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万葉歌と吉野川。宮滝遺跡付近の景色

こんにちは。


宮滝遺跡から吉野川に架かる柴橋。

昔は松の丸太を橋桁にして歩み板を渡し、柴垣で欄干を作っていたとか。


・・・あほーめ。

吉野川には、夏に来るのはおすすめできません。
まー、すごいの。川で遊ぶ人達の車で渋滞、路駐、やんちゃな人。


史跡・宮滝遺跡。

この遺跡を特に有名にしているのは、古代最大の内乱といわれる壬申の乱で勝利し、後に天武天皇となる大海人皇子の挙兵地、持統天皇のたび重なる行幸の地として『日本書紀』などにみえる飛鳥時代の吉野宮の遺構や遺物などです。
吉野宮は斉明朝に造営され、持統朝に拡張が行われたと考えられています。
(現地説明板より)


石碑には「やすみしし わこ大君の」(柿本人麻呂)の歌。


柴橋より下流方面。

この宮滝付近をはじめとする吉野川流域は、万葉集をはじめとする数々の歌が詠まれたところです。


~吉野の宮に幸(いでま)しし時、柿本朝臣人麻呂の作る歌~

やすみしし わご大君の 聞し食す 天の下に 国はしも 多にあれども
山川の 清き河内と 御心を 吉野の国の 花散らふ 秋津の野邊に 宮柱 太敷きませば
百礒城(ももしき)の 大宮人は 舟並めて 朝川渡り 舟競ひ 夕河渡る
この川の 絶ゆることなく この山の いや高知らす 水激つ 瀧の都は 見れど飽かぬかも

(柿本朝臣人麻呂 万葉集/巻1ー36)


反 歌

見れど飽かぬ 吉野の河の 常滑の 絶ゆることなく また還り見む

(柿本朝臣人麻呂 万葉集/巻1ー37)
                                   
やすみしし わご大君 神ながら 神さびせすと
吉野川 激つ河内に 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば
畳づく 青垣山 山神の 奉る御調と 春へは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉かざせり
逝き副ふ 川の神も 大御食に 仕え奉ると 上つ瀬に 鵜川を立ち 下つ瀬に 小網さし渡す
山川も 依りて仕ふる 神の御代かも

(柿本朝臣人麻呂 万葉集/巻1ー38)


反 歌

山川も 依りて仕ふる 神ながら たぎつ河内に 舟出せすかも

(柿本朝臣人麻呂 万葉集/巻1ー39)




右側の松のある岩が、南朝の長慶天皇が幼い頃に遊んだところ。


少し先に、淵となった場所があります。

年のはに かくも見てしか み吉野の 
清き河内の 激(たぎ)つ白波

(笠金村 万葉集/巻6-908)


723年。元正天皇の行幸に付き従った宮廷歌人・笠金村が詠んだ歌。
持統天皇の時代を懐かしむような、後の年代に歌われた吉野讃歌だとか。

今は上流域にダムが出来て水量が少ないですが、
川岸の岩壁を見ると、往時の激しい水流が思い浮かびます。


小さな滝の上流は、「象の小川」。


ぞうのおがわ、じゃない。

きさのおがわ。


こらこら。




象の小川の上流域を詠んだ歌。

み吉野の 象山(きさやま)の際の 木末(こぬれ)には 
ここだも騒く 鳥の声かも


(山部赤人 万葉集/巻6ー924)


象の小川の水が吉野川に流れ落ちる「夢のわだ」は『万葉集』にもよく詠まれ、その美しさは多くの万葉人の憧れでした。


ここが、「夢のわだ(和田)」。


我が行きは 久にはあらじ 夢(いめ)のわだ
瀬にはならずて 淵にもありこそ


(大伴旅人 万葉集 巻3-335)


私の筑紫での赴任期間もそんなに長くはあるまい。
あの吉野の夢のわだよ、浅瀬なんかにならずに深い淵のままであっておくれ。

60歳を過ぎて九州の太宰府へ赴任した大伴旅人(万葉集の編集者と目される大伴家持の父)が、宴席で奈良の都への望郷の念を詠んだ歌。


柴橋より上流方面。

いくら禁止されても飛び込むあほーが(以下自主規制)。


さらに上流域。「天皇淵」と呼ばれる場所です。


吉野川、お天気のいいときにまた行かなくちゃ~。


参考文献

『増補吉野町史』(増補吉野町編集委員会/吉野町/2004)


いつも応援いただきありがとうございます。吉野川上流域の風景。夏に行くと人、人、人。関西では、きれいな水の川遊びが出来る場所が少ないことを思えば仕方ないかもしれませんが、中にはあほーな人がいるもので。吉野川でのんびりするには、水が冷たい季節がいいですね。
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No title

こんばんは。いつも楽しい記事をありがたうございます。

吉野はほんたうに奥が深いですね。壬申の亂から元弘、延元と皇室との縁が深いのも特徴ですね。

それにしても、浸蝕された岩々が織りなす景観が素晴らしいですね、確かに歌詠みたくなるやうな場所だと思ひました。

橘右近大夫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

そうなんですよね。吉野と言うと桜の吉野山に目が向きますが、
吉野川に沿って走る旧伊勢街道を行く吉野町等は、縄文時代からの遺跡があり、たまりません。

皇室との縁が深いのも、神武天皇東征の時点では通過点として、壬申の乱に始まるのかなー。

景勝としては水量が減り、木曽川等の渓谷には及びませんが、
様々な歴史との関わりがある点で、とても面白い地域ですね。

万葉の道ウォークで歩く人も多いようです。
歌を詠んだ現地を散策するのも楽しいですねー。
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