乳の下をかき切り珠を押し籠めた房前の母。仕舞「玉之段」

こんにちは。


志度寺に残る海女の墓所と、法華経を納めた石塔。

周囲には息子房前が納めた千基の石塔の一部。



志度寺。ここは、能「海士」の舞台。


【能楽「海士」みどころ】

この曲は、世阿弥以前の時代からある古作の能です。


頭上に上げた手の扇を、ことん、と倒す所作。

これだけで「神はあがらせ給ふ」や「我ながら浅ましや」とか「首を落とし」を表現するほど、余計な所作を省く「世阿弥の能」。

この形が完成するより以前の「大和猿楽」は、まだ庶民の中にあり、より分かりやすく「写実的な演出」が特徴でした。

この「写実的な演出」が「玉之段」に残っており、能「海士」の一番のみどころです。


《謡の言葉》

下記では緑色の文字が詞章ですが、シテの激しい動きを語るため、非常に言葉が詰まっていることがわかります。

どれくらい詰まっているかというと。

「筒井筒 井筒にかけし まろがたけ」と「南無や志渡寺の観音薩唾の力を合はせて賜び給え」を比べてみます。

手を10回たたく間に。(○は半拍)


○つーつーいーぃーづぅーつーうーぅぅ。つー(ついづつ)
○なむやしどじのかんのんさったのちからをあ(わせて)


なまむぎなまごめなまたまご、です。





【「玉之段」詞章と所作】

不比等が龍王にとられた「面向不背の珠」



これを取り返せば我が子房前を大臣にする、との不比等の約束を信じ、海人は海の底の龍宮へ。


その時人々力を添へ。引き上げ給へと約束し。
ひとつの利剱(りけん)を抜き持って。

かの海底に飛び入れば。空はひとつに雲の濤(なみ)。
烟(けむり)の浪をしのぎつつ。海(かい)漫々と分け入りて。
直下と見れども底もなく。ほとりも知らぬ海底に。
そも神変はいさ知らず。取り得んことは不定なり。



合図があったら引き上げてね、と約束し。
ひとつの利剱を抜き持ち、海人は深い深い海の底へ潜ります。


かくて。龍宮に到りて。宮中を見ればその高さ。
三十丈の玉塔に。かの珠を籠め置き。
香花(こうげ)を供え守護神は。
八龍なみ居たり。その外(ほか)悪魚(あくぎょ)鰐(わに)の口。




ようやくたどり着いた龍宮。


何を見た。

「面向不背の珠」の周りには八大龍王や、コワモテの魚、サメ(鰐/わに)等が厳重な警戒体制を敷いていたのです。




逃れ難しやわが命。さすが恩愛の故郷の方ぞ悲しき。
あの波の彼方にぞ。我が子はあるらん。父大臣もおはすらん。
さるにてもこのままに。
別れ果てなん悲しさよと涙ぐみて立ちしが。



とても生きては帰れまいと覚悟を決めるものの、ふと胸に浮かぶのは、不比等や我が子房前と別れる悲しみ。



しかし、いつまでも悲しんでばかりはいられません。


また思い切りて。手をあはせ。
南無や志渡寺の観音薩唾(さった)の力を合はせて賜び給えとて。
大悲の利剱(りけん)を額に当て龍宮の中に飛び入れば。





思いきりをつけ、手を合わせて海人は、
「南無や志渡寺の観音薩唾の力を合はせて賜び給え」と唱え、
「面向不背の珠」のある龍宮へ飛び込みます。

驚いて四方へ散らばる龍王やコワモテの海の生き物たち@龍宮


左右(そう)へばっとぞ退いたりけるその隙(ひま)に。
宝珠を盗みとって。逃げんとすれば。
守護神追っかく かねて企みし事なれば。
持ちたる劍(つるぎ)をとり直し。
乳の下をかき切り珠を押し籠め剱を捨ててぞ伏したりける
龍宮の習ひに死人を忌めば。あたりに近づく悪龍なし。




シテの動きは詞章に合致。

※実際に珠を持つことはなく、あるように所作します。


「面向不背の珠」を守護していた八大龍王達が追いかけてきて。

海人、ぴーんちっ。

そこで。


乳の下を剱でかき切り、


「面向不背の珠」を体の中へ押し籠めて、

死んだふり。



死人を忌む習わしの龍宮。誰も近付きません。


そこで縄を動かすと約束通り、海上の人々が引き上げました。


ここまでが、「玉之段」。

この後は

かくて浮かみは出でたれども。悪龍の業と見えて。
五體(ごたい)もつづかず朱(あけ)になりたり。
珠も徒(いたづら)になり。主も空しくなりにけるよと。


浮かび出たのは海人の血だらけの体。
嘆く不比等に、海人は苦しい息の下で「乳の辺りを見て」と伝えます。


我が乳の辺りを御覧ぜとあり。
げにも剱の当たりたる痕あり。
その中より光明赫奕(こうみょうかくやく)たる珠を取り出す。


血で朱に染まった海人の体の中にあったのは、光り輝く珠。
海人は我が子の為に命を捧げたのでした。



能楽「海士」のお話、おしまい。



参考文献
観世流大成版『海士』(訂正著作/24世観世左近、檜書店発行)


マニアックな記事に応援いただきありがとうございます。
この「玉之段」を舞台にあげるお許しが出るのは、幾年もお稽古してから。いつやらせてもらえるのかなー?っという憧れが、この伝承の地である志度寺への憧れに繋がっておりました。動きが多いと無機質なロボットがチャカポコと走り回るだけのようになるので、「ちゃう!」っと師匠の 罵声 指導の声がぶっ飛び。丁寧にやると「しつこい!」・・・頭がまっちろです。玉之段は謡も難しくて。早口だからと字面だけなぞってしまえば「走っとる!あっほー!」と叱られます。悔し涙で号泣です。くそぉ。

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苦心惨憺艱難辛苦のわたくしにぽちぽちぽち、ありがとうございます。
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No title

自分もカミカミになる。
しかも動作をしながらですよね^^;
不器用な自分なら、絶対カックンカックンな動きになる^^;

子供のための宝を体内に隠すって、究極ですね。
母しか出来ないと思う。

外国の童話で死んだ我が子を会う(蘇る?)ために、
茨を傷だらけで掻き分け、代わりに自分の両目を差し出す話を思い出しました。
(子供は天国にいて幸福な転生が約束されてたのを知り、貧乏な母親は我が子を蘇らせるのを諦めるってオチ)

師匠、厳しいんですね^^;
きっと弟子の成長を信じた故の「愛の鞭」ですよ^^b

ぽちぽちぽちーーー☆

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

マニアックな記事にコメントありがとうです~(*^_^*)

外国の童話もシュールですね。
ほおおお。外国も転生するんですね。天国で幸せに暮らして終わりかと思ってました。そういえば、復活するんだったですねー。

かーちゃんは、やっぱりありがたいですよね。うん。
そして、ヘタレはやはり、とーちゃん。うふふ。

うちの先生は熱血指導なもので。
全力で教えて下さるので、ノリは体育会。
師匠が全力じゃないと伝わらん、らしい。

でもせんせが全力の後ろで私は脱力。おほほほ。

愛の鞭より、甘い誉め言葉が欲しくなるときもありますわ。
本気で師匠を引っ越そうかと思うぐらい。

師匠を替えるのはご法度ですが、今のせんせに習いたくて、一度法度破りしましたの。もめたもめたー。

この年で泣きながら稽古するなんて、うちぐらいじゃないかしら。
でも、ちょこっと、嬉しい。

何の話だー。

こんばんは!

わ~なんか凄いお話・・・v-12

これは母でしかできないですよね~v-406

母の強さも感じます。

しずか様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

すごいでしょー。くどいぐらいの母の愛のお話です。

母にしかできないことというか、ほんとにものすごいですねー。
お母さんをしている方々には、この海人の気持ち、わかるのかな。

母は強しといいますが、ほんまにかーちゃんってすごいなぁ、ありがたいなぁと、亡くしてから実感する大馬鹿者です。

あーあ。もっと「ありがと」って言えばよかったです。
なんであんなに喧嘩してしまったんだろう、と、後悔しきり。
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