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藤原南家菩提寺・榮山寺。むちまろへ会いに

こんにちは。


奈良県へおさんぽ。


むっちぃーに会いに、五條市の榮山寺へ来ました。

・・・むっちぃーって誰って?

ふふふ、奥さん、藤原武智麻呂でございますことよー♪


道路下はすぐ、吉野川。

北を山に、南を吉野川に挟まれた東西に広がるお寺です。


学晶山榮山寺

創建は、養老3(719)年。藤原武智麻呂。

父は藤原不比等。
藤原四兄弟の長男で藤原南家初代。


では、入口から一番奥、東側からご案内。


国宝・榮山寺八角円堂。

藤原武智麻呂の子、仲麻呂が父母の追善供養の為、宝字年間(757~765年)に建立。

榮山寺が戦火に遭う中で、八角円堂だけが生き残りました。

法隆寺の夢殿と並び、天平時代の建築物として貴重。
内陣の装飾画は目視出来ないほど剥落していますが、わずかに残る色彩を見るに、往時はさぞかしきらびやかであったろうと。

いい子だねぇ、仲麻呂。


木造の建物が1200年以上も残るなんて、ありがたいなー。

あり?狛犬?


二人して何を言ってるのだ。御霊神社と書いてあるぞ。

藤原南家初代の菩提寺ですので、元は春日神社と称しました。

桃山時代に、榮山寺が興福寺支配下から脱したため、
地域で特に信仰されていた御霊信仰の神社となりました。



榮山寺も南朝の史跡です。


本堂。1553年再建。

秋の御開帳中で、八角円堂の内陣と本堂の仏像を拝観させていただきました。

本堂の本尊は薬師如来。
左右に日光、月光菩薩、小柄な十二神将達が並んでいました。

十二神将、好きー。

それぞれが干支の形をしたものを頭上に付けていることが多く、千差万別。

特に、戌。わんこ。


凛々しい子が多いのですが。


どうしたことか。

立ち並ぶ十二神将像の中で六体は1454年に造ったことが台座裏の銘から判明していますが、こちらはその中の一体。

室町時代にも、こんなわんこがいたのかしら。


本堂前の石灯篭。重文。

1284年の銘。鎌倉時代。「榮山寺形」と呼ばれるとか。


梵鐘。国宝。

「延喜17年11月3日鐘成」の銘がある梵鐘。

延喜17年は、907年。うわー。

高さ157.4cm、口径89cm。

平安時代の金工品の中でも特に優れた姿で、京都・神護寺、宇治平等院の鐘とともに「平安三絶の鐘」とされています。


菅原道真の撰、小野道風の書といわれる銘文があります。


七重石塔婆。重文。

奈良時代の建立で、国内で最も古い石造塔婆のひとつ。
高さはなんと、360cm。


紅葉はまだまだでした。


参考文献
榮山寺パンフレット


いつも応援いただきありがとうございます。とうとう禁断の不比等と四兄弟に触れてしまいました。漫画家の長岡良子さんの著作に、不比等を主人公にしたり重要な脇役にしたシリーズがありまして。とても丁寧で繊細な絵柄でして。激渋の髭のおじさまが苦悩しつつ大宝律令を定めていく姿を描いています。友人ときゃーきゃー騒ぎながら図書室で不比等を調べた中学時代。でへへ。
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ぽちぽちぽち、ありがとうございます。
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非公開コメント

No title

漫画の不比等っていうと加藤知子さんの『異国刊ダンディ』思い出しますな。
しかしもう内容はあまり覚えてない(誘拐されて命狙われてっていうのは覚えてる)。
実在の不比等さんとはなんも関係ないしw

No title

こんばんは。

榮山寺、ものすごく古いお寺さんなんですね。
平安時代の八角円堂、凄いことですね。
それに、南朝の行在所ですって?
それは大変。
本当に南朝の天皇様方は、あちこち流浪されておいでだったんですね。

No title

むっちーーーーー

ほんとに「むちまろ」って読むのか( ゚д゚)シランカッタ
というか、藤原氏って北家以外の人って知らない^^;

>高さ157.4cm

あら、シオより背が高いのね(ーー)←チビ
口径はひみちゅ・・( ̄ko ̄)

和犬・・・いま地味にブームよね^^
映画やバラエティで、世界へ発信~~~な感じ。

ワンコは雑種だろうが何だろうが拘りはないけど、犬種を選べと言われたら豆助みたいな柴がいいなぁ 川* ̄д ̄*川ポッ 

なんか写真のワンコ絵が頭から離れなくて、やや記事から離れ気味コメントですいません^^;

ぽちぽちぽちーーー☆

No title

つねまるさーん、こんばんわ~

八角堂といったら、奈良ですよね。

1200年の重みを感じます。ながれいし国宝、国宝~☆

ところで、「むちまろくん」は藤原さんだから、公家さんなのかなぁ~。

さかした様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

まぁー、懐かしい~( 〃▽〃)

細い人達がいっぱいな絵柄だったような。
敵だわっ。あり得ないわっ。

そうだー、不比等って、こっちもありましたね。そうだそうだ。
懐かしいなー。

久しぶりに漫画読みたいなー。
週末、雨だったら行ってこようかしら。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

そうですー。古いんですー。
奈良は三桁の年代の創建が多いので、四桁だとなんか残念な気持ちになります。

八角円堂は平安より前で、奈良時代ですね。
法隆寺の聖徳太子のすぐ後になります。

五條市は、十津川へ行く起点になる場所で、吉野川を下れば九度山、和歌山へ行き、遡れば吉野への分岐点。

南朝の行在所、さらっと流してしまいましたが、気づいて下さってありがとうございます(*^^*)

都から南下して、吉野川の南の山々を移動した感じがします。

この辺りは人のいない土地というよりは、南北朝よりずっと以前からの氏族が住み、お社をお祀りした古い古い地域です。

また藤原南家に縁の土地であり、不比等の子達の時代より人がいたと思います。
後記事になりますが、桓武天皇の前の天皇の皇后である井上皇后の流された没官の館がありますし、また、付近には鴨氏や葛城氏の氏神等が鎮座する土地です。

多分、南朝の行在所となった頃にはある程度の集団が居住していたのではないかと。

目の前の川原には「史跡行宮だから、たき火禁止」の看板がありましたのよ。木造は火が天敵ですものねー。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

えーん・・・((T_T))

長男の苦悩ばりばりのむっちーなのです。
次男の房前に追い抜かれても、兄弟仲良しこよし~♪にまとめたのは、
ひとえに、ひとえに、兄ちゃんの人徳。

仲良しなのは、死ぬときもいっしょ。

ううう。

あー、あれれ?私も灯籠より小さいぞー。
態度と横におっきいから、つねまるちゃん、実はちび?と言われることが多いですわ。

和犬、いいですよねー。

私は秋田犬がいいなー。もふもふー。

ジョリィとかパトラッシュのすりこみか、でかわんこにもふりたいー。

十二神将、武官姿で凛々しいのが多いんですが、
わんこ、文官でしたの。これも珍しいかと。

たれパンダみたいに、たれーんっとしてたんで、ものすごいインパクト。
どうした、わんこ!

ツボをぎゅぎゅっと、ありがとうございます(*^^*)

piglet01様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

かくかく鹿じか、奈良ですね。

彫刻てんこ盛りの江戸期や桃山期もいいですが、まーっすぐな屋根と簡素な造りは別の味わいがありますね。

ながれいし国宝の中で、当時のままの空間で拝む仏様は一番の贅沢。
博物館のケースの中の仏像は、例えながれいし仏像であっても、ちと物足りないです。

むっちーの頃は、まだ家格が固定化しておらず、平安時代に入って藤原北家が摂家として確立するまでは、公家、の概念はないです。

藤原を名乗るのは不比等の子達に限り、不比等以外の同族は中臣に戻された時代ですので、藤原さんもまだ新品同様。

ぴかぴかなのですー。
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古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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