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エルトゥールル号遭難事件(その1)出港から沈没まで

こんにちは。


毎度おなじみ、伊勢海老天丼どーん♪

を、毎年食べに行くのは、紀伊大島。


和歌山県南端に位置する紀伊大島の海金剛。


台風になるとこんな光景。

明治22年。紀伊大島の岩礁に一隻の船が座礁し大破。

乗組員650余名のうち、実に580名の命が失われた海難事故が起きました。

その船の名は、エルトゥールル号。


明治20年(1887)に行われた小松宮夫妻のイスタンブル訪問に応え、オスマン帝国皇帝アブデュル・ハミット二世は、オスマン・パシャ海軍少将を特派使節として日本に派遣。


【時代背景~オスマン帝国と日本~】

なぜ小松宮夫妻はイスタンブルを訪問していたのか。

19世紀末。
トルコ(オスマン帝国)も日本も共に近代化に遅れをとり、
欧米列強国による不平等条約に苦しんでいました。


《ノルマントン号事件と日本における不平等条約》

エルトゥールル号遭難事件の4年前。
同号の遭難現場とほぼ同じ海域の樫野崎の沖合で、

英国貨物船「ノルマントン号」(排水量240トン)の沈没事件が発生。

授業で習った「ノルマントン号事件」です。

1886年10月、日本人乗客25人と雑貨を載せ神戸へ向かっていた同船は、暴風雨で和歌山県樫野崎の沖合(沈没場所は特定されていない)付近で座礁沈没。



船長ら英国、ドイツの乗組員26人全員は救命ボートで漂流していたところを沿岸漁民が救助。

しかし。

乗船していた日本人25人は船中に取り残され、全員が溺死。

(・・・どこやらの国の「ほにゃら号」転覆事故のようですが。)

ちょっとー、おかしくない?


当時の明治政府は、事故に不審を抱き調査を命令、神戸の英国領事館に告訴するよう働きかけました。

しかし、事件を審判した英領事は半年後、船長に軽い刑罰、それ以外は全員無罪の判決を下します。

当時、日本は不平等条約を押しつけられ、外国人に対する裁判権がなかったからなのです。

国民は「日本人蔑視」と怒り、この事件を契機に領事裁判権の完全撤廃,条約改正を叫び、明治政府を揺さぶる事件に発展しました。



「いかに日本人は無知だといえ、危にのぞんで、危うきを知らず、助けをえて、助けをかりることを知らないほどの白痴瘋癲であるはずがない」(『東京日日新聞』)

しかし、領事裁判権の完全撤廃は1894年まで待たなければならず。



ジョルジュ・ビゴー「メンザレ号の救助」(『トバエ』9号、1887年6月)※wikipediaより

ノルマントン号事件でのイギリスの対応を翌年のフランス船メンザレ号遭難事件を利用して批判した絵。
ボート上のドレーク船長「いま何ドル持っているか。早く言え。タイム・イズ・マネーだ」だと。


頭で湯が沸く腹立たしさ。


《日本のミナサン、仲良くしませんか?》

19世紀末。トルコ(オスマン帝国)もまた、欧州列強国との不平等条約に苦しんでいました。

当時のアブデュルハミド2世皇帝は、明治維新以後、同じような米欧との不平等条約で苦労していた日本との友好関係を促進し、両国間で「平等条約」締結を図ろうとしたのです。

日本側もこれに応え、まず、明治20年(1887)。
小松宮彰仁親王がトルコのイスタンブルを訪問したのです。

エルトゥールル号は、この訪問に対する答礼で、日本へ向かいます。


【エルトゥールル号遭難事件】


木造フリゲート・エルトゥールル(1864年建造、全長76m)(wikipediaより)


特派使節オスマン・パシャ海軍少将以下、乗組員650余名。

明治22年(1889)7月14日、イスタンブルを出港。
翌明治23年(1890)6月7日、横浜港へ到着。


《前兆その1》

トルコ(オスマン帝国)と日本との間は9000km。

通常は3ヶ月程度のところ、11ヶ月を要しています。

エルトゥールル号は建造後20年が経過した船で、航海中にも何らかの不具合が発生していたようです。(串本町トルコ記念館)


6月13日。特派使節オスマン・パシャ海軍少将等は皇帝親書を明治天皇に奉呈。
オスマン帝国最初の親善訪日使節団として歓迎を受けます。


《前兆その2》

エルトゥールル号一行は横浜港にて、3ヶ月を過ごしています。
船自体の摩耗と消耗、不具合、予定外の日数を要したための資金不足に加え、乗組員内でコレラが発生。


9月15日。
日本側は台風の季節であること、エルトゥールル号の状態を鑑み、出港を止めるよう勧告するも、横浜港を出港。


紀伊大島の海金剛。お天気のいいとき。


同じ場所の台風前日。

エルトゥールル号が熊野灘に差し掛かった時も、台風到来。


海金剛が


荒れる。

木造艦エルトゥールル号は、9月16日午後、すでに操舵不能。

《前兆その1》で記したように、エルトゥールル号は、建造後20年が経過した木造船で、トルコから日本まで通常は3ヶ月程度のところ、11ヶ月を要する程の不具合を既に起こしていました。

荒れ狂う熊野灘の恐ろしさは、筆舌に尽くしがたい有り様。



樫野埼灯台と岩礁「船甲羅」。

この「船甲羅」。
数百年来、海の難所として知られる場所。



例え船が操舵不能であっても、艦長以下乗組員全員は死力を尽くして荒れ狂う海と格闘した事でしょう。

しかし。

《前兆その2》で記したように、肝心の乗組員達の多くはコレラに罹患し、病み上がり。
普段の動きもままならない状態であったかもしれません。

エルトゥールル号は、


樫野崎灯台付近に流されるまま近寄ってしまい。

9月16日21時頃、岩礁「船甲羅」に激突。



座礁したエルトゥールル号内部に浸水、水蒸気爆発。



特派使節オスマン・パシャ海軍少将以下、乗組員650余名。
夜の荒海へ投げ出されます。

21時頃、岩礁「船甲羅」に激突したエルトゥールル号。

22時半頃、沈没。


つづく


参考文献
串本町トルコ記念館/展示説明・配布パンフレット

「エルトゥールル号遭難事件」「ノルマントン号事件」
wikipedia
「yahoo!ニュース」2015.9.25記事より抜粋引用


いつも応援いただきありがとうございます。現在、エルトゥールル号遭難事件を描いた映画『海難1890』が公開中です。串本町で撮影された日本とトルコの合作です。土曜日に鑑賞してきましたが、あー、いかん。大好きな紀伊大島や串本の景色が目の前に広がると、余計に感情移入が激しくて。泣いちゃった。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
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海難1890

こんばんは。
本日「海難1890」を観賞してきました。
涙腺が弱いので、何度か涙が溢れてきました。

エルトゥールル号の遭難事件は、トルコの教科書にも書かれている史実ですが、もっと多くの日本人に知ってもらいたいところです。映画館で空席が多かったのは残念です。

しばやん様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

おおっ。映画、ご覧になりまして?

私も何度か涙が出てきて、お鼻をずるずる。
久しぶりに映画を見ながら泣けてしまいました。

エルトゥールル号の遭難事件については、確かに日本人にもっと知ってもらいたいですね。

最近は小学校高学年の読書感想文コンクールの課題図書になったり、一部の教科書に記載されるなどしているようです。

子供の方が知っているかもしれません。

日本を好きでいてくれる国のこと、もっと大切にしたいです。
この映画がヒットして、ビルマの竪琴のように広まるといいのですが・・・望みすぎかしら。

あらぁ。空席が多かったのですか。残念。

No title

この映画、知りませんでした。
私、映画館が苦手なので、レンタルになったら借りてみます。
熊野灘って、本当に難所なんですね。
トルコの親日感情は、この海難事故からって聞いたことがあります。
続き、期待しています。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

東映のお正月映画になるのかな?
トルコと日本の偉い人達が鑑賞したのでニュースになってました。

あ、映画館、苦手でおいででしたか~(T_T)

私も得意ではないのですが、頑張れ、串本町!頑張れ、トルコと日本!のつもりでささやかながら友人数人と。

熊野灘はもちろんですが、地図をご覧いただけばわかるように、紀伊大島がぽこん、っと出ておりまして。

しっかり沖へ迂回しないと、岩礁が待ち構えています。

日本側は知らなくても、トルコの方々は知っていて下さる。

先人のおかげだと思います。

公的な場でのトルコと日本の友好関係は、このエルトゥールル号遭難事件に始まることになっています。

今、トルコはとても大変な状況ですね。
日本になにか出来ることがあればと思うのですが。
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