高松藩内では鶴を大切に。鶴塚と賑わう白鳥神社。最終回

こんにちは。

高松藩初代藩主の松平頼重が招いた、吉田家の猪熊兼古。


ぎゅーぎゅーと並ぶ社家のおうちや社殿と比べると、その広大な屋敷がよくわかります。

何たって3000坪の敷地。


壁には与力窓、物見の連子窓。

でっかーい。

参考までに。


彦根藩の西郷家の門。

西郷家は、彦根藩の家老で、禄高3000石。


柏原藩の陣屋の長屋門。


すごいねー。おっきいねー。


長屋門の左側には、表門。



この長屋門と表門の併設は、江戸時代では大名クラスにのみ許されていました。

それを、神官屋敷として与えた頼重。
猪熊兼古を迎えるにあたり、どれ程の待遇をしたのか、よくわかります。

神官屋敷でこの規模は、四国・関西で随一だとか。


白鳥神社の門がかすんで見えますわ。

現在も白鳥神社の宮司さんは、猪熊さんです。


【賑わう白鳥市】

4月(旧暦)の春祭では、

「一ヶ月に渡り、市が立ち、劇場を設け、芝居・見世物等数多、四方より雲集して大いに賑ふ。これを白鳥市といふ。」(『三代物語』)


讃岐国名勝図絵(※嘉永7 (1854)年刊)の白鳥神社。

左側に続く絵がこちら。


横に通る道に市が並び、芝居小屋が建っています。

(※左上の栄国寺は白鳥神社とは無関係)

この白鳥市に集まった人々はお宿に逗留して楽しんだようです。


その様子も図絵に描かれています。


※左ページの「石剱」は白鳥神社の宝物。

高松北浜の漁師が、庵治沖の海中より引き揚げたもので、寛保2年(1742)7月6日、松平頼恭が奉納。

弥生時代の遺物だそうで。


お宿でまったりするのは今も昔も同じみたいです。


寝転んだり、肩をもみもみしてもらったり。


わんこが遊びに来たり。


【白い鶴と高松藩】


日本武尊の霊が白い鳥となって飛来した所へ勅命により、讃岐国国造が神祀を建立。(『白鳥神社記』)

「日本武尊、終に崩じ給ふ、御年三十、白鶴と変じて西を指て飛去、讃岐国白鳥明神と顕れ給ふ」(『源平盛衰記』巻四四)


中の門、別名「鶴門」。


由緒からわかるように、ここ、白鳥神社では鶴は大切な存在。


神の使い、神使として 退屈 存在してます。


従って高松藩内でも、鶴さんがとても大切にされました。



高松藩領内においては、

「傷ついた鶴・病気等で瀕死の鶴・死んだ鶴の保護を義務づけ、保護された鶴は郷会所に届け社役人に渡すこと」が定められています。(『高松藩諸達留』)

しかし、手続きが面倒なため、傷ついた鶴を他所へ追いやったり、夜中に死んだ鶴を白鳥神社境内へ捨てに来る人も多かったとか。

奈良の鹿と似てますね。


これを見て、てっきり日本武尊が姿を変えた白い鶴のお墓かと思ったら。



持ち込まれた死んだ鶴を埋める塚でした。


名勝図絵にも描かれています。


遠いぞぉー。


さて。

白鳥神社から吉田神道へ話がふくらみ、延々と続けてしまいましたが、
今回で白鳥神社の巻は最終回。

ご覧の通り、様々なものがぎゅぎゅっと詰まった素敵な神社でした。



狛犬さんも、よいぞよいぞ、です。



讃岐へお越しの際は、ぜひ。



なっ♪


白鳥神社

《住所》 香川県東かがわ市松原69



参考文献

白鳥神社ホームページ
http://www.shirotori-jinja.jp/index.html


いつも応援いただきありがとうございます。
昨日うっかり数時間この記事をアップしてしまいました。おほほ。
長々とおつきあいいただきありがとうございました。白鳥神社は白鳥神社で、また面白い。びっしー!っと整理整頓されたお社も素晴らしいですが、きれいに掃き清められた中に、ちょこちょこといろいろな物があるお社も、独自の色があっていいですね。
のほほん讃岐の旅、まだ一ヶ所目。ぎゃー。

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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
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非公開コメント

No title

>3000坪

迷う・・・絶対、迷子になる自信ある^^;

大名待遇、凄いですね。

いまさらなんですが、各地白鳥神社の神域(社領)では鶴狩は厳禁だったんでしょうね。

芝居に市に賑やか~テーマパークと正月と盆が一度に来たみたいな感じ^^
そして生ワンコを愛するのは江戸も今も同じ( *´m`)

あ・ここ一ヶ所目でしたか。
次は何処(いずこ)の讃岐旅~~~~~♪(* ̄O ̄)β~♪^♪
楽しみにしてます^-^

ぽちぽちぽちーーー☆

No title

こんばんは。

ふう~ やっとゆっくり見られたわ。
このところ、あれこれ忙しくって・・・
鶴を大事にした高松藩、猪熊屋敷の豪壮さ、
鶴塚。
おまけに、未だに宮司さんは猪熊さんとか。
明治になって、神主さんは中央から派遣されるようになったと読んだ気がするんですが、出雲大社の千家さんとか残ってらっしゃる神社も結構あるんですね。
それにしても、こんな大きなお屋敷、手入れが大変でしょうねぇ。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

明治から一時、小学校の敷地に一部なったそうですが、廃校になり戻されたそうです。それぐらい、広い。

高松藩内の鶴の扱いは、春日大社の神使の鹿さんと同じだと思います。

鶴汁厳禁でしょね。

生わんこ、たまりませんよねー。

あー、そうそう。秋の祭礼では「虎頭の舞」が奉納されますが、これ、猪熊兼古が京都からもたらしたものだそうで。

建物と思想とお祭りまで。いやはや、吉田神社の卜部さんはたいしたもんです。

白鳥神社でこんなに長くなるとは思わなくて。
讃岐旅の目的地は、ほんとは次の記事のとこなのよー。えへー。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。大雪、そちらは大丈夫でしょうか?

戦後、政府の管轄から外れ、宗教法人法の定める団体となります。

神社本庁に属する神社の場合は、

神社本庁が包括宗教法人で、神社は被包括宗教法人の立場。

各神社(被包括宗教法人)は代表役員として、宮司を置きます。
宮司の下に、1名の禰宜。禰宜の下が権禰宜。

神社ホールディングス傘下の「某会社」代表取締役社長が宮司。
ヒラの部長が禰宜、係長が権禰宜。

出雲大社の千家や、吉田神社の卜部(吉田)、宗像大社の宗像、等は明治以前より代々その神社の神職をつとめた家なので、これを特に社家といいます。

明治に一時、世襲廃止になりましたが、上記のように政府の管轄から外れたので、今は戻っているところが多いようです。

極細狐さんの背景の土壁が猪熊屋敷なんですが、少し崩れかけていますね。境内もお屋敷も広大なのでたいへんそうです。

No title

こんばんは。お邪魔します。
猪熊宮司様 お屋敷すごいですねーーー
白鳥市の絵で見てもすごく当時賑わっていたことがわかりますね。 
わんこさんも登場!!で💛です。

ご退屈気味の鶴様の柵に沢山おみくじが・・(#^^#)

やはりガハハ顔の狛犬様 どストライクでドキュンでゴザイマスーーー♡♡

 

おきまちあき様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

すごいお屋敷ですよねー!
あほーな私は、長屋門を蔵と間違えていて、「猪熊」って表札が出てることにびっくりしてました。えへへ。

昔の図絵を見る楽しみは、お宿や市で賑わっている所ですねー。
芝居小屋まで出るとは、すごいですよね。

こんぴらさんと肩を並べる賑わいだったのがよくわかります。

わんこさんを見つけたときに、きゃっはー♪でした。ほほほ。
お手、してるんだものー。

なんでこんなとこにおみくじを結ぶっ!と思いつつ。
これ、外すの面倒でー。
巫女バイトしたとき、丁寧に!って言われて。でも、ねぇ。へへ。

ガハハの狛犬さん、おきまちあき様の琴線に触れまして?

うふふふ。嬉しいなー。いつもありがとうございます♪
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