源頼光と土蜘蛛退治。蜘蛛の糸が飛び交う能「土蜘蛛」

こんにちは。


葛城一言主神社の蜘蛛塚。

神武天皇の土蜘蛛退治はいわゆるヤマト対「まつろわぬ民」。

これを下地に本日は、能「土蜘蛛」のお話。


よろしくお付き合いください。


【能「土蜘蛛」】

作者不明

素材は『平家物語/劍の巻』

前シテ:僧
後シテ:土蜘蛛ノ精
ツレ:源頼光
ツレ:胡蝶・トモ:頼光の従者
ワキ:独武者・ワキツレ:独武者の従者


鬼退治で有名な源頼光、昼と夜の区別がつかぬほど重病。

典薬寮の長官からのお使いで薬を届けた胡蝶に「死期を待つだけなの」と情けない。

そこへ来たのが怪しい僧。


月清き。夜半(よわ)とも見えず雲切の・・・と謡いつつ登場。


僧 「いかに頼光。御心地は何と御座候ぞ。」
頼光「不思議やな誰とも知らぬ僧形の。深更に及んで我を訪ふ。
   その名は如何におぼつかな。」
僧 「愚かの仰せ候や。悩み給ふと我が背子が。来べき宵なりささがにの」
頼光「蜘蛛(くも)のふるまひかねてより。知らぬと言ふになほ近づく。
   姿は蜘蛛(ちちう)の如くなるが。」
僧 「懸くるや千筋の糸筋に。」
頼光「五躰をつづめ」
僧 「身を苦しむる」




僧は土蜘蛛の姿に変化し、蜘蛛の糸を頼光に投下。

病でへろへろの頼光ですが、枕元にあった刀「膝丸」で応戦。

土蜘蛛、手傷を負い、姿を消します。

そこへ駆け付けた頼光の家臣「独武者」。


頼光、事の次第を語って聞かせ。

ここで先程の僧が、七尺(約2.1m)の大きさの蜘蛛になったことが告げられます。

蜘蛛を追い払ったのは、ひとえに剱(つるぎ)の威徳。
「膝丸」を「蜘蛛切」と名付くべし。


膝丸は、源氏代々の宝刀。

床には、てんてんてん、っと土蜘蛛の血の跡。

独武者「この血をたんだへ。化生の者を退治仕らうずるにて候」

※「たんだへ」
探題(名詞)→尋ね探す動詞へ変換


追跡調査開始。

独武者「土も木も。我が大君の国なれば。何處(いづく)か鬼の。宿りなる」

※『太平記』巻十六。紀朝雄の歌より。


京都の北野東南で、土蜘蛛の塚を発見。


独武者の意気込み。天魔は、第六天魔王。


崩せや崩せ、と、独武者の激が飛びます。


地「下知に従ふ武士(もののふ)の。下知に従ふ武士(もののふ)の。
 塚を崩し。石を覆(かえ)せば塚の内より火焔を放ち。
 水を出すといへども大勢崩すや古塚の。
 怪しき岩間の陰よりも。鬼神の形は。現れたり。」




塚から火焔放射ふぁいやー。

それにめげずにさらに塚を崩すと、蜘蛛の巣が現れました。

中から声が聞こえてきます。



土蜘蛛ノ精「汝知らずやわれ昔。葛城山に年を経し。土蜘蛛の精魂なり。
 なほ君が代に障りをなさんと。
 頼光に近づき奉れば。却って命を断たんとや。」



神武天皇の葛城山に住む「土蜘蛛=まつろわぬ民」退治の故事から、「葛城山に年を経し」と。



蜘蛛の巣をばりばりと破り現れた土蜘蛛。

ふぁいっ。


舞台上では、糸を投げ散らす土蜘蛛(シテ)と、独武者達の打合(働・ハタラキ)が繰り広げられます。

蜘蛛の巣を投げかける土蜘蛛に対し、手足の自由を奪われた独武者達は苦戦。


独武者「然りとはいへども」

地「然りとはいへども神国王地の恵みを頼み。
 かの土蜘蛛を。中に取り籠め大勢乱れ。懸かりければ。
 剱乃光に。少し恐るる気色を便りに斬り伏せ斬り伏せ土蜘蛛の。
 首打ち落し。
 喜び勇み。都へとてこそ。帰りけれ。」



神国であり天皇の統治する国土であるから、神や君の御加護を頼んで、土蜘蛛に斬りかかる独武者達。

頼光の剱に斬られて苦しんでいた土蜘蛛は、独武者の剱の光を恐れる気配を示します。


独武者達は、ついに土蜘蛛の首を落とし。

意気揚々と都へ帰っていったのでした。

ちゃんちゃん。


《こぼれる話》

能「土蜘蛛」では土蜘蛛退治に向かうのは単に「独武者」とその従者達で、名前がありません。

『平家物語/劍の巻』では、頼光の元へ四天王が駆け付け、土蜘蛛退治に向かいます。
捕らえられた土蜘蛛は、頼光の命令で鉄の串に刺され、河原に立てて曝される羽目に。



うまく描けなかった土蜘蛛のおうち。
蜘蛛の巣は、毎回破るので和紙で手作り。

投げる蜘蛛の糸は、幅5mm程の紙テープを横に並べた土蜘蛛専用の小道具。

お稽古の時は、高価な本物を投げるわけにはいかず、包帯で代用。

投げては巻き、投げては巻き。


保健委員会のうた@忍たま乱太郎


ちなみに、投げられた糸は謡っている方にも容赦なく巻き付いて。


くすぐったくて死にそうです。


おしまい。


参考文献
観世流大成版「観世流初心謡本/『土蜘蛛』(訂正著作/24世観世左近、檜書店発行)


いつも応援いただきありがとうございます。能「土蜘蛛」は、ぽんぽんぽんっと場面が変わり動きが多く、後の場面は舞台狭しと繰り広げられる土蜘蛛と武者達の争い。ぷわーっと広がる蜘蛛の糸の派手さもあって、楽しい能です。「幽玄」からは程遠いのでツウの人には軽視されがちな舞台ですが、「能の発展過程に於いて本曲のような趣向も求められた事は疑いようがなく」(観世流大成版「観世流初心謡本/『土蜘蛛』より)、現在も頻繁に上演される人気曲です。
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上品蓮台寺

こんばんは。すつかり秋めいてきましたね。

さて、賴光と鬼。なぜに、結びつきがあるのでせうか。
賴光は酒呑童子を退治したことでも有名ですね。うむ、酒呑童子?橘右も同じ時代に生きてたら、賴光に退治されたかもしれません・・・。
グワッ・・・、負けはせぬ、賴光、酒の力は盡きぬことなき常盤の力なり。くらへ、賴光、無濾過原酒の力を。

あつ、すみません、亂れてしまひました。

橘右は未だお参りする機会を得られゐないのですが、上品蓮台寺に賴光塚があり、これは土蜘蛛と関聯があるやうですね。

賴光の足跡を辿る旅をしてみたいと思ひますが、む~ん、関東に居ては難しさうです。

橘右近大夫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

上品蓮台寺の源頼光朝臣塚ですね。
さすがよくご存じで。うすらぼんやりとさせたとこを突っ込まれてしまいましたー。
頼光塚の前は土蜘蛛の塚があったという伝承がありますね。

謡曲の注釈では、舞台は京都北野東南、とだけ書かれ、
『平家物語』では「北野神社裏手」。

同じく北野天満宮の西南の東向観音さんにも境内に土蜘蛛塚(石灯籠の火袋)がありますが、これは明治によそから移したものです。

酒呑童子を「さけのみどうじ」と読んだこと、ありませんかー?
えへへへへ。

あちこちの酒蔵でおふるまいがある季節。

無濾過原酒の力は偉大なのだー。

ロックでちびちびするのが、至福なのだー。

あ、茨木市のゆるキャラ、茨木童子です。
そのまんまやん、って言いたくてたまりません。

頼光巡りなら、やはり川西市の多田神社と満願寺からスタートかしら。
神仏分離で多田神社から仁王さまを移動するなどした満願寺、周りは宝塚市なのに川西市の飛び地なんですよー。

(経緯は長尾山訴訟事件。)

ナビがあほーになったのかと思いましたわ。おほほ。

そちらでしたら、やはり河内源氏でしょうか。

No title

こんばんは。

土蜘蛛
まつろわぬ民たちだったんですね。
何かの本でそれを読み、なるほどなぁと頭をガツンと殴られたような気がしたのを思い出しました。
日本全国に、土蜘蛛は大勢いたんでしょうね。
みんな鬼にしたり蜘蛛にしたり。
権力ってのは怖いものです。

No title

いーと、巻き巻き~~~♪(* ̄O ̄)β~♪^♪
ホータイ、巻き巻き~~~♪(* ̄O ̄)β~♪^♪
ひいて♪ひーて♪シテとんとんとん~~~♪(* ̄O ̄)β~♪^♪

この演目は意味を知らなくても楽しそう~
生ワンコ、追跡お疲れさま~~

村クリ(*´∀`)ノ+゜*。゜拍手+゜。*゜+

おお!土蜘蛛!

葛城山といえば?
土蜘蛛!
と即答できるぐらい神楽ではなじみの演目ですが
能も同じく糸を吐いたりするんですね。
ふむふむと大変興味深く読ませて頂きました。

というか、神楽とほぼ同じあらすじで驚きました。
頼光の薬を持ってくる侍女の
胡蝶という名まで同じです。
ただ、神楽では胡蝶が土蜘蛛に殺されて
胡蝶になりかわった土蜘蛛が
蜘蛛の糸を投げ出すことになっています。
それと、助けに来た従者も名前があって
「坂田金時」「卜部季武」と名乗り
彼らが主に代わって鬼退治をすることになっています。

ちょいと違うところもあるけれど
「蜘蛛の糸」あるあるはよく分かります!
あれ、高いですよね・・・。
以前、値段聞いて驚きました。
「土蜘蛛」だと三回以上は投げるわけで
ああ、うん謝礼では済まないなあと
まあ神様に捧げるものだから
いいんですけど・・・。

あ、そういえば能の場合、
なげた蜘蛛の糸ってどうするのでしょうか?
神楽だと、くるくる踊りながら回して集め
いつの間にかぽいっとさりげなく投げるんですが
能でもそんな激しい踊りをされるのでしょうか?

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

ブラタモリ、面白かったですねー(*^^*)

よく言うのは、歴史は勝者のもの。
結局、呑み込まれていく人々を土蜘蛛や鬼神とすることで、貶めていったのでしょうね。

数百年経ったら、私たちも何かに化けさせられてるかも。

土蜘蛛は全国各地にいたようです。
地方によって様々なものに姿を変えますが同じような主旨のものは多いかと。

神話の世界は、ちょっとこれはどうなの、ってお話もありますねー。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

シテとんとんとーん♪←お気に入り~(*^^*)

意味を知らずに楽しむ事が出来る曲ですよー。
能の普及に必要なのは昔も今も変わらないです。

面白いのは、アメリカでは土蜘蛛のような曲が好まれ、
フランスでは、羽衣のような幽玄なものが好まれる点で。
何となく、あー、そうなのかな、と。

生わんこ、画像を見返す度にまた触りたくなります。

わんこ、らぶ♪

トロロヅキ様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

うおおっ。神楽、キター♪ヽ(´▽`)/

そちらは盛んですものね。面白いですよねー。

ご存じのように、呪術的要素の強い神事の中での歌舞(大和舞など)から、奈良時代に神話世界を歌舞で表現するようになり、神楽が成立。

この神楽が、儀式的な神楽とオマケの余興的な猿楽に分かれ、鎌倉・室町頃に能楽(能と狂言)が発達。

次は能の演目が神楽へと輸入されるようになります。

恐らくそちらでも、神話ものと能の演目から神楽になったものの二本柱ではないでしょうか。

演目援用の過程で、対象とする相手にどうやったら伝わるか、その芸能で得意とする演出は何か、それぞれが創意工夫して、変化していきます。

歌舞伎の派手な演出、わかりやすいですよね。そんな感じで。

蜘蛛が僧に化けて現れ、途中で土蜘蛛の姿を顕した、
と謡では言うけれど、目の前のシテは僧形のまま。

なので、何も知らない観衆にはいまいち伝わらないぞ、
っとなったのかもしれません。

能の土蜘蛛ではなぜ、独武者なのか。
これは専門の研究にお任せしたいと思います。

シテが前後で演じ分けることが主眼なので、
余計なものは削いでいくことが多いこと、
独武者はワキであること、等が考えられるかなぁ。

蜘蛛の糸はねぇー。ねー。高いですよねー。

能では、前シテが三回、後シテはたくさん。
糸の玉で袂はぽんぽん。

ホールや初心者向けの公演では、派手に見せるためにシテだけじゃなく後見も投げることがあるので、あああ、もったいないーって見てます。

能では、後見、という存在があります。
見えないことになってる人。
シテが倒れたら即交代してお役を務めるというほどの存在なので、
シテよりも上の先生がつとめます。

(黒子というと、怒号が飛びます。)

前シテが幕に入った後、あまりにとっ散らかった時だけ、
後見がお囃子方の横からくるくるくるっと巻き付けて、持ち去ります。

後シテは、暴れますよー。

ワキとワキツレ二人を相手に、舞壺に加え、橋掛かりまで使って走り回ります。

その間は決して糸を片付けないので、終演後は蜘蛛の巣で真っ白のもこもこですよー。

でも、糸よりも、糸の先に重りで入ってる小さな鉛玉の方が厄介で。
糸の本数分、玉がころころ。

土蜘蛛は五番目物といって、能が数番ある時でも一番最後に上演される事が決まっているため、次の曲の支障にはなりません。

一応、見所のお客様がはけた頃に、お作法として、拾い集めます。
めんどくさいです。

ご回答ありがとうございます!

おお、能でも派手にぐるぐる巻きなるのですね。
しかもたくさん使うとは・・・。
うわあ、なんて贅沢!

あの蜘蛛の糸、子どもの頃から好きで
最前列に陣取ってはかき集めていました。
今はさすがにそんなことしませんが
蜘蛛の糸が投げ出された瞬間に
駆けだす子どもらを見るとほほ笑ましいです。

そうですね、芸北神楽は古い12神祇神楽よりも
新舞が今は主です。
新舞が出来た背景には、
第二次大戦後のGHQによる文化統制があります。
広島の場合、GHQの統制が厳しかったので、
古事記などの神話系の神楽が舞えなくなったそうです。
そこで、もっと娯楽性の高いものを作ることになり
「土蜘蛛」は「平家物語」を元にして作ったと聞きました。
なので、能や歌舞伎の演目に近いものや参考にして
作ったものもあるのやもしれません。

能はなかなかストーリーを知っていないと
見ていても難しいなあと
いつも宮島の能舞台の公演中の脇を
スル―しているので勉強したいなあと思っています。
また、能のお話楽しみにしています!

トロロヅキ様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

んまっ。ちょっと、トロロヅキ様!
宮島の能舞台の公演中の脇をスルーですとーーーー!?
んまっ。んまっ。なんて贅沢なー!

あの舞台は、ほんとに気持ちよく立つことができる稀有な存在なのですよー。

よし、今度、スルーする人がいたら、トロロヅキさんね!?そうでしょ!?って、食い止めてしまおう。

そうか、GHQか。
すごくわかりました。
文献を見ると神楽としていい曲がたくさんあるのに、どうしてしないのかなー?って不思議だったんです。

ねむねむになる能と比べて、底力があるというか、腹と胸にくるものがありますよね。神楽。
特にそちらのを拝見して、見ている側がうきうきしているのを見たときに、あー、古来の神楽や猿楽って楽しいものだったんだな、難しいものじゃなかったんだな、と目頭が熱くなりました。

観世流の謡曲は200ほどあります。
中には、知らんもん、ってせんせが言うような稀曲もありますが、
世情に左右されつつ生き延びてきたものなので、
大切にしたいです。

蜘蛛の巣集め、ふふふふふふ。
先輩がお稽古したときに、もしゃもしゃとかき集めて遊んだのはないしょ。

あ、一切経蔵のお話、ありがとうございました。
そちら方面にトロロヅキ様がおいでなので、

「毛利?トロロヅキせんせー!教えてー!」

です。

これからも刺激的なお話、教えてくださいね。
記事の内容もお人柄も、好きよー。
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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◎画像と記事の無断使用厳禁!!
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