日本武尊と源義経のち卜部兼古が来た。白鳥神社(その4)

こんにちは。



『白鳥神社記』(松平文庫蔵)。

「仁徳天皇の時代。

東征の帰途、伊勢で没した日本武尊の霊が白鳥となって西方に飛び去った、一羽の白鳥が三里の松原に飛来。

そこで勅命により、讃岐国国造が神祀を建立した。」
(要旨)




『源平盛衰記』(巻四四)

「日本武尊、終に崩じ給ふ、御年三十、白鶴と変じて西を指て飛去、讃岐国白鳥明神と顕れ給ふ」


何故『源平盛衰記』に現・白鳥神社の記述があるかといえば。

屋島の合戦前。

四国へ上陸した源義経が道中の現・白鳥神社に戦勝を祈願。
すると、天から白い羽が舞い降りるという奇瑞が。

結果は周知の通り。義経の勝ち。

これにより白鳥神社は武神として崇敬を集め、永く八幡神を祀っていました。



天正年間(1573~1592)。

土佐の長宗我部勢による「虎丸城攻め」(十河存保の救援に出たはずの仙石秀久が長宗我部勢に敗れた戦い)の兵火で焼失。



慶長10年(1605)。

高松藩主・生駒一正の援助により、僧・増乗が再興。
「鶴内八幡宮」と称したと伝わります。(『鶴内八幡宮縁起』)


さあ、何故でしょう?

この高松藩主・生駒一正による「鶴内八幡宮」は、別当寺「鶴内寺」が東に隣接し、社僧がいました。

当時としては、ごく普通のお社の形です。

「鶴内八幡」は「寛永国絵図」で松原の中に社殿が描かれているとか。(未確認)



寛永17年(1640)。
生駒騒動により、生駒氏改易。
この時点で社領20石。(『国中寺社領高書上写』覚城院文書)

寛永19年(1642)。
松平頼重が新たに、高松藩主となります。


讃岐国名勝図絵(※嘉永7 (1854)年刊)の白鳥神社。

「国文研データセット」http://www2.dhii.jp/nijl_opendata/NIJL0244/049-0291/

東隣に、お寺、お寺、お寺・・・見当たらないなぁ。

あるのは、



おいなりさんと、



誰かのおうち・・・。

現在の神社の社殿配置は、この「讃岐国名勝図絵」とほぼ同じ。



鳥居と門の前の



狛犬ちゃんでさえ、同じなのに。

別当寺が廃された主な要因は、明治の神仏分離。
しかし、讃岐国名勝図絵は、嘉永7 年(1854)刊です。

おーい。何があったのかしらー?



・・・はい?



松平頼重は、水戸の光國の同母兄。

寛文4年(1664)に白鳥神社の社殿を修築。

事前に京都の「吉田神社」の祀官「猪熊兼古」に、社殿の設計や運営を委託し、宮司として迎えます。



これ、実は猪熊兼古のために、松平頼重が建てた屋敷なのです。


猪熊兼古、本名は卜部(うらべ)兼古。


「吉田神社」「卜部」「光國」。

ヒントだけ並べて、

つづく。


白鳥神社

《住所》 香川県東かがわ市松原69




参考文献

白鳥神社ホームページ

http://www.shirotori-jinja.jp/index.html


いつも応援いただきありがとうございます。
白鳥神社の鎮座する東かがわ市は、讃岐高松藩。徳島は、蜂須賀くんの阿波徳島藩。ちょーそかべがうわーっと来てうわーっと攻めたまでは似ていますが、江戸時代になるとそれぞれ別。白鳥神社の創建話を考えたら式内社でもおかしくないのに、式外社。猪熊兼古、何をしたんでしょうねー。うふふ。

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No title

こんばんは~♪
blogramありがとうさんです^^
ただいま京都から帰ってきました(*^^)
今日は訪問のご挨拶だけにさせていただきますね(^_-)-☆

No title

ぐっもーにん~
日曜朝の散歩中に、同じく散歩中のモフモフ・真っ白のピレネー種に抱きつかれて御機嫌幸せ者のコメントですよ~~

ヒントの前に・・・・「おぼさん」って何?^^;

>松平頼重

水戸の御老公といえば、この兄を差し置いて藩主になったと、ちょっとノイローゼ?大騒ぎしたような・・・時代が江戸期になるとウロ覚えですいません^^

となると、大日本史からみかな?
格さん助さんが、こちらに来たのかしら( *´艸`)ウフフ

ぽちぽちぽちーーー☆

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

日曜の朝スキーかと。寒くないのかしらー?

うわー。いいな、じょりい。
抱きつかれて夢の中ですねー。ええなぁ。もふー。

ごめんなさい。おぼさん、は、おぼーさん、で。
子供の頃、祖母が謡の先生を「おしさん」と呼んでて、それのまねして、毎月来るお坊さんを、「おぼさんー♪」と言ってたもので。

おほ。

光國に対して、頼重は内心忸怩たるものはあったでしょうが、何となく諦めていたと言うか、高松でがーんばろ~って感じがします。

重要な土地ですしね。

これからしばらく私のおつむは混乱していきます。
とうとう出てしまったよ、卜部さん、です。
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