立花宗茂帰依の高野山大円院に滝口入道と横笛の悲恋物語。

こんにちは。

高野山の宿坊寺院に、大圓院(大円院)、があります。

もとは多聞院と称し、開創は聖宝理源大師(延喜年間901~923)。

豊前豊後の守護職大友能直が帰依し、師檀の契りを結びます。
その孫・立花道雪(宗茂の義父)も傾信が深く、宗茂も天正年間に高野山に来た折りにここを訪ね、宣雄阿闍梨と意気投合し、帰依。

1592(文禄元)年。
義父の道雪・実父の紹運の霊牌と宝塔を建立して、多聞院と師檀の契りを結びます。



宗茂は、関ヶ原において西軍の武将として大津攻めでいけいけどんどん、西軍の敗北を知り急遽戻った柳川で鍋島相手に手加減なく戦い、加藤清正の説得に応じ開城。

数年の浪人貧乏時代を経て、御書院番頭等に誠意を込めてお仕えし、幾星霜を経て旧領の柳川に復活。


そんな宗茂が帰依した多聞院は。


大檀主立花宗茂の法号「大圓院殿松隠宗茂大居士」から大圓院という寺名に改めました。


「柳川城主前飛弾太守従四位源宗茂公」
「奉為大圓院殿松隠宗茂大居士成三菩提也」
「嗣子左近将監従四位下源忠茂朝臣 建立」(忠茂は宗茂の養子・二代目柳川藩主)


さて。この大圓院。

第8世住職に、阿浄、という僧がいます。或は、滝口入道。


元の名は斎藤時頼。

平重盛の侍であった彼は、清盛の西八条殿での花見の宴で建礼門院の女官の横笛の舞姿を見初め、恋文を送るように。


しかし、父・三条斎藤左衛門茂頼が「将来は平家一門に入る名門のお前が、横笛ごときとお付き合いするのは、だめー」と、反対。


主の平重盛の信頼に背いて恋に溺れそうだわっと、これを機に嵯峨の往生院で出家。


極端な人である。

一方、梯子をいきなり外されたかのような、横笛ちゃん。

我をこそ捨てめ様をさへ変へけん事の恨めしさよ。
たとひ世をば背くとも、などかはかくと知らせざるべき。
人こそ心強くとも尋ねて恨みん、と思ひつつある暮れ方に都を出で嵯峨の方へぞ憧れける。



頑張って時頼を追いかけ、とうとう嵯峨の往生院まで辿り着きます。

しかし、時頼は

全くこれにはさる事なし。もし門違へにてやら候ふらん。とてつひに逢はでぞ返しける。
横笛情なう恨めしけれども力及ばず涙を押さへて帰りけり。



同宿の僧に「全くここにはそのような人はいません」と言わせたので、横笛は泣く泣く帰りました。


また横笛が訪ねてきたら、きっと心が動いてしまうから、と、滝口入道(時頼)は嵯峨を出て、高野山へ移ります。

横笛も髪を下ろしたと伝え聞いた滝口入道。二人は和歌を交わします。

滝口入道
そるまでは恨みしかどもあづさ弓 まことの道に入るぞうれしき

横笛
そるとても何かうらみんあづさ弓 引とどむべきこころならねば


その後、横笛は横笛はまもなく法華寺で亡くなりました。

滝口入道は、これを聞き、ますます修行に励みます。



父の斎藤左衛門茂頼は息子の不孝を許し、親しい者達も入信。

やがて滝口入道は「高野聖」と呼ばれるほどの人物になりました。


おや。滝口入道のもとへ誰かが訪ねてきました。

どちら様でしょう?


つづく。


参考文献
新日本古典文学大系『平家物語 』(梶原正昭・山下宏明 校注 岩波書店)
※平家物語巻十『横笛』

いつも応援いただきありがとうございます。ロミオとジュリエット風の滝口入道と横笛の悲恋物語。立花宗茂が帰依したことと、この滝口入道にゆかりのお寺として大円院は有名です。さて、『平家物語』の滝口入道は、この訪ねて来た人物の最期を見届けることになります。
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ


ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

No title

ふむふむ、それからどうなるの???

滝口入道と横笛の名前は知っていたけど、詳しい事情は知らないんですよね。
梯子を外された横笛さん、確かに可哀想。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

滝口入道と横笛、まだ何にもしてなかった(あらやだ、私ったら)ようなんですよねぇ。

何でしょうか。この一方的な放り出しっぷりは。
滝口入道、自己満足の塊のような感じがしますわ。

横笛、可哀想ですよね。

何なの、ちょっと、時頼!自分勝手に出家なんかしてんじゃないわよー!おらー!っと、殴り込みに行ったのだわっと、思いたいです。

お別れは、直接会って言いましょう、です。ぶーぶー。

No title

つねまるさん、こんばんわー

宗茂クンと聞いただけで、「おぉー、好青年」と声をかけたくなります♪

恋文とはロマンチックな話ですね。
「成就しないなら出家します・・・」
まるでメルヘンの世界です!

現在に生きる私たちは、大事なものを失ったのでしょうねぇ。

[立花の殿]スッ≡( ̄ー『+』ゝハッケン

ごめんなさい、ごめんなさい、先にコッチ来ちゃった(><;)

>柳川で鍋島相手に手加減なく戦い

,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブフォッ!
どうも鍋島では、この戦いが色々な事情で黒歴史扱いみたいです。
佐賀藩では繰り返し戦功書を提出させて戦没者慰霊に努めているんですが、島原の乱や沖田畷の戦いの戦功書で柳川の戦いは出させてないみたいなんです。
勝ち負け云々以前に、鍋島VS立花、どちらも江戸期は幕藩体制に組み込まれた御近所さんなので、やはり遠慮があったのかと^^;

にしても時頼さん、出家するなんて極端ですね~
捨てるなら「家」だけにして、レディ横笛と駆け落ちって発想はなかったのかしらん^^;

読みながら、紀州道成寺的な話の流れかとドキドキしてしまった^^;

やはりこれにも子狛ちゃまの画像効果が発動され・・・(._+ )☆\(-.-メ)アホ

話の最後が気になるぅうう~~~~~~
どうしよう~過去記事飛ばしてるのに、ここの続きが気になるよぉ~~
ポチポチポチーーー★☆

piglet01様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

はーい♪突っ込みどころの少ない困った好青年、むねたんです♪

滝口入道と横笛のお話は、ちょっと極端な気がしてますが、まぁ、平家もアレだし、結果としては出家で正解かも。

固定電話しかない頃はドキドキしましたよねぇ。家族が出たら恥ずかしいわって。携帯になって、メールになって、楽になった分、ちょっと残念なとこもあり。

おほほ。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

おおう、鍋島側ではそうですか。

江上・八院合戦での宗茂側は重臣を何人も失ってるというのに。
まぁ、ねぇ。宗茂の名前は水戸黄門の印籠クラスだものー(≧∇≦)

・・・ごめんなさい。と言いつつ、私の資料は柳川古文書館に勤めてた人の著書の吉川弘文館の「立花宗茂」なので一次資料は見てません。

久々に立花宗茂本を読みまして、頭が柳川。
どうも鍋島さんちが憎たらしくて。こほんこほん。

大円院も、むねたんを調べてて。
滝口入道恋愛話は、へー、ぐらいでしたので、フィードバックです。

多分、滝口入道も、ふと冷静になったんじゃないかと。
お寺まで来るなんて、ストーカーぽくない?ね、ね、と思ったかも。

また、伝説では、鶯になって飛来したとか、帰りに血文字で和歌を書いていったとか、ありまして。ちょっと道成寺。

子狛ちゃん、働き者です。この子を挟むと実に書きやすいです。へへへ。

いつも楽しみにしていただいてとても嬉しいです。

No title

こんばんは~♪
暑中お見舞い申し上げます。
猛暑になっても神社めぐりですか??
熱中症対策をしっかりやって狛犬さんと仲良くしてきてくださいね~

まり姫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。お返事が遅れて失礼しました。

猛暑。今年はまだ、関西は例年に比べて楽なんです。
昨年の今頃は、連日37度になっていたのに、今年はまだ34度。
台風の影響か、風が強かったので楽に過ごしてます。

汗が出なくなったらヤバイので、ぼちぼち行きますねー。
コンデジを防水にしてよかったなーっと思うほどの汗ですから、まだ行ける。ふふふ。

そちらは涼しいんでしょうねぇ。朝晩が涼しくならないのが、ちょっと辛いです。
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

◎画像の著作権は放棄しておりません。
◎画像と記事の無断使用厳禁!!
◎丸パクリには断固抗議する!!

◎リンク戴く際はご一報下さい。御礼させて戴きたく。
◎一言でもコメント戴ければすごーく嬉しいです。

尚、メールでのお返事は致しませんので、コメント欄をご利用ください。

宜しくお願いいたします。

参加してます♪
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
最新記事
カテゴリ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイブ
リンク
最新コメント
最新トラックバック
ブログ村さんに参加中
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ご来場御礼