尉国春が大日如来様に願掛けして、とても美しい名月姫を授かり、姫はやがて能勢家包(いえかね)の妻となり幸せに過ごしていた。

ところが、平清盛に見初められてしまう。

権力には逆らえず、清盛のいる福原(現、神戸市)に向かう途中、名月姫は夫への貞節を守り、この峠で自害し果てた。

姫のなきがらは峠に葬られ、以来、誰からともなくここを名月峠、と呼ぶようになった。」(現地案内板、能勢町教育委員会 より抜粋)


清盛~ (ノ`△´)ノ !!

だから貴方には、〇盛、□盛、☆盛、と、子供がモリモリ… o(`^´*)

どこで見初めてん。能勢で平和に暮らす人妻を。なーなー、清盛ぃー?

姫だけでなく、家族もかわいそう (;_q)






中央が名月姫の宝篋印塔で、両側に、父(国春)と夫(家包)の五輪塔。

姫の側に今も寄り添って守ってるように見えます (ノ_<。)


月姫の宝篋印塔。屋蓋の隅飾りの散蓮は、能勢特有の近江式装飾文。
鎌倉時代後期の作。

今も名月姫を憚って、嫁入りの時は前を通らない風習が残っている名月峠。



きーよーもーりー (*`Д´)ノ!!!

こわかったやんかー!


皆様の応援がありがたいです。ポチ、していただけたら明日の稽古頑張ります
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村
ありがとうございます。

関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

◎画像の著作権は放棄しておりません。
◎画像と記事の無断使用厳禁!!
◎丸パクリには断固抗議する!!

◎リンク戴く際はご一報下さい。御礼させて戴きたく。
◎一言でもコメント戴ければすごーく嬉しいです。

尚、メールでのお返事は致しませんので、コメント欄をご利用ください。

宜しくお願いいたします。

参加してます♪
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
最新記事
カテゴリ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイブ
リンク
最新コメント
最新トラックバック
ブログ村さんに参加中
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ご来場御礼