大名持神社。吉野の山合に潮が湧く。大汝詣と妹山

こんにちは。

日曜日、奈良県高取町から吉野郡吉野町などへ行ってきました。

吉野町といっても、桜さくらの吉野山ではなく。


右上のもっと奥、吉野川上流域になる方。

古事記・日本書紀の神代編に記された「吉野」は、吉野山ではなく、こちらの吉野山流域の吉野になります。


吉野川。

画像の左側、吉野川の北側には、


宮滝遺跡。

縄文時代の後期~晩期と弥生時代の中期のものから、飛鳥・奈良時代の遺構が出土する複合遺跡です。

多くの掘立柱の建物遺構と礎石を持つ建物遺構(9世紀のものも含む)、さらに敷石や溝の遺構、それと土抗から多数の土器が出土ししたことから「吉野宮(吉野離宮)」の遺跡であることが確実だとされています。

特にこの飛鳥・奈良時代の遺構は3期に分類でき、
Ⅰ期が天武・持統朝のもの
Ⅱ期は聖武朝前後のもの
Ⅲ期は昌泰元年(898年)の宇多上皇の行幸に関連するといいます。
(wikipediaより抜粋・引用)


時代は下り、吉野山に南朝の宮が置かれた頃。

後の長慶天皇が幼い頃に遊んだという「中岩の松」も宮滝遺跡区域内にあります。

そんな吉野町。

まずは、旧伊勢街道と東熊野街道(国道169号線)の別れる辺り。


絵に描いたような「何かありそうな」山。

妹山樹叢(いもやまじゅそう)は、国の天然記念物。
屋久島方面の植物まで生えており、西日本の特殊暖帯林として珍重されています。

植林の多い吉野地方にこのような貴重な林相が残ったのは、お社が関係。

貞観元年(859)以前に「大名持神社」が南の麓に祀られます。

以降、妹山が周辺地城の人々の崇敬をあつめた「忌み山」として入山を禁止されてきたためだとか。

ということで。


大名持神社。

近世城郭もまっつぁおの石積です。


実は、この前の道を熊野市へ出るときに毎回早朝に通過。

ずーっと気になっていたお社。やっと訪問できましたの。うふ。


大名を持ってどうする。

おおなもちじんじゃ。


わくわく♪


石段を駆け上がっていきなり拝殿。

正直、驚きました。
せいぜい、覆屋の中にこじんまりとした社殿がある程度だと思ってました。

だって、妹山を神とする古代信仰のお社なら、社殿は不要。
そうか、ここは後に社殿を建築したのだなー。



大名持神社は、式内社・名神大社。
大和国吉野郡十座の一座。

「大和国従一位大己貴神に正一位を授け奉る」
(『日本三代実録』貞観元年(859)正月二十七日条)

神階最高位である「正一位」を六国史終了時に所持していたのは、
他には春日大社(春日祭神四座)のみ。

朝廷からいかに重んじられていたかがわかりますが、なぜなのかしら。
吉野へ度々の行幸があったから?



【祭神】
大名持御魂神(おおなもちのみたまのかみ)=大国主命
須勢理比女命=大国主命の妻
少彦名命



境内奥、現在の社務所に、神宮寺の大海寺がありましたが、明治初年に廃寺。

神宮寺の本地仏十二社権現像・仏具汁物は、河原屋の仏国寺へ。
正平14年(1359)南朝方の僧・雲祥による一筆書の大般若経600巻は、今川上村東川運川寺へ。


境内社は、水神社(罔象女神)・若宮神社(事代主神)・金毘羅神社(金山彦神)・稲荷神社(稲蒼神)。


お屋根のつんつくつん。

このお社の興味深い点は、


文化年代の灯籠。「大汝宮(おなんじのみや)」の文字。


大名持神社前を流れる吉野川。

この神社の前の吉野川の淵(潮淵)には、毎年六月末日に潮水が涌くと伝わります。(『大和志』)

近年まで、磯城・桜井・香久山地方の氏神祭前に宮座当屋の人が大汝詣でをしてこの神域で六根清浄の水浴をし、ここの清水を汲み親指大の細長い石を拾いワラヅトへ入れて帰り、宮座祭を行う風習がありました。

持ち帰った水は最寄りの川へ流し、ワラヅトを首にかけて水垢離をとり、その後当屋の御仮屋へ氏神を移し秋祭り当日まで給仕。

宮送りの際もまた、当屋と受け当屋は再度ここへ来て水垢離をして水を持ち帰り最寄りの川で水垢離をして御仮屋の氏神を神社へ戻す。
祭が終わったら、石を戻しに来る。

奈良盆地の中央部の宮座では秋祭りの前に当人が水垢離をとるところが多いとか。

奈良盆地から吉野川は決して近くはないので、不思議な風習だなぁと思います。
それほどこのお社は崇敬を集めていたのでしょうね。


大汝宮(おなんじのみや)の灯籠が象徴しているようです。

また、吉野川が目の前を流れることから、こんなものも。


昭和34年9月の伊勢湾台風。

吉野川があふれ、矢印の所まで水がきたというモニュメント。


現在も神体山として手付かずの妹山と、潮が湧くという不思議な淵のある大名持神社。

やっとお詣り出来て幸せいっぱいなのでしたー。


大名持神社
《住所》奈良県吉野郡吉野町河原屋86




参考文献

『奈良県史・神社』(奈良県史編集委員会/名著出版/1989)

現地説明板「大名持神社」


いつも応援いただきありがとうございます。お天気は曇天だったのですが、早起きしておでかけ。私にしては珍しく欲張って、お寺二ヶ所と神社三ヶ所を巡りました。吉野川上流域の歴史と史跡、伝説と史実のごっちゃになるドライブは楽しかったです。やっぱりおでかけしないとストレス発散にはなりませんねー。うふふ。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
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No title

おはようございます。

おお、私の大好物の辺りに行かれたんですね。
今回はどの辺までかしら??
『崇敬をあつめた「忌み山」』ですか。
他に何か理由があったんんじゃ・・・と思うのは、私の勝手な気持ちです。

何しろ行こうとしてもなかなか行けない土地だから、つねまるさんの記事だけが楽しみです。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

お。大好物でしたか~(*^^*)

今回は、国栖とその途中のお寺を目的に、ゆったりしてきました。
なんたって奈良県吉野町辺りなら近いので。

あ、でも、往復で200km超えてました。へへ。

恐らく、忌み山、いみやま、いもやま、妹山、だろうかと。
禁忌の意味の忌み山ですね。

腐葉土が50cmも積もっているようで。

私は長野、特に佐久の方は行こうとしてもたどり着けないので、
仙千代様のブログが楽しみです。

そば、ほんとに美味しそうでしたねー。
雪山も、すごいわぁ。
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