紅葉探して安国寺。伝・足利尊氏生誕の地

こんにちは。


・・・あれ?


関西では、春が来ました。か?


訳がわからないことこの上ない。


もう、やだ・・・((T_T))

あちこちのブログ様で紅葉を拝見したので、
山の方ではそろそろかな?っと、北上しました。


大阪府北部は、桜は赤いけどまだまだ。


久しぶりに名月峠。


真ん中が名月姫。左右は父と夫。

鎌倉末期の宝篋印塔。

名月姫については、こちら↓↓
名月峠の名月姫。およしになって、清盛様
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-377.html?sp

ものはついでに、さらに北上して綾部市の上杉町へ。

上杉町は、建長4(1252)年より上杉氏の所領となった上杉荘。


紅葉の名所、景徳山安国寺。

元は光福寺と称し、南北朝時代より以前から上杉氏の氏寺でした。

初見は建武元年(1334)年の書状。from 上杉朝定 to 光福寺。

上杉朝定は、始祖重房の曾孫で上杉氏嫡流。
叔母の清子は足利貞氏に嫁して、尊氏・直義を生みます。

つまり、足利尊氏の従兄弟。

朝定からのお手紙は、

「其後久不啓案内候」(その後久しく案内を啓せず候)に始まる、
八田郷内能登房跡を光福寺に寄進する旨を記したもの(「安国寺文書」)

書き出しから光福寺と上杉氏の「両者が親しい間柄であったことが読み取れ」(『綾部市史』p167)ます。

さて。

尊氏の生誕地は鎌倉説、足利荘(栃木県足利市)説と、丹波上杉荘説がありますが。

伝承によれば、安国寺の境外塔頭となった常光寺(廃寺)が元は上杉氏の別邸。

尊氏の母・清子は、安国寺(当時は光福寺)の地蔵菩薩に安産を祈願し、別邸で尊氏を生んだと伝わります。


それがこちら。

今は公民館が建ちます。


敷地の片隅には、伝・尊氏の産湯の井戸。

安国寺は

「尊氏は征夷大将軍となった後、暦応元年(1338年)夢窓疎石のすすめにより後醍醐天皇、元弘以来の戦死者の霊を慰め、国家の安泰を祈願するため、国ごとに安国寺・利生塔を建てさせたが、丹波の安国寺には、母・清子の上杉氏が帰依する光福寺を充て、諸国安国寺の筆頭においた。」(『綾部市史』p170)

のですが。

安国寺、というとやはり。


安国寺。江戸時代の鐘。


好き好き好き好きすきっすきぃ~♪

ですな。どうしても。


新右衛門さんが飛び込んできそうな感じ。

違いますからね、ね。


安国寺ですから。安い、じゃない。


違うから。

足利ツウのあなた、家紋、見つけまして?


ここまで徹底している瓦は、スガスガシイです。

あ、これ、山門。


緑のもみじ。


安国寺仏殿。

寛保3(1743)年建立の禅宗仏殿。
裏山の土砂崩れにより往時の建物は崩壊したため、境内の建物は近世。


山門の瓦に同じものがありましたのよ。探してみよう♪


紅葉を探してうろちょろ。


開山堂周りがきれいでした。


紅葉を入れようと苦心惨憺したのに、葉っぱがべろーんって(T_T)

開山堂横に。


(向かって左から)伝・上杉清子、足利尊氏、赤橋登子の墓碑塔。

3基とも無銘の宝篋印塔。
全体の形、笠の隅飾突起等に南北朝時代の特色があり、
安国寺の歴史を物語るものとして貴重。(『あやべ歴史のみち』p047)

『安国寺文書』には、2代将軍足利義詮が、
尊氏及び夫人登子の遺骨を安国寺に納めた御教書があることから、
この3基の宝篋印塔が三人の墓碑塔との伝承になったのかな。


紅葉に埋もれています。


くまが愛でているのは、十月桜。


桜と紅葉。


安国寺お散歩、よかったー、です。


参考文献

「綾部市史・上巻」(綾部市史編纂委員会・編/綾部市役所・発行/1976年)

「あやべ歴史のみち」(綾部市資料館・編、発行/2000年)


いつも応援いただきありがとうございます。上杉荘と上杉氏、足利氏については頭痛の種ですので、今日は紅葉のお散歩記事でごめんあそばせ。関東へ行かれると途端に訳がわからなくなりますの。尊氏なんて、動き過ぎよー。さて、紅葉。やはり関西の見頃は今月中旬以降なのかなー。山もまだブロッコリーでした。紅葉の名所はこれからぎゅーぎゅーに混むんだろうな。駅の改札口を出る前にびっくりして引き返したこと、あります。牛歩戦術したくないのに、進めないんですもの。
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No title

こんにちは~♪
今月もよろしくお願いしますネ(*^^*ゞ
私も十月桜を撮影しましたよ(*^^)
肝心の寺院は歴史のある観音堂(国指定重要文化財)を取り壊して新しい観音堂を建築中でした(。_゚)〃ドテッ!

No title

こんばんは。

ああーん、もうイヤ。
書いたのが消えちゃった~
狛ちゃん、何とかして。

そうそう、足利氏、源氏の一族だけあって、やっぱり同族で殺し合うのよね。
尊氏と直義兄弟の殺し合い、お母さんの登子さんはどう思ってたんだろう。
一緒に協力してきたのに。
それに、いつも不思議なのが、足利氏と新田氏の関係。
どうして長男の新田氏より、弟の足利氏の方が上位になったんだろうって。
足利氏の方が嫡流だったのかな、とか。

No title

こんばんは~

|桜|。 ̄*)<チビクマ「似合う?」

ちょ!!やだ!!チビクマちゃんってば御茶目!
オバちゃん萌えすぎて悶絶したわよ!!

>名月姫については、こちら↓↓

おお、覚えてます。モラ腹パワ腹な清盛さん^^;

アンアンアン~~~大特価です(`・ω・´)キリッ
「安」の字は何個あるでしょうか?
ってクイズになりそう^^;

>関東へ行かれると途端に訳がわからなくなりますの

全くだ。関東管領とか、弓?・・扇?・・・屋形?
あ、ほら、もうド忘れしてますわ~~~オホホホ

十月桜って地元にない~うっとり(* ̄д ̄*)ポ

ぽちぽちぽちーーー☆

まり姫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

こちらこそよろしくお願いいたします。

十月桜って、ひっそりと咲くものなんですね。
とてもきれいでした。

あー、なんですか、その寺院。
変わったお寺ですね。

維持管理費用と新築費用を比べて決めたのだろうとは思いますが、
行く気が萎えてしまいますね。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

あらー。消えてしまいましたの?
おーい、こまー。こまちゃーん。

・・・お手手がグーなので、キーボードが押せないそうです。

源氏は親族、親兄弟でさえばっさり切りますね。
同族間は、ライバルというか、目障りな敵のように思えたのかな。

>どうして長男の新田氏より、弟の足利氏の方が上位になったんだろうって。

足利氏と新田氏については長くなるので省きますが、尊氏兄弟についてのこれは、謎ですよねー。兄がよそへ。
調べても個人の見解ばかりなので、関東の人はよくわからん、っと放置してます。

お母さんは、どうなんでしょうか。
感情まで記した日記等がないとわからないですけど、自分の子が殺し合うなんて、やめてやめてー!って思うのがお母さんですよねぇ。

安国寺の石塔に、伝承ではありますが、奥さんとお母さんに挟まれた尊氏、と三つが並んだ姿を見て、あんたはいいんだ、弟も入れてやれーっと思いましたわ。

家族間に起きた、今から見ると理不尽な事ではっきりするのは文献等からわかる事実だけで、個人がどう思ったのか、すごく気になる事は多いですねー。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

んふふ。ちびくまを愛でて下さりありがとうございます♪

さらに前記事を覚えていていただき、感謝感激です。
名月姫の名月峠は丹波方面へ行くときは毎回通るので、清盛、こらーっと。

十月桜って、ひっそりと咲くようで。
いやだー、間違えたの?今は秋よ~って思ってしまって。

おほほ。

上杉荘って言うけど、上杉さん、おらへんやん?いつまで上杉の本貫地だったのか、とか、何回本を読んでも、なんかもうややこしい。

安国寺で、ここは足利氏のおうち~って勘違いしたり、上杉上杉と連発し過ぎていつの間にか上杉尊氏と思い込んだり。

深く追求しないのが得策だー。
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つねまる

Author:つねまる
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古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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