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金剛三昧院。頼朝・実朝・政子に縁の「三宗兼学道場」

こんにちは。


こうやくんがお出迎えちてくれるのは


金剛三昧院。



1211年/建暦元年。
源頼朝の菩提を弔うために、北条政子の発願により創建。
当初は「禅定院」と称す。
落慶法会には、栄西(臨済宗)を請じ入れ、開山第一世とする。

1219年/承久元年。
三代将軍実朝の遺骨を納め、禅定院を金剛三昧院と改称。
初代住持は退耕行勇(たいこうぎょうゆう)。
以後将軍家の菩提寺として信仰される。

1223年/貞応2年。
北条政子が禅定如実として入道。戒師は退耕行勇。
頼朝と実朝の菩提を弔うため、大日堂・観音堂・東西二基の多宝塔・護摩堂二宇・経蔵・僧堂など、一大伽藍を造営。
建立奉行は葛山景倫(願性)と安達景盛。

(以上『金剛三昧院HP』より抜粋・引用)


どこだー。


本尊は愛染明王。

この愛染明王像は、源頼朝公の等身大の念持仏で、仏師・運慶の作であると伝えられています。



「愛染明王の御誓願の中には、良縁や安産、子孫繁栄といった、女性の願いごとを叶えてくれるものが多く、当院を造った北条政子の、自分の子孫の安泰を願う気持ちが込められています。」(『金剛三昧院HP』より引用)


本尊の脇には源頼朝・北条政子、足利尊氏並びに弟の直義の位牌が安置されているとか。

「北条家・足利家と言った幕府を開いた方々や、戦国大名である土佐の長宗我部家・香宗我部家、伊予の河野家、信州の諏訪家、遠州の小笠原家といった、篤い寄進を下さった方々のお位牌も供養いたしております。」(『金剛三昧院HP』より引用)

位牌堂の本尊は阿弥陀如来。
「2万基とも3万基とも言われる数のお位牌をお預かりし、毎日お祈りしております」(『金剛三昧院HP』)


2万と3万ではかなり違うじょ?っと思いつつ。ふふ。



そうかぁ。政子は頼朝と実朝の菩提は弔ったのね。あれ?


頼家は?


1238年/嘉禎4年。政子の十三回忌にあたり、足利義氏が大仏殿を建立(現存せず)。
丈六の大日如来像を奉安し、政子と実朝の遺骨を納めました。



頼家は?貞暁は?



ところで初代住持の退耕行勇。

初め密教を学び、そして鎌倉鶴岡八幡宮の供僧となり、鎌倉永福寺・大慈寺の別当を務めた人物で、栄西の高弟。

源頼朝・北条政子夫妻の帰依を受けます。

また、後に北条泰時により鎌倉東勝寺や常楽寺を開山、また足利氏により浄妙寺を開山。



栄西、臨済宗、とは、禅宗ですね。

金剛三昧院は当初は金剛峯寺とは別個の「禅宗寺院」として創建されています。

1227年/安貞元年。建立奉行の一人、願性(俗名葛山景倫)は、興国寺(和歌山県由良町)を創建。
臨済宗妙心寺派であるこの寺に、禅宗の機能を移しました。

それ以降、金剛三昧院は高野山真言宗の寺院として続いていると、金剛三昧院HPでは伝えています。

が。



1234年/天福2年。改めて初代長老に退耕行勇が着任。
以後十二代住職である實融上人までは、禅宗系の住持が長老を務めました。

さらにこの實融上人以後は律宗も兼学するようになり、「密教・禅・律の三宗兼学の道場」となり、さらに後に浄土宗まで追加。


「一山において特殊とも言える教学を宣揚しました」(『金剛三昧院HP』より)

お、おおお。


1223年建立の経蔵。
内部に「高野版」という経本の版木を約500枚保存。

1281年/弘安4年。北条時宗は秋田城介安達泰盛を奉行に任じ、院内に勧学院・勧修院の二院を造営。

僧侶の学道研鑽の道場とします。

「高野版の摺本」を用いた南山教学の中心地として栄え、現在も「勧学会」は連綿と伝持されているとか。
※勧学院は1318年に後宇多法皇の院宣により伽藍蓮池の東隣に移建。

すごいなー。


さあ、君も「密教・禅・律の三宗兼学の道場」で浄土宗まで追加して、学んでみないか。

そんな感じ。


あっぷっぷぅ~♪してる場合じゃない。

次回、多宝塔。



金剛三昧院
《住所》和歌山県伊都郡高野山425番地

参考文献
『高野山』(製作協力/総本山金剛峯寺・(財)高野山文化財保存会、発行/株式会社高野山出版社)

金剛三昧院HP
http://www.kongosanmaiin.or.jp/


いつも応援いただきありがとうございます。頼朝の念持仏、政子と実朝の遺骨が納められた金剛三昧院。鎌倉幕府の重臣・安達氏は景盛と泰盛が建立奉行を務めているのも面白いです。初代住持の退耕行勇が落飾の戒師を務めたのは北条政子・坊門信子(実朝正室)・伊賀の方(北条義時継室)達。美容師さん?とか、突っ込んじゃだめ。
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No title

>頼家は?貞暁は?

しぃ~~~聞いちゃダメでちゅ・・( ̄ko ̄)

>「密教・禅・律の三宗兼学の道場」で浄土宗まで追加

Σ(´Д`;) 無理!!
英語とフランス語とロシア語とドイツ語を一遍に勉強するようなもんかと・・・(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル

落飾・・・昔は剃刀というより小刀で剃ったんじゃなかろうかと・・・
下手な人にあたると大変そうだ^^;

ぽちぽちぽちーーー☆

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

>しぃ~~~聞いちゃダメでちゅ・・( ̄ko ̄)

でも、ちび狛は気になるでちゅ。

貞暁のお寺は、一心谷の方にありまして。
後に赤い人とかタヌキ一家とか、が、ご縁を結ぶ場所です。

貞暁にしてみれば、鎌倉の人が来るだけで恐怖だったろうと思います。
頼家兄ちゃんは、ほんとにもう。ううう。

道場ですが、世間から隔離した山のなかでぐるぐると考えるだけだったので、ややっこしい事になったんじゃなかろうかと。

高野山の明治は、神仏分離からの廃仏云々と度重なる火災でお寺の数が減るのはもちろん、女人禁制が解かれた方がパンチ力があったようです。

僧侶が妻帯することで、老僧は庵で隠居、次はふさわしい人物を、としていたものが、子供かわいさから世襲になった弊害もあると。

小刀で剃っていたでしょうねー。こわー。
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