さらば愛しき者達。『平家物語』維盛都落。実盛との縁。

富士川の戦いや

倶利伽羅峠の戦い等一連の合戦で

平家軍の大半を失った、総大将・維盛。

木曽義仲達が入洛する前に、西国へと向かうことに。

「平家都落」です。

平忠度は都落にあたり、歌の師匠・藤原俊成に和歌を託しました。

維盛は、
「我は日比申ししやうに、一門に具せられて西国の方へ落ち行くなり。 何処までも具足し奉るべけれども、道にも敵待つなれば、心安く通らん事有難し 」
「常々言っていたように、一門と共に西国の方へ落ちて行くのだ。
皆をどこまでも連れて行きたいが、途中にも敵が待ち構えているだろうから、簡単には通り抜けられないだろう」
と、平家一門の中で唯一人、妻子を都へ残します。
維盛が別れを告げるのは。
「桃顔露に綻び紅粉眼に媚を成し柳髪風に乱るる粧また人あるべしとも見え給はず」というほどの美人(らしい)妻と、

10歳の息子「六代」と、8歳の姫君。
維盛は妻に語ります。
「たとひ我討たれたりと聞き給ふとも、様など替へ給ふ事は、努々あるべからず。
その故はいかならん人にも見もし見えて、あの幼き者共をも育み給へ 。情をかくる人もなどか無かるべき。」
「たとえ僕が討たれたと聞いても、出家などは決してしないでね。
貴女はどのような人でもいいから連れ添って、あの幼い子達を育ててほしいの。
貴女に情をかけてくれる人はきっといるはずだから。お願い。」
この維盛のお願いに、うだうだぐずぐずする妻。(ざっくり省略。)
「今日はかく物憂き有様共にて軍の陣へ赴けば、具足し奉つて、行方も知らぬ旅の空にて憂き目を見せ参らせんも、我が身ながらうたてかるべし。その上今度は用意も候はず。
何処の浦にも心安う落着きたらば、それより迎へに人をも参らせめ」とて思ひ切つてぞ立たれける。
「行方も知らぬ旅の空で辛い目を見させるのは情けない。
何処かの浦で安心して落ち着く場所が見つかったら、迎えをよこすからね」と言い残し、思い切りをつけて、具足を身に付け、馬に乗ろうとすると

二人の子達が維盛の鎧の袖や草摺に取り付き、「これはされば何方へとて渡らせ給ひ候ふやらん」「我も参らん」「我も行かん」と慕い泣く。
「憂き世の絆と覚えて三位中将いとどせん方なげにぞ見えられける」。
そこへ、新三位中将資盛、左中将清経、左少将有盛、丹後侍従忠房、備中守師盛、弟五人が、安徳天皇の行幸から遅れているぞー!っと、兄・維盛をお迎えに。
一旦馬に乗って出たものの引き返した維盛は、弓の弭で御簾を掻き上げて、

「これ御覧候へ。幼き者共があまりに慕ひ候ふをとかく拵へ置かんと仕るほどに、存知の外の遅参候ふ」と言い、はらはらと泣き。
弟五人、もらい泣き。
そんな中。
維盛の年来の侍、斎藤五宗貞と斎藤六宗光という、兄は十九歳、弟は十七歳になる兄弟が、維盛の馬の左右に取りついて「何処までも御供仕り候はん」と言い張ります。
斉藤さんちの五宗貞、六宗光という兄弟。誰?
そうです。斉藤さんといえば。

富士川の戦い、北陸方面での戦い(倶利伽羅峠の戦い等)で総大将・維盛に従い、坂東武者の強さを教え、

白髪を染め

錦の直垂を身に付けて戦い

討死した斉藤実盛。
この実盛の息子達なのです。
斎藤五宗貞と斎藤六宗光兄弟に対し、維盛は言葉をかけます。
「己等が父長井斎藤別当実盛が北国へ下りし時『供せう』と云ひしを『存ずる旨があるぞ』とて汝等を留め置き、つひに北国にて討死したりしは、古い者にてかかるべかりける事を予て悟つたりけるにこそ。」
「お前達の父・長井斎藤別当実盛が北国へ下ったとき、お前達が『供をする』と言うのを『思うところがある』と言って留め置き、ついに北国で討ち死にしたのは、実盛が豊かな経験からこうなることをあらかじめ悟っていたからだ。」と。

「『あの六代を留めて行くに心安う扶持すべき者の無きぞ。ただ理を枉げて留まれかし。』
と宣へば、二人の者共力及ばず涙を押さへて留まりぬ。」
「息子の六代を都に残して行くにも、安心して託すことが出来る者がいない。どうかこの無理をわかって留まってくれ。」と維盛が後を託す言葉を伝えると、二人は涙をこらえて留まりました。

妻は天涯孤独の身、維盛自身も有力な後ろ楯がない。
子供達、特に嫡子の六代の行く末を思う維盛の心中は、それこそ「察するに余りある」かと。
「若君姫君女房達は、御簾の外まで転び出で、人の聞くをも憚らず声をばかりに喚き叫び給ひける。
その声々耳の底に留まりて、されば西海の立つ波吹く風の音までも聞くやうにこそ思はれけれ。」
若君、姫君、女房達は声を限りに泣き叫びました。
この声々は維盛の耳の底に染みついて、西海の立つ波、吹く風の音までも、維盛にはこの泣き声のように思われたのでした。

維盛、大丈夫か?
参考文献
新日本古典文学大系『平家物語 』(梶原正昭・山下宏明 校注 岩波書店)
いつも応援いただきありがとうございます。維盛めそめそ編の初回は、妻子を前に少し大人のふりする維盛くんでした。一旦馬に乗って出たものの引き返した維盛が「弓の弭で御簾を掻き上げ」る所作に、何とも言えぬ色気を感じた高校生の私。友人に引かれようともめげたりしませんでしたわ。むふんっ。



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