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源氏祈願所の多田の満願寺で美女丸に会う。能楽「仲光」の舞台。

多田神社から、えっほえっほと運び出された仁王様はどこへ?


もにゅっとしたい。

さてここはどこ?

満願寺。

地図見たら宝塚市の中にぽっつん…と川西市の飛び地があります。
市町村合併の際に、多田院としての歴史から多田神社と同じ川西市となりました。距離は多田神社から、近い。




お仁王様、と呼んでいるこの像は鎌倉時代作の金剛力士。




お寺の中に仏敵が入らないように、表門にいて守護しております。


聖武天皇の勅願で全国に満願寺を建立した勝道上人が、724~728年、摂津国の満願寺として開きました。

本尊は千手観音。高野山真言宗。



968年、源満仲が多田に領地を得て館を構え、この満願寺に帰依します。以来、源氏一門の祈願所とされます。



1325年、後醍醐天皇により勅願所となります。

源氏一門の足利氏による幕府成立後は、将軍家の祈願所として保護を受けます。
1338年に「足利氏代々の祈願所なので、寺中及び寺領に対する権門を禁止」と禁制が出ました。





しかし…お約束の、これ。

戦国時代に兵火にあい、焼失。今は唯一残った円覚院を本坊として静かに佇んでいます。

で。これに会いたかった。


これ、なーに?

源満仲の子の美女丸、家臣の藤原仲光、その子の幸寿丸のお墓です。



源満仲の末っ子、美女丸は名前に反して暴れん坊で、もう大変。

満仲は、美女丸を近所の中山寺(途中の道標にあった寺)に預けて僧の修業をさせます。
が、15歳になっても、経文も読めず詩歌管弦もできません。

満仲激怒。

「藤原仲光!美女丸の首をはねろ~!!」
「ええええ~!?(自分でやったらいいのにっ(T_T))」

たとえ命令であっても主君の子を殺す事がどうしても出来ず悩む仲光。そこへ、幸寿丸が言います。

「僕を身代わりにして」

仲光は我が子幸寿丸の首を断腸の思いでかきとり、満仲に差し出します。そして、秘かに美女丸を逃がします。

これを知った美女丸は、悔い改め、比叡山で修業に励み高僧となりました。

おしまい。


能楽では「仲光」(観世流)、その他では「満仲」という曲になっています。

多田神社絵馬殿にあった額。
謡曲を奉納した際の番組が書かれています。「仲光」もあります。

満願寺、長くなるので分けます。続きまーす。


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