アイヌの豊かな暦と祭祀。農耕とのつながり

こんにちは。

陰暦の日本と太陽暦の西洋との間に生じるズレにより、四旬節とお正月が被ってしまった布教当時のキリスト教。

宣教師が四苦八苦して、お正月優先になりました。

アイヌの暦はどんなんかなー?



自然の中で独自の生活形態を続けている中で、彼等が使っていた暦は、どうやら自然暦だったようです。

初雪が降れば、もうすぐ冬だなー。と思う。そんな暦。



アイヌは居住地域による独自性が豊かで暦の呼称も様々なので、言葉の持つ意味を並べると。


1月 日がそこから長くなる月   
2月 鳥が出て鳴く月   
3月 ひめいずいを取り始める月(「ひめいずい」はユリ科の植物)
4月 ひめいずいを盛んに取る月   
5月 ハマナスを取り始める月   
6月 ハマナスを盛んに取る月   
7月 木の葉の初めて落ちる月   
8月 木の葉の盛んに落ちる月   
9月 足の裏が冷たくなる月   
10月 松明で魚をとる月   
11月 弓が折れるほど狩りをする月   
12月 海が凍る月  



9月のハマナスは実がついてました。

弥生、葉月、霜月等と同じようにそれぞれの季節を表していますね。
自然の様子を用いて季節を表し、とても生活に密着してます。

実用的だなー。



阿寒アイヌのおうち、チセ。


「アイヌの正月の行事といっても、暦といふものもなく、従って旧年と新年と即ち一年と一年との限界をはっきりさせる事もなく、又生活環境上その必要もなかった。」
(『アイヌ民族の文学と生活』久保寺逸彦/草風館/2004)


同上『アイヌ民族の文学と生活』の中で、松浦武四郎の聞き取りが記されています。

「古老のコントランは博識で故事をよく知っており、土用や彼岸、冬至や夏至など、暦がないため1日、2日のズレはあるけれど、3日、4日のちがいはない。またアイヌ語の12ヶ月を次のように答えた。1月いのみちゆつふ、2月はふらふ、3月もきうた、……というのである。」

※コントランのような博識はまれな例であって、これを以て全般を推すことはできないかもしれないと久保寺氏は述べています。



チセ内の炉端。

季節の節目に何か祭祀を行うことはなかったのかな?


炉端の上のイナウ。神様の宿るもの。

松前藩の場所請負制度が発展した江戸時代以降、広く深く和人が入りこみ、アイヌの生活も変化します。


祭祀を行う神聖な場所、ヌササン。


「カムイ・ノミは、特定の日に行われるという事がなかったが、特に心を入れてこれが行われたのは、次の時期においてである。

一、和人の旧正月を祝うころ。
二、山へ狩猟に出る前の、春彼岸にかけてのころ。
三、熊送りの際、及び熊送りに来た他部落からの礼拝者を送り返す際。
四、農収穫の日をめぐる秋の時期」
(稚内市:柏木べん氏)。

(『アイヌの民俗』早川昇/岩崎美術社/1970)



祭祀に用いるイナウ。


「この儀式(カムイ・ノミ)をわれわれがしますのは、正月や盆の外にも、春先の稲の播種前とか、畑作の好収穫を祈りたい時とか、病気の家族で困ってます時とかにです。」(むかわ町:宇南山久太郎氏)。

(『アイヌの民俗』早川昇/岩崎美術社/1970より)




「和人の旧正月」等は暦によるものの、その他は折々に祭祀を行っていたようです。

その祭祀が農耕のスケジュールと結び付いている事も面白いです。


豊作だといいね。


参考文献

『アイヌ民族の文学と生活』(久保寺逸彦/草風館/2004)

『アイヌの民俗』早川昇/岩崎美術社/1970


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No title

リスのほっぺカワイイ^^

アイヌ人の季節感って、ほんとに四季の変化そのものなんですね。
シンプルライフって言うと違っちゃうな~
もっと大地と密着した素朴な温もり。

となると戸籍は(どこそこの家の子)って感じでOKになり。
誕生日は、たとえば春が4回だから数え5歳(または満4歳)って感じになるのかな
うーん、時間の感覚というか時の流れが全然違う~~~

和人のところで数年過ごしたアイヌ人が故郷に戻ったら、浦島太郎みたいな気分になるかも(@@)

現代人には真似できそうにないけど、素敵だと思います^^
大掃除終わってマターリです^^
ぽちぽちぽちーーー☆

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

アイヌの生活や慣習、文化については未知の事が多いですね。
面白いなぁと思ったのは、川。

領地の境界線と考える本州の場合は、川のこっちと向こう側。
ですが、アイヌの場合は、川の上と下、と考えています。
シャクシャインと敵対するアイヌの位置も、川の上流と下流。

墓の形にも表れています。

戸籍は、明治に入植があった後なので。
強制的な和人化政策と裏腹なので、難しい問題になりますね。

アイヌの民族舞踊とされるものも、何しろ途絶えたものがほとんどで、昔々の資料の画像から長老が再び作り上げたものが多く、観光地として売り出したい側の要請により少人数で演じられる短時間のものを作った経緯もあり。

途絶えたものを復活させることは、とても難しいですね。
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