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《書写山》松平直基廟所…誰か直してあげてっ

松平直基(なおもと)。

徳川家康二男の結城秀康の五男。つまり家康の孫。

1648年に、西国探題職として姫路藩主に赴任するよう命じられます。
おうちは、出羽国山形城。

どえらい、遠い…(T_T)

はるばる山形から姫路に向かう途中、江戸で発病し姫路に入らないまま、逝去。相模国最乗寺に葬られました。

後に、直基の子の直矩が姫路藩主となってから1670年に相模から分骨して墓所を作りました。



















静かなところに、ぽつん…と、あるのです。

同じ松平さんちでも、寂しい人…(T_T)

あー、でも、墓所ならこれが正解なのかしら。
忠勝君ちは、忠政が書写山の恩人だから一等地なのかしら。


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つねまるさん、こんにちは♪はじめまして(*^^*)
先日は温かいコメントをありがとうございました♪

つねまるさんのレポは専門家の様で、それでいて簡潔で、
小ネタ?も絶妙で、とても楽しく拝見させて頂いてます(*^^*)

遡ってのコメントですみません!
松平直基さんのお父さん、結城秀康さんは確か、関ヶ原の後で
黒田如水に惚れ込んだ人だと播磨灘物語で読んだ記憶があります。

黒田如水と家康さんはお腹の中では火花を散らしてたみたいですし
結城秀康さんは、父・家康公と確執があったとも・・・。
松平直基さんの墓所を拝見して、だからかなぁ?と思ったり。
少し気の毒ですね。

結城秀康さんには以前から興味があったんです。
でも、九州に縁の史跡は無いですし。 
貴重なレポ、ありがとうございました(*^^*)

まーりたん様

こんにちは。わざわざのお越し、ありがとうございます。

まーりたん様の温かいお人柄が溢れたコメントまでいただき、恐縮です。
お返事です。


〉松平直基さんのお父さん、結城秀康さんは確か、関ヶ原の後で
黒田如水に惚れ込んだ人だと播磨灘物語で読んだ記憶があります。

〉黒田如水と家康さんはお腹の中では火花を散らしてたみたいですし
結城秀康さんは、父・家康公と確執があったとも・・・。
〉松平直基さんの墓所を拝見して、だからかなぁ?と思ったり。
〉少し気の毒ですね。


秀康君は、常に誰かに片思いして、でも報われず…なイメージがあります。せめて家康ぐらいは、労ってやれよぉ、パパだろぉ…(T_T)と。

秀吉の育てた人質メンズのその後も、各々追いかけてみたいです。
パパ同士の関係がどんな風に影響したのかなぁ。

松平直基墓所、ブルーシート養生されてて、正直凹みまして。
本多家廟所との落差が激しくて。
なんやねん、寺を直したから本多さん第一かい!?っと拗ねたり。

そうか、確執かもしれないのですね。ありがとうございます!


〉結城秀康さんには以前から興味があったんです。
〉でも、九州に縁の史跡は無いですし。 
〉貴重なレポ、ありがとうございました(*^^*)


私は九州が羨ましくて。おまけにまーりたん様レポが素敵過ぎて、うっかりフェリーに乗りそうです。

今後ともよろしくお願いいたします(^-^)/
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つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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