倶利伽羅峠の戦い前夜。覚明の願書と瑞兆。能「木曽」

こんにちは。

養和の飢饉の影響が薄れてきた1183/寿永2年。

「源頼朝、同信義、東国北陸を虜掠し、前内大臣に仰せ追討せしむべし」(『玉葉』)と、追討の宣旨もゲット。


4月17日。平維盛を総大将として北陸に出陣。



大将軍は、平維盛、平通盛。
副将軍は、平忠度、平経正、平清房、平知度。

総勢十万余騎。

4月26日。越前国に入ります。

般若野で木曾義仲軍の先遣隊・今井兼平軍の奇襲を受けた平盛俊、退却。

ここで、平家軍は、10万騎の大軍を二手に分けます。

能登国志雄山に平通盛、平知度の3万余騎。
加賀国と越中国の国境の砺波山に平維盛、平行盛、平忠度らの7万余騎。

いよいよ倶利伽羅峠の戦い。


【能「木曽」~倶利伽羅峠の戦い前夜~】

能「木曽」は、平家物語の詞章を用いて、倶利伽羅峠の戦い直前の木曽義仲主従を描いています。

無論、主役は木曽義仲~♪

と思わせておいて、シテは義仲の右筆の覚明。



謡自体は比較的初心者向きなのですが、「願書」の部分が「重習(おもならい)奥伝」。

「木曽」の願書、「安宅」の勧進帳、「正尊」の起請文は「三読物」として特に大切に扱われる習い物。

先生のお許しがないと謡うことが出来ません。


シテ/覚明
ツレ/木曽義仲・義仲の臣下達・池田次郎



おっさんばっかりです義仲、覚明、その他義仲の家臣。

幽霊や妖怪ではなく現在生きている人間なので、面(おもて)は、なし。
直面(ひためん)です。


シテ、ツレ、立衆
「八百万。神も引きます鹿兒(かご)の名の。
弓矢の道こそ久しけれ。」

義仲
「そもそもこれは 木曽義仲とは我が事なり。」

シテ、ツレ、立衆
「さても平家は越前の。燧が城(ひうちがじょう)を攻め落し。
都合その勢十万余騎。この砺波山(となみやま)まで押し寄する。」


越前の燧が城(ひうちがじょう)を落とした十万余騎の平家軍。
富山県と石川県の県境、砺波山(となみやま)まで進軍。
倶利伽羅峠は砺波山にあります。


義仲
「味方は僅か(わずか)五万余騎。計略を以て(もって)防がんとて。」

シテ、ツレ、立衆
「白旗数多(あまた)調へつつ。
黒坂(くろさか)の上に押し立てて。
敵の心を疑はしめ。山中に屯(たむろ)させ。


平家軍の半数である木曽義仲軍。
砺波山山中の黒坂の上に源氏の白旗を立て、平家軍を山中に足止めします。


木曽義仲、考えました。




夜に入り追手搦手より。
一度にかかり倶利伽羅が。谷へ敵をおとさんと。
用意を為して義仲は。用意を為して義仲は。
勢を七手に別ちつつ。
その身は事に精兵(せいびょお)。一万余騎を引き従へ。
埴生(はにう)に陣をぞ。取りにける埴生に陣をぞ取りにける。」


義仲は埴生(はにう・砺波山東麓)に陣を敷きます。
手勢を七手に分け、自身が率いるのは精鋭一万余騎。
夜になったら分散させた手勢で方々から一気に平家軍を攻め、倶利伽羅峠の谷へ落とす計画。




池田
「いかに申し上げ候。御諚(ごじょう)の如く黒坂の上に。
多くの白旗(しらはた)を立てて候へば。

平家の勢これを見て。
あはや源氏大勢向うたるは。取り籠められては叶ふまじ。
此處(ここ)は便宜の所なりと。
砺波山(となみやま)の山中。猿が馬場と申す処に陣を取つて候。」



平家軍は白旗を見て警戒。


倶利伽羅峠の西、猿が馬場に陣営を張ります。

矢合(開戦時、双方から鏑矢を射交わすこと)は明日。
昼間はのらりくらりと応戦し、夜に一気に攻めると決めた義仲。


木曽
「これより北に當つて(あたって)夏山の繁のうちに。
朱(あけ)の玉垣ほの見えて片削造(かたそぎづくり)の社あり。
あれをば何處(いづく)と申すぞ。
いかなる神を崇め奉りたるぞ。」

池田
「さん候あれこそ埴生(はにう)の八幡宮にて渡らせ給ひ候。
この所もその御領の地にて候。」

木曽
「義仲何となう陣取りしに。八幡の御地なるこそ吉兆なれ。」



ふと、北側の繁みに見える朱塗りのお社が気になります。



お社は、埴生八幡宮。八幡宮は源氏の氏神。戦勝を示す吉兆だー!


木曽「いかに覚明。」

シテ「御前に候。」

木曽
「且(かつ)は後代の為。一つは當時の祈祷のため。
願書を参らせうと思ふはいかに。」
シテ
「御諚(ごじょう)の如く。御願書を御奉納あつて然るべう候。」
木曽
「さあらば願書を聞き候へ。」
シテ
「かしこまつて候。覚明仰せを承り。」


「箙の中(うち)よりも。箙の中よりも。
小硯料紙取り出(いだ)し。墨すり筆を和しけるが。
思ひ案ずる気色もなく。古書を写すが如くにて。
やがて願書を書き終え御前に於いて読み上ぐる。」


義仲は、末代迄の名誉と戦勝の祈祷の為、願書(祈願文)を奉納することに。
右筆の覚明に書くよう命じます。



出家して「最乗坊信救」と名乗り興福寺へ通っていた頃。
「清盛入道は平氏の糟糠、武家の塵芥」と記し、清盛激怒。
奈良にいられなくなり、北国へ。

義仲の右筆「大夫坊覚明」と言われるようになった人物。



ここから、この曲の主題。「願書」の読み上げです。


シテ(願書)
「南無帰命頂礼(なむきょうちょうらい)八幡大菩薩は。
日域朝廷(じちいきちょうてい)の本主。
累世明君(るいせいめいくん)の曩祖(のうそ)たり。
宝祚を守らんがため。蒼生(そうせい)を。利せんがために。
三身の。金容を顕(あらわ)して。
三所の権扉(けんぴ)を。押し開きたまへり。」


帰命頂礼。八幡大菩薩は日本朝廷の主君、天皇家累代の先祖である。
皇位を守るため、民の幸福を守るため、仮の姿を顕し、三所(八幡宮の祭神、応神天皇・神功皇后・玉依姫)の扉を開き現れた。


シテ(願書)
「ここに頻(しきり)の年よりこの方。平相国と。いふ者あつて。
四海を掌(たなごころ)にし。
萬民を悩乱せしむこれ。佛法の仇(あた)。
王法(おうぼう)の敵(てき)なり抑も(そもそも)。

曽祖父前の陸奥の守。名を宗廟の。氏族に帰附す。
義仲いやしくも。その後胤として。
この大功を起す事。喩えば嬰児のレイを以て巨海を測り。
蟷螂(とうろう)が斧を取つて。龍車に向ふ如くなり。

然れども君の為(ため)国の為にこれを起すのみなり。
伏して願はくは。神明納受垂れ給ひ。
勝つ事を究めつつ。仇を四方に退け給へ。
寿永二年五月日(ごがつひ)と。高らかに読み上げたり。」


「平相国清盛という仏法、王法の敵がいる。

私の曾祖父は陸奥守鎮守府将軍の源義家(=八幡太郎義家)。
義家が八幡大菩薩の氏子となって以来、その一門は皆八幡宮に帰依した。義仲はその後胤である。

義仲が平家討伐を為そうというのは、とても無理な事かもしれない。
しかし、これは君の為、国の為に起こすこと。私心はない。

どうか願いを御納受あって、勝利を決定し、平家を退けて下さい。
寿永二年五月日。」と高らかに読み上げました。


よく頑張りました。酸欠になりそうな願書の読み上げなのです。



「木曽殿を始めとして。その座にありし兵ども。
真に文武の達者かなと。みな覚明を褒めにけり。」

木曽
「義仲上差(うわざし)抜き出(いだ)し。」


「これを願書に取り添へて。内陣に納めよと。覚明に賜はれば。
覚明これを捧げ持ち御前を立ちてゆゆしくも。
八幡(やわた)の宮に参りけり八幡の宮に参りけり。」


義仲は上差(箙の表に差し添える鏑矢)を願書に添え、内陣へ納めさせます。




シテ
「いかに申し上げ候。御願書並(ならび)に御上差の鏑(かぶら)。
八幡の宮に奉納仕りて候。
又この庄の民。戦の御門出を祝し。酒肴を奉りて候。」

木曽
「かかるめでたき事こそなけれ。
この度の軍に勝たんずる事必定なり。さらば軍の門出を祝ふべし。
覚明 酌に立ち候へ。」

シテ
「畏つて候。八幡の宮の神風(かみかぜ)に。」

地 「敵は木の葉と。散りぬべし。」
義仲「いかに覚明。一さし舞ひ候へ。」
シテ「畏つて候。」
地 「敵は木の葉と。散りぬべし。」


・・・門出を祝す直会(なおらい)、ということで。

「八幡宮の神風(神威)に比べ、平家なんて木っ葉だわ♪」っと、覚明が舞います(男舞)。





「酒宴もすでになかばなりしに。酒宴もすでになかばなりしに。
不思議や八幡の方よりも。山鳩翼をならべつつ。
味方の旗手に飛び翔(かけ)り。
納受のしるしを顕しければ。
木曽殿を始め。軍兵ども。皆一同に伏し拝み。
いよいよ加護をぞ願ひける。」


酒宴の最中。

八幡宮から鳩が飛来し、源氏の白旗の上を飛び翔ります。


鳩は八幡宮の神使。

義仲一同は八幡宮の神々が願書を納受した瑞兆だと伏し拝み、一層の神の加護を願いました。


ひゃっほーい♪



「さてこそ平家の大勢を。倶利伽羅が谷に追ひ落し。
ただ一戦に。勝利を得しも。真に八幡の。神力なり。」


こうして木曽義仲は、十万余騎の平家の大軍を倶利伽羅峠の谷へ追い落とし、勝利。

これもひとえに八幡宮の神力である。

・・・おしまい。



参考文献
観世流大成版『木曽』(訂正著作/24世観世左近、檜書店発行)


いつも応援いただきありがとうございます。能「木曽」は、「平家物語」の詞章そのままのような内容。倶利伽羅峠の戦い前の木曽義仲の心情や合戦の下準備が、淡々と語られます。主題が願書の読み上げなので、能舞台よりも、素謡会でよく目にする曲。「平家物語」の「願書」は漢字の羅列で気絶しそうです。
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No title

こんにちは、kotodayoriです。

いつもお世話になっています。
古典と、能と、歴史の話、興味深いですね。義仲の知られざる一面がわかり、源平の時代をますます調べたくなりました。

いつも、知識と文章に感心しています。

また、よろしくお願いいたします。

義仲キタ━━━( ´∀`)・ω・) ゚Д゚)・∀・) ̄ー ̄)´_ゝ`)-_-)=゚ω゚)ノヨォ━━━!!!!

わしの大好きな義仲くんっ。
バカでかわいい(酷

小矢部のゆるキャラ・メルギューはかわいいんだけど八つ墓村チックでちょっと怖いです…。

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kotodayori様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

こそばゆいほどのお言葉、ありがとうございます。
お恥ずかしい。

ご存じの通り、能は『平家物語』を題材にした曲が非常に多く、様々な人物が登場しており興味が尽きません。

熊野の話が放置されておりますが、戻る日はいつ来るのかしら?っと思いつつ、次もまた平家物語のお話に。

京都の源平ゆかりの神社仏閣も訪問したいなぁと思っております。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

さかした様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

う、うおぉぉ。そうか、そんなにお好きでしたかっヽ( ̄▽ ̄)ノ

メルギューくん、そうそうそう!

ぽやーんっと現地を検索してて、ぶっ飛んだんですわ。
なにこれ。死ぬ。いやぁん(≧∇≦)キャー

メルモモちゃんまでいますしー。おばちゃん、たまりません。

確かに、八つ墓村チック、かもしれませんね。でも、かわいい。

次記事は、メルギューくんが活躍してます。むふふ。

内緒様

ううう。お大事に・・・(T_T)
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Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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