丹波国氷上郡式内社・新井神社と明智光秀丹波攻略

こんにちは。


中井権次正貞の彫刻。うっきぃ。


毛並みや顔の細かい造作が、きらりん♪っと光ります。


そんな二人のお住まいが


新井神社。


そうそう。にひぃ~ にいじんじゃ。


苔こけコケの中にひっそり。


こちらの建物。


能舞台かと思ったら、


神様がおいでになるようで。


神前で祭事をするのかなぁ。


胸躍る風景。わくわく。


徒歩でござる~(^_^;)


丹波国氷上郡内の延喜式内十七社の一座。

欽明天皇(29代。父は継体天皇)の頃(6世紀半ば)に創立と伝わります。
延喜式に名がある事から、平安時代には既に存在していたと推察。



巨大なご神木のここをまたぐと、子供が授かるそうな。

・・・スルッとスルー。


現在の社殿は、当初の鎮座地から移動して、再建されたもの。

元は現在地よりも奥、標高150mの「瀧が谷」に鎮座。

なにがあったのか。

丹波といえば?



・・・あのね。


「ふぁいやーby明智光秀」でーす。


新井神社は、天正7年(1579)。高見城落城の時に類焼、焼失。


【高見城】

嘉暦2年(1327)。丹波国守護・仁木頼章が築城。
戦国時代には氷上町新郷の豪族赤井家清が城主に。

天正7年(1579)。赤井忠家が高見城主の時、明智光秀配下の四王天政孝の兵火によって落城(第二次丹波攻略時)。


【光秀の丹波攻略】

第一次丹波攻略では、黒井城主・赤井直正(忠家の叔父)は光秀を撃退。
反織田勢力の毛利・武田・石山本願寺と同盟を結び対抗。

天正5年(1577)10月。光秀、第二次丹波攻略開始。


光秀は、翌年の天正6(1578)年3月、八上城と氷上城の包囲を完成。

この最中、なんと黒井城主・赤井直正が病没。


黒井城遠景。

直正の嫡男・直義はまだ九つ。

赤井家は直正の弟の幸家が代わって統率しますが、丹波国人衆は離反し、光秀側へ降ります。
 
天正7年(1579)年5月に氷上城、6月1日に八上城、落城。

光秀は7月に再び丹波に入国。


黒井城麓付近の兵主神社もファイヤー。

最後の城・黒井城は8月に落城。



明智光秀書状(wikipediaより)

「この書状は黒井城落城15日後の8月24日もので、戦勝祈願した京都の威徳院へ送ったものになる。

内容は、勝利することができたので約束どおり200石を奉納すると伝えている。また、文中には赤井忠家の居城であったと思われている高見城がまもなく落城し、一両日中には和田方面に進軍すると報じている。

神仏を重んじ生真面目な光秀の性格を伺わせる書状となっている。書状の中段に『高見之事、執詰陣候、』という記載が見受けられる。」
(wikipediaより引用)


この書状にある高見城が落城した時、新井神社旧社殿が類焼により焼失。

ちなみに、高見城攻めを行った「四王天政孝」は光秀の丹波入国前後に配下となり、第一次丹波攻略時から参戦。

元は丹波国氷上郡柏原庄平井村の人。

・・・ご近所さん。

本能寺の変後の山崎の戦いで戦死。



新井神社は焼失後、現在地の旧地名「湯の森」で再建。


それが、現存している社殿です。


もこもこくんが飽きてしまったので、

つづく。


新井神社

《住所》兵庫県丹波市柏原町大新屋514-1 




地図、南西方向の高見城山に、高見城がありました。
城跡は、柏原町指定文化財。


参考サイト

新井自治協議会
http://www.niinosato.jp/akimaturi/akimaturi.html#ni-j

新井神社・現地説明板


いつも応援いただきありがとうございます。
古来より神社仏閣が多く存在した丹波地域ですが、どこへ行っても遭遇するのは、「ふぁいやーby明智光秀」。確かに現地をドライブすると、八上城や氷上城、黒井城と連係する支城は数知れず。これを攻めるためには広範囲に及ぶ攻略が必要であったと実感します。でも、燃やさんでもいいじゃーん、っととても残念になるのも事実。しくしく。

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No title

こんにちは。

丹波といえば、黒豆!って私も言いたくなる。
でも、大変な目に遭った地域なんですねぇ。
要衝でもあったんでしょうかね。
九歳の直義君は、どうなったんでしょう。
それぞれ、色んな運命に翻弄されたんでしょうか。
あの戦乱の時代、幼い子を残して城主が亡くなるって、恐ろしいことだったんでしょうね。
それにしても、苔むして素晴らしい雰囲気の御宮ですね。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

丹波の黒豆は、美味しいですねー。
特に、枝豆が、もう。でっかくて、味が濃くて。じゅるっ。

九才の直義は、何とか逃げ延び、後に藤堂高虎に仕官して幕末まで続きます。

丹波国は都も近く、交通の要所であり、また、多くの土豪が存在する地域でしたので、イメージは信濃に少し似ているかもしれませんね。

山城がてんこ盛りです。

柏原地域は、中井権次一統が柏原藩織田家の引き合いで居を構え、数多くの社殿を飾る彫刻を残しているので、ひとつひとつ見ていくととても面白いと思います。

あまり連続すると飽きてしまうので、ぼちぼちと。うふ。

駐車場に車を置いて歩き始めたときから、とても空気のいいお社でしたよー。

ファイヤー萌え

それはわたしの結婚式とたむらまろくんとたけるくんとおなじですねぇ<光秀くん

光秀くんは丹波だけど、たむらまろくんとたけるくんは範囲が広すぎて追いつきません。
いや、別に追っかけてるわけじゃないんだけど…w

No title

丹波の光秀はんは鬼や(`・ω・´)キリッ

悲しいことに敵地マウンティングには、寺社仏閣をファイヤーするのが一番手っ取り早い(´;ω;`)ウッ
(田畑焼打ちは農民の協力を得られなくなるから最終手段)

自分も画像見て「能舞台」かと思った。
神楽か神事をやるのかなぁ・・【画像】・ ̄)じぃーぃっ
・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・寒そう^^;
北海道の真冬に、この建築仕様での神事は苦行になるなぁ^^;
(実際に道南では真冬に海に入るという恐ろしい神事が現代でも残っておりまして・・(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル)

明智光秀書状・・・誰かぁ~~プロの人~~
現代漢字に起こして復刻版にして・・・・・(._+ )☆\(-.-メ)他力本願メ!

もこもこちゃん、円らな瞳で「黒豆」って言われてしまうと、こんな時間なのに豆餅が食べたく・・・・
あ、ほら手が・・・((((*´∀`)ノ

ぽちぽちぽちーーー☆

さかした様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

れっつ、ファイヤー。

貴女と私の合言葉。うふ。

うおお?さかした様の結婚式、ふぁいやー?
何でしょう。何があったのでしょう?

たむらまろくんも、たけるくんも、どえらい範囲を動き回ってくれてますね。

うんうん。広すぎて追いつけないかもぉー。

私も追っかけしたいのですが、ここ数年の私、木曽三川すら越えていないもので。遠いわぁー。

さかした様の行動力、すごいなー。うらやましいなー。

読み逃げばかりで申し訳ないのですが、追っかけするさかした様をさらに追っかけするのが楽しいです。

むにょ。

たむらまろスイッチが、入ってしまいました。

へっへっへ。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

敵地マウンティングなら諦めもつくのですが、痛いのが、類焼かしら。

比叡山焼き討ちに対する光秀のスタンスはどうあれ、丹波じゃ嫌われもん。
彼が一時治めた亀岡市や福知山市を中心に「大河ドラマに光秀」キャンペーンしてますが、それはどうかと思う地域も隣接してあるわけで。

外からのお金を期待する行政との解離が見え隠れ。

信濃ほどのものではないかもしれませんが、山を見たらまず山城があると思えー!って程度には、あるんです。山城。

神社仏閣の周辺のもこもこが、塔頭跡地なのか社殿on山城なのか、はてな?はてな?になるのが丹波でして。

幸い、京都府が中世山城の調査に熱心で、報告書が多々。

能舞台みたいな建物。

同じ丹波でも、京都の丹波と、兵庫の丹波とでは、祭礼時の奉納舞が異なりまして。

新井神社付近では、新発意(しんぽち)踊り。
墨染法衣・法師笠の装束の静かな舞です。

対して、猿楽座のいた京都府寄りでは、翁舞や猿楽風。
起源が異なるので当然、装束も曲調も異なります。

なので、能舞台かと驚いたのは、実はこれが原因でもあり。
新井神社よりも南西の神社に能舞台もどきがあったこともあり、どこが境界線なのかプチ迷走。


>(実際に道南では真冬に海に入るという恐ろしい神事が現代でも残っておりまして・・(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル)

えー!?

それ、やってもいいのー!?

なにかあったら、訴訟もんじゃなくてー!?

あ。まめ。

十勝をドライブしてたら、まめまめまーめ~豆畑♪でした。

ちょうど往復のフェリーでホクレン祭してまして。
十勝の枝豆、うまかったー。
船内で食べるおつまみだけど、土産に買いましたわ。おほほほほ。

丹波の黒豆の大きさ、すごいのよー。
和知黒、って品種が、和知って地域にあるのですが、まー、でかい。
初秋に丹波をドライブすると、道端には枝豆を販売する農家さんがいっぱい。
晩秋になると、畑で干されていく黒豆さんが見えます。

刈り取った稲の束を干すように、全国へ流通する「丹波の黒豆(干し)」を作ってます。

豆餅、おいしいですよねー。私も好き。
あああ、塩豆大福が食べたいぞー。
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古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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