スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

花山法皇の出家と那智の滝千日籠

こんにちは。


熊野那智大社【第4回】


往時の熊野信仰を物語る仏教説話集『三宝絵詞・三巻』。

この『三宝絵詞』の成立年である984(永観2)年に即位したのが、花山天皇。


【花山法皇と熊野】

花山天皇(968~1008)は、冷泉天皇の第一子。984年、17歳で即位。


《花山天皇の出家~『大鏡』の世界~》

時代背景は、藤原氏の摂関政治の時代。


藤原道長の頃に絶頂期を迎えます。

道長の父は兼家(当時は右大臣)。

兼家が摂政になるには、自分の娘・詮子(せんし)が生んだ懐仁親王が天皇即位する必要があり、その為に花山天皇を退位させようと計画。

当時の花山天皇は最愛の妃の死を嘆き、出家を考える状態。
天皇が出家するには、退位して上皇にならねばなりません。


息子の藤原道兼が「共に出家しましょ!」っと、花山天皇を夜中に京都東山の元慶寺(花山寺)へ誘い出します。

まず、花山天皇が剃髪。


ところが道兼、脱走。

花山天皇の出家の翌日。

わずか7歳の懐仁親王が即位し、一条天皇が誕生。

兼家は摂政に就任。

986年、花山法皇、19歳の時の出来事でした。


《花山法皇と「箸折峠」》

はーとぶれいくな花山法皇。


「そうだ、熊野へ行こう。」(画像:大阪市「八軒家跡」側の表示)

道中のランチタイムにて。



お箸を忘れた家臣が、代わりに茅を折って差し出すと、その茅の茎から、血のようなものが滴りました。

花山法皇は問います。「これは血か、露か」。

以来、ランチタイムをした峠を「箸折峠」、峠の先の里を「近露(ちかつゆ)」と呼ぶようになりましたとさ。


熊野古道の中辺路の「箸折峠」にある、「牛馬童子像」。


《花山法皇の熊野参籠》

花山法皇は熊野へ到着後、よほど居心地が良かったのか、那智の滝上流の「二の滝」近くに庵を結び、千日の修行をします。



『源平盛衰記』

「花山法皇御参詣、滝本に三年千日の行を始め置かせ給へり。
今の世まで六十人の山篭とて、都鄙の修行者集りて、難行苦行するとかや。」


「花山法皇は那智で千日の滝籠を行いました。
それ以来、60人の修行者が山籠し難行苦行したそうです。」

この時、花山法皇の前に現れた龍神から、「如意宝珠一顆と水精の念珠一連と九穴の蚫貝一つ」を貰います。

法皇は供養をして、今後も続く行者達の為に「宝珠は岩屋の中に、念珠は千手堂の部屋に各々納め、蚫は一の滝壺に放ち置いた」のでした。



「花山法皇御参籠時、三重瀧ニ本地千手如意輪馬頭ト顕御ス」(『熊野山略記』)

花山法皇の那智滝籠中に、本地仏の千手観音と如意輪観音が現れた、という霊験譚。


「一条(天皇) 正暦三壬辰 法皇熊野行幸那智山滝本本尊御寄進、本宮法華経一部納、新宮へ御狩衣束納、八月上に還御御飾を妙法山に納一寸八分の金仏を令納。」(『熊野年代記』)

992(正暦3)年、花山法皇は那智山滝本に本尊を寄進し、本宮へ法華経一部を納め、新宮には狩衣装束を奉納。
8月上旬には都に戻り、法皇の令により妙法山に一寸八分の金仏を納めました。


《花山法皇と西国三十三ケ所観音霊場巡り》


那智大社と並んで建つ現在の青岸渡寺は、西国三十三箇ヶ所巡りの一番札所。

参籠していた花山法皇の前に、熊野権現が姿を現し、徳道上人が定めた三十三の観音霊場を再興するように託宣を授けます。

花山法皇はこれに従い、那智で千日の滝籠の修行を終えると、西国三十三ヶ所観音霊場巡礼を行い、各地で歌を詠みます。

これが、「御詠歌」のはじまり。

花山法皇が西国三十三ヶ所観音霊場巡礼の中興と言われる由縁です。



明治までは、如意輪堂。

本尊の如意輪観音を祀り、熊野那智大社の一部でした。

神仏分離時、花山法皇が再興した経緯があることから、「青岸渡寺」として神社から分離させ、存続することに成功。



那智山青岸渡寺の御詠歌
「補陀洛や岸うつ波は三熊野の那智のお山にひびく滝津瀬」

以上、花山法皇と熊野、でした。


参考文献
『熊野三山信仰事典』(加藤隆久編・神仏信仰事典シリーズ(5) 戎光祥出版)・『和歌山県史』・『神道事典』

「熊野学」(新宮市教育委員会)http://www.city.shingu.lg.jp/div/bunka-1/htm/kumanogaku/index.html


いつも応援いただきありがとうございます。『大鏡』で有名な花山法皇の出家。ひどいお話ですねぇ。さて、熊野から都へ戻った花山法皇のその後はなかなかシュール。歴史は勝者のものといいますが、藤原氏にとっては無理矢理退位させた花山法皇が素晴らしい人物では都合が悪かったのかな。いや、那智に千日も籠ってしまうエネルギッシュな方だから、実話なのかな。
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ


ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

花山院御歌

こんにちは。
花山院は、寛和の變だけでなく、長徳二年(九九六年)に藤原伊周・隆家に襲はれる事件が起こるなど、御世は藤氏の全盛期。割切れない感がありますが、これも歴史ですね。

花山院は、和歌がお好きな天皇陛下でいらしたやうで、拾遺集の親撰を始め、八代集にも多くの御歌が載つてゐますね。

(詞書:三條關白女御入内の朝につかはしける)
朝ぼらけおきつる霜の消えかへり 暮待つほどの袖を見せばや(新古今1189)

なか/\艶つぽい歌ですね、陛下は御歌がお上手だと思ひます。

(詞書:野の道にて、御心地例ならずおぼされけるに、あまの塩焼きけるを御覧じて)
旅の空夜半のけぶりとのぼりなば 海人の藻塩火たくかとや見む(後拾遺503)

僕は熊野へお参りしたことがないので、熊野篇の更新楽しみにしてをります。

No title

蚫・・・ってアワビかな?

花山法皇って、名前だけは知ってたんですけど、熊野との所縁とか知らなかったです^^;

しかし藤原氏の望月うんぬんは、
今で言うと「オレってリア充」ってツイッターするみたいなもんですよね^^
で、藤原シンパがリツィートするんだろうな^^

ぽちぽちぽちーーー☆

橘右近大夫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

ですねぇ。もう、強引な藤原一家ですから、お気の毒です。

花山院のお歌、なかなか艶々ですね。
そうか、・・・いやぁ。照れちゃう(≧∇≦)

旅の空、は、熊野詣の道中で具合が悪くなったときに詠まれたお歌ですね。

この旅の途中で息絶え、火葬の煙りとなって立ちのぼったとしたら、海人が海藻から塩をとるための火をたいているのかぁと見るのかなー。はぁー。

これを見て、ほんとに弱気になってる・・・と、ほろり、です。

熊野記事は、あっちこっちに飛ぶと思いますので、よろしくお願いします。
昨年は紀行文(←文、じゃないけど)の形でしたー。
今見ると、まぐろーまぐろーっと連呼してばかり。おほほほ。

ぽーっと画像を見ながら、今年も行きたい病が出ております。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

アワビですね。もったいない。

花山法皇は、まぁ、高校の古文の授業で『大鏡』をひたすら読んだので、印象強くて。

それと、関西ではやはり西国三十三箇所観音巡りで、花山院を知りますね。
神社仏閣巡りしたいけど、何から見たらよい?ってときに、絶好のコースで。どしょっぱなが那智なんで、ビビるわけですが。おほほ。

何度か巡ってご朱印も戴いたけど、全部母に持たせました。

藤原一家も、平家も恥ずかしいツイートしてますね。
確かに、めっちゃリツイートされてそう。ふふふ。

No title

こんばんは。

確かに、花山天皇はちょっと変わり者で譲位も仕方なかったんだ、みたいに考えていたけど、確かに勝者の歴史だもの、本当のところは何とも言えないですね。

「御詠歌」って花山法王の歌から来たんですか。
知らなかったわ。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

そうなんですよねー。花山院って変わり者♪って感じですが、ねー。
うーん。でも、熊野の那智の滝で千日も籠って、そこらの修験者より法力がありました!などの逸話もあって。

いい意味での、面白い方かと。

歴史なんて勝者が何とでも書き散らしますから、現地に行ったり、文献を漁って、ひとつずつ組み立てて、この人、そんな人じゃないよー?おかしいなー?っと気づくことが大切なんだなと思います。

>「御詠歌」って花山法王の歌から来たんですか。

ですねー。宗教じみてて好きじゃなかったんですよ。
これは花山院の和歌ですよー、って言ってくれたらもっと興味を持つのに。

神社仏閣巡りをしながら何ですが、「現役の宗教」には興味がないもので。
あくまでも、ひとつの「史蹟と工芸品」なもので。

No title

こんばんは。お邪魔します。
花山天皇の投じた鮑の伝説。不老不死の大鮑はまさか、とは思いますが~~
なんかもしかして滝壺には今も・・なんて恐れ多い想像もついつい夢がふくらみ・・🍶グビ 
今宵もまたもや脱線しまして、大変大変失礼いたしました~

おきまちあき様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

アワビを滝壺に投げちゃうなんて、ものすごい太っ腹。
びんぼーにんの感想でございます。
もしかしたら、不老不死の大鮑、かー!?スクープ!

あー。アワビ。あわび。鮑。泡美・・・。
伊勢海老天丼どーん!のお店のアワビも、すんばらすぃく美味しかったんですよー。

ぐび。

運転あるから、ノンアルで、ぐび。ちぇ。
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

◎画像の著作権は放棄しておりません。
◎画像と記事の無断使用厳禁!!
◎丸パクリには断固抗議する!!

◎リンク戴く際はご一報下さい。御礼させて戴きたく。
◎一言でもコメント戴ければすごーく嬉しいです。

尚、メールでのお返事は致しませんので、コメント欄をご利用ください。

宜しくお願いいたします。

参加してます♪
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
最新記事
カテゴリ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
月別アーカイブ
リンク
最新コメント
最新トラックバック
ブログ村さんに参加中
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ご来場御礼
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。