八咫烏神社。八咫鏡野の八咫鏡失敗作と神社合祀

こんにちは。


青い海が眩しい那智勝浦の海岸に


八咫烏さん。


ちょいと焼かれております。じゅー。


熊野那智大社の鎮座する那智勝浦町の


太地町と隣接する場所に。


「八咫鏡野(やたがの)」という地名があります。

これがですなー、「咫」の字が常用漢字じゃないのか読めないのか、
標識等の地名表記が「八尺鏡野」となっていて。

はっしゃく、て読んでしまいますわ。これ、どうなの。

とほほ。



その「八咫鏡野」の八咫烏神社。

地名は、三種の神器(八咫鏡・草薙剣・八尺瓊勾玉)の「八咫鏡」で、
神社は、神武天皇の道案内をした「八咫烏」。

はて?


黄泉の国から戻り禊をしたイザナギの左目から産まれた天照大神。

「天照大神がイシコリドメノ命に鏡を作るようにと下界に赴かせ、
着いたのが八咫鏡野であった。
イシコリドメノ命は懸命に鏡を打ち、完成したが、
かすかな傷のために作り直しを命じられ、
新しく完璧な鏡を作り、天照大神に献上した。
その鏡が伊勢神宮の御神体の八咫鏡となった。」
「神武天皇大和進入経路」より引用)

傷のある鏡は、八咫鏡野の八咫烏神社に残されましたが、
あるときに盗まれて行方不明になったといいます。

※イシコリドメノ命
『古事記』では伊斯許理度売命、別名 櫛石窓神、豊石窓神、
『日本書紀』では石凝姥命または石凝戸邊命と表記



『紀伊續風土記 巻之七十一・牟呂郡大田荘』では
「八咫鏡野村」の「八咫宮」について

「村中にあり。一村の氏神なり。八咫烏を祀るといふ。八咫烏は熊野に縁あれとも村に因るときは八咫鏡を祀れることを伝へ誤りしならむ」と
記されています。

八咫鏡と八咫烏。混同があったようですね。


この八咫烏神社と太田川を挟んだ対岸に鎮座するのが


下里神社。

【創建】
1564(永禄8)年6月23日創建。
元諏訪神社と称し、下里村の鎮守として字牛渕に祀られていました。

1761(宝暦11)年の大洪水で流失して現位置に鎮座。



【祭神】
(主祭神)健御名方神 

(配祀神)誉田別命 青彦命 豊宇気毘売命 市杵嶋姫 健角身命 表筒男命 中筒男命 底筒男命 火産霊命

【由緒】

明治6年4月村社。
明治43年、神社制度改正により各集落の鎮守である下記を合祀。

八幡神社 大字下里字藪鎮座無格社
明神社  大字下里字久保坂鎮座無格社
稲荷神社 大字下里樋ノ元鎮座無格社
住吉神社 大字下里字高芝鎮座村社
厳島神社 大字下里字高芝鎮座無格社
若宮神社 大字粉白字口地鎮座村社
秋葉神社 大字粉白字口地鎮座無格社
姫宮神社 大字粉白字口地鎮座無格社
八咫烏神社 大字八尺鏡野字中地鎮座村社
天神社  大字下里字天満鎮座村社

この時に、傷のある八咫鏡を祀った「八咫鏡野の八咫烏神社」は下里神社に合祀されています。

※天神社(字天満鎮座村社)は、氏子崇敬者の要望により、昭和20年6月25日、旧社地へ遷宮。

同1910(明治43)年、社名を「下里神社」と改称。
大正元年9月幣帛供進神社に指定されます。


元々の元諏訪神社に9社を合祀したので、ぎゅーぎゅーです。


《メモ・神社合祀》

1906(明治39)年の勅令により神社合祀政策が始まります。

全国で1914年までに約20万社あった神社のうち、7万社が取り壊され、合祀されます。

特に合祀政策が甚だしかったのは三重県。
県下全神社のおよそ9割が廃されることとなります。

和歌山県も三重県同様、神社合祀が非常に多く進められました。
龍神村の皆瀬神社は合祀すること37社。

皆瀬神社と神社合祀
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-530.html


と、いうことで。

「八咫鏡野の八咫烏神社」は下里神社に合祀され、
現在は跡地に祠が建つのみ、と。


しかし、境内はきれいに清められております。


政策により合祀となったものの、氏子の崇敬はこちらなのかな。


長い年月、八咫鏡野の村の氏神様として鎮座していたのですもの。

ちなみに、この八咫烏神社の付近は


河口がすぐそばで、田んぼの中に小さな丘が点在する地形。

大地震の際はすぐに


某さんの畑へ逃げましょう。

大震災以来、この看板が気になるようになりました。


下里神社の詳細と狛犬さんはこちら

八咫鏡と下里神社
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-255.html?sp


下里神社近隣には本州最南端の古墳があります。

本州最南端の前方後円墳。下里古墳。
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-256.html


参考資料

和歌山県神社庁「下里神社」
http://www.wakayama-jinjacho.or.jp/jdb/sys/user/GetWjtTbl.php?JinjyaNo=8024



いつも応援いただきありがとうございます。「八尺鏡野」の交差点表記を何度見ていても、やたがの、とは読めませんでした。下里神社に多くの神社が合祀されているように、和歌山県と三重県は政策的な神社合祀が極端に行われた経緯があります。しかし、参詣には遠くなって不便ですし、代々の氏神様は地元でお祀りしたいと、旧社地へ遷宮されたお社も多く。お仕着せの政策なんて、人心掌握まではできないもんですね。
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No title

こんにちわ(^^♪
どれだけ神社に参拝しても、古事記の内容を覚えきれない頭です(笑)神社検定の内容もほぼ忘れてそう。特に神産みは・・。この前も八咫烏って何?と聞かれて、サッカーのマークって答えました。ふふふ
燈籠ではなく鳥居が立っていたようにも見えますねぇ。

yuki様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

いやぁ、私も無理無理。八咫鏡が案内して~っと、訳のわからん勘違い。
神社検定なんて、もっと無理~(T_T)

八咫烏は、サッカーのマーク。そうよー、これでいいのよー。
で、何でサッカーのマークなん?って突っ込まれたらすごく困る。

ふふふふ。

あ、そうか。鳥居の足元だー。
ちょうど刺さる(?)ような穴ぼこだー。

ありがとうございます。

危うく燈籠を立ててしまうとこでしたわ。おほほほ。

こんばんは

八尺鏡野・・・じれは難読漢字?だわ(-_-;)

地名や人名が読めなくても恥にはなりません!

と自分に言い聞かせいます(^_^;)

しずか様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

そうなんですよね。
地名と人の名前は読めなくても恥ではないし、失礼にはなりませんよねー。

漢字が簡単でも、読めない場所は多いですね。
ナビに入れるときに、四苦八苦です。

史跡、寺社に特化したナビはないものかしら。
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