皆瀬神社と龍神温泉。神社合祀37社と紀州藩主徳川家の宿

こんにちは。


高野山を後にして。


高野龍神スカイラインを走り南下し、龍神村へ。


つり橋。紀伊半島の真ん中辺り、つり橋が多いです。


どきどきします。


渡れましたともっ。失礼なっ。


ソフトクリームのてっぺんみたいな尻尾の狛犬くん。口が悪い。


皆瀬(かいぜ)神社。


【創祀】
1458(長禄2)年。龍神地域の豪族、龍神正直(龍神氏10代)が勧請。
文明年間(1469—1486)正直の世継に当る龍神正氏(龍神氏11代)により社殿造営。



厳かな春日造りの神殿です。

【祭神】

(主祭神)八幡大明神 

(配祀神)
天児屋根命 品陀和気命 中筒男命 源頼宜公 大棉津見命 宇賀魂神 大己貴命 市杵嶋姫命 大名持神 須佐男命 丹生津比売命 三筒男命 天香々背男命 伊邪那岐命 菅原道眞公 大地主神 不詳2座



ものすごくぎゅうぎゅう。


1906(明治39)年の勅令。神社合祀政策の始まりです。

全国で1914年までに約20万社あった神社のうち、7万社が取り壊され、合祀されます。

特に合祀政策が甚だしかったのは三重県。
県下全神社のおよそ9割が廃されることとなります。

和歌山県も三重県同様、神社合祀が非常に多く進められました。

皆瀬神社の合祀は37社、18祭神に及びます。
(「続きを読む」をクリックください。)



うん。龍神温泉に行くのよー。


龍神温泉は日本三美人の湯のひとつ。

島根県湯の川温泉と、群馬県川中温泉 と、和歌山県龍神温泉。

美人になれるのかなー。


しつれいせんばん。


日高川に沿って少し車を走らせ。


やって来ました、龍神温泉。

龍神温泉は、奈良時代に役行者小角が発見し、後に弘法大師が夢に難陀龍王のお告げを聞いて開いたのが始まりだと伝わります。


温泉街のかわいい祠。


なんだぁ龍王、難陀龍王を祀ります。


難陀龍王とは、八大龍王の筆頭。

八大龍王とは、仏教を守護する八体の龍王(龍神)。

難陀(なんだ)・跋難陀(ばつなんだ)・娑迦羅(しゃから)・和修吉(わしゅきつ)・徳叉伽(とくしゃか)・阿那婆達多(あなばだった)・摩那斯(まなし)・優鉢羅(うはつら)。

日本では祈雨・止雨の神ともされております。


ららら~♪美人になるのよ、ららら~♪



八大龍王といえば。

「時により過ぐれば民の嘆きなり 八大龍王雨やめたまへ」(源実朝「金槐集」)

技巧を凝らすでもなく、真っ直ぐに「豪雨で困る。八大龍王様、雨、やめて」と詠む実朝。好きです。


外湯の龍神温泉元湯。

龍神温泉はかけ流しがウリ。

大阪でかけ流しの温泉に入ろうと思うと、たいへん。
温泉天国の地域の方々が羨ましいわ。ほんとに、もぉー。


湯上がりに冷たいみかーん。


龍神温泉は江戸時代、紀州藩初代藩主・徳川頼宣の保護により発展。


(高野山奥の院 徳川頼宣墓所)

頼宣は、藩主の湯治の為、龍神温泉には藩費で作らせた、藩主専用のお宿「上御殿」と家臣用のお宿「下御殿」があります。



「上御殿」の管理は、龍神家。


今も表札には龍神さんのお名前が。


楽しい主従。

1871(明治4)年の廃藩置県以後は、一般のお宿として開放。
1884(明治17)年の温泉地区の大火で焼失。翌年、再建され現在に至ります。
南紀初の国の登録文化財です。


うはうはー。


食べる。

さて。私のお宿はここではなく。


温泉街から川を渡って


お宿へ。龍神温泉元湯別館、素泊まりのお宿。

※車が通行可能な橋、あります。お宿まで車で行けます。


温泉には橋を渡って。元湯は別館に泊まれば滞在中無料。

何たって朝7時には高野山に着いていたので、ちょいとお疲れ。
ゆっくり温泉に入って、私も美人になるんだー♪


こ、これは・・・うーむ。悩む。

翌朝。


龍神村を訪れた目的の場所へ。

つづく。


いつも応援いただきありがとうございます。龍神温泉の画像は以前のものも使用してます。お宿に着いたら観光バスが。何とツアーの中に日帰り入浴が組み込まれていたようで。びっくり。何しろこの日は朝が早かったのと日焼けでぐったり。いやぁ、ビールがうまかったです♪うはー。ぷはー。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
神社合祀令に基き次の神社が合祀されました。(以下和歌山県神社庁HP様より引用)

八幡神社〈村社 殿垣内 品陀別命 治承年間(1177—1181)龍神大和守和勧請〉

青田神社〈無格社 天児屋根命・中筒男命 正応5(1292)年青田戸野丈ヱ門藤勧請〉

南龍神社(無格社 湯本 源頼宜公)

海神社〈無格社 湯本 大綿津見神 弘仁年間(810—814)空海当地に来りし時、龍陀王の出現せるをもって祀ると言う〉

大国主神社(無格社 大己貴命)
嚴島神社〈無格社 湯本 市杵島姫命 安永7(1778)年勧請〉
若宮神社(無格社 湯本 祭神不詳〉
住吉神社〈無格社 野々垣内 三筒男命 永仁年間(1293—1297)青田源左ヱ門藤勧請〉
八幡神社〈無格社 滝ノ上 品陀別命 長禄2(1458)年龍神刑部大夫源正直勧請〉
稲荷神社〈無格社 湯本 宇賀魂神 寛政12(1800)年勧請〉
稲荷神社(無格社 野々垣内 宇賀魂神)
新谷神社(無格社 小森 祭神不詳)
河内神社〈村社 小又川 天児屋根命 勧請不詳 天文7(1538)年に皆瀬彈正政信再建〉
金刀比羅神社〈無格社 久志 大名持神・須佐男命〉
八幡神社〈無格社 大江 品陀別命 天文7(1538)年に皆瀬彈正政信勧請〉
佐卉神社〈無格社 崎 丹生津比売命・品陀別命 正保2(1645)年勧請〉
大地主神社〈無格社 崎 大地主神 正保2(1645)年勧請〉
田野々神社(無格社 丹生津比売命)
原神社(無格社 三筒男命)
龍神社(無格社 丹生津比売命)
星神社(無格社 上湯又 天香々背男命)
星神社(村社 三ツ又 天香々背男命)
八幡神社(無格社 三ツ又 品陀別命)
廣原神社〈無格社 八幡尾 品陀別命 應永18(1411)年湯川竹松丸勧請〉
丹生神社(無格社 板鶴 丹生津比売命)
八幡神社(無格社 初鹿野 品陀別命)
嚴島神社(無格社 寺野 市杵島姫命)
丹生神社(無格社 寺野崎 丹生津比売命)
丹生神社(無格社 皿田 丹生津比売命)
多賀神社(無格社 栂尾 伊佐那岐命)
天満宮 (無格社 大熊 菅原道眞公)
住吉神社(無格社 小畠 三筒男命)
八幡神社(無格社 仮屋 品陀別命)
神前神社(無格社 四ノ谷 品陀別命)
八阪神社(無格社 久志 須佐男命)
八幡神社(無格社 原ノ谷 品陀別命)
稲荷神社(無格社 久志 宇賀魂命)

以上37社、18祭神。
1924(大正13)年、社殿の大改築。(引用終わり)

この時の大改築では、龍神村のプライドにかけて、高野山宮大工棟梁を招き、大工、石工、屋根職人など21名が技を競い、龍神村特産の檜の銘木を用いて完成させました。
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No title

こんばんは。お邪魔します。
うひゃ~~ つ、吊り橋、、しっかも長そうですね~
這ってしまいそうです。。
かけ流しの湯 いいですね~ しばらく温泉行ってないので憧れてしまいます。美人の湯の効能はいかがでございましたでしょう? お肌ピッカピカーーでしょうか?☆
(確かにあの表示板?はビミョ~でございますね) 

おきまちあき様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

はぁい、吊り橋ですよぉーん。
でも、昔ながらの吊り橋とは違い、ワイヤーで固定されているので、ゆーらゆーらゆらゆらゆら~っとはならないので大丈夫。

怖いよーっと橋の手摺を持ちに行くとはしっこなので、余計に怖いです。

このはしわたるべからず。

なのです。

龍神温泉は、にゅるにゅるの温泉なので、にゅるにゅるの美人になれます。

お塩系ではないので、さっぱり。

穏やかにほこほこするお上品な温泉でした♪うふふ。
顔かたちは変わらなくても、お肌がきれいになると化け具合がうまくいくような気がしますわ。

おほほほほ。

神社合祀

おはようございます。いつもお世話になっています。

「神社合祀」という言葉は聞いたことがありましたが、そんなに激しく行われていたとは知りませんでした。情報ありがとうございます。

地域の氏神様がなくなるわけではないにせよ、地域の人々を結びつけていた信仰の対象が鎮座していた社が消えるということは、その地域の人々にとってショックだったでしょうね。地方の衰退はこのような宗教政策と無関係でないような気がします。

しばやん様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

一番激しかったのは三重県。次いで和歌山県。
神仏分離後に国家神道へと流れを変え、神社合祀へと繋がっています。

社地は無償で払い下げられたため、利権も絡み、かなり悲惨な状況であったとか。
お調べ戴くと、かなり様々な事が出てくると思います。

熊野三山のお膝元でもこの動きは激しく、各王子が消失していきます。
これに反対運動を起こしたのが南方熊楠。

白浜に南方熊楠記念館があります。
粘菌類の研究成果も面白いですが、民俗学資料はもっと興味深いです。
改装工事が予定されているようで、来月末までは開館してます。

頭でわかっていても、熊野を旅しているときの違和感。
やたらと多くの祭神が祀られていたり、古くからの神社のはずがなくなっていたり、一旦よそへ行ったものを再び戻したり。

おっしゃる通り、地域のお社がなくなることで、確執も残り、また、地方の衰退にも繋がっていると思います。

合祀されたものを再び地元へ戻したお社は、必ず境内は掃き清められ、大切にされているものです。

熊野地域のお社散策の隠れたポイントなのです。
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つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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