弱り目に祟り目。神仏分離と社寺上知令でずたぼろです

こんにちは。

但馬妙見日光院【第8回】

今日は、地べたのお話。

寺社は、信仰の対象となる「境内地」、田畑(直作or賃貸)、広大な山林(自社の建築材料or貨幣収入の用材)を所有していました。

また、徳川幕府の時代には、幕藩体制において一定の政治的・宗教的な役割を担う義務を負う反面、幕府や藩主から社寺地の「領主」として支配権を行使することを認められるようになります。

この「支配権」は、「朱印状」(幕府)・「黒印状」(藩主)により付与された事から、それぞれ「朱印地」・「黒印地」と呼ばれます。

この二つの土地は、幕府・領主に対する租税は免除となり、土地から得られる収益は全て寺社に徴収権があり、祭司・供養・社殿の修繕費用に充てられました。

(但し、この両土地は決して広くはなく、ここだけで全てを賄うことは不可能。)

さらに、寺社の境内地等は検地の対象外とする「除地(のぞきち)」であり、年貢諸役が免除されています。


平和に過ごしていたところ、嵐が到来。


1867(慶応3)年10月「大政奉還」・12月「版籍奉還」

諸大名から天皇へ領地(版図)と領民(戸籍)が返還されました。

そして。

明治4年1月。いわゆる「社寺上知令」が発布されます。

【社寺領現在ノ境内ヲ除クノ外上知被仰出土地ハ府県藩ニ管轄セシムルノ件】明治4年正月5日太政官布告(旧3年庚午12月)

「諸国社寺由緒ノ有無ニ不拘朱印地除地等従前之通被下置候所各藩版籍奉還之末社寺ノミ土地人民私有ノ姿ニ相成不相当ノ事ニ付今般社寺領現在ノ境内ヲ除ク外一般上知被仰付追テ相当禄制相定更に蔵米ヲ以テ可下賜事」


既に各藩が領地を奉還した以上、「朱印地」「除地(のぞきち)」等の「社寺領」も当然「上知」すべきである。
それにより失われた特権については、追って蔵米にて補償する予定である、と。

この時の上知の対象の「社寺領」は、「朱印地」・「黒印地」に相当する領域でした。(大蔵省管財局1994年)


まだ、それほど焦ってないの。



【太政官布告】慶応四年三月十三日

「此度 王政復古神武創業ノ始ニ被為基、諸事御一新、祭政一致之御制度ニ御回復被遊候ニ付テ、先ハ第一、神祇官御再興御造立ノ上、追追諸祭奠モ可被為興儀、被仰出候 (略)」


「王政復古の太政官布告」です。


神宮寺は分けやすい。


(画像:書写山園教寺の捨てられ朽ち果てた仏像)

神仏分離令に乗じ、各地で過激な廃仏棄釈が起こります。

寺院に対してさらに追い討ちをかけたのが、経済的基盤の崩壊に繋がる諸法令。


【寺院境内ノ区別ヲ一定セシムル件】太政官達第258号・明治4年5月

田畑・山林、例え不毛地であろうと墓地以外の境外地は全て「上知」せよ、と指示が出ました。

いったいどれだけ上知しろとー?っと、混乱。


「社寺領上地跡処分規則」(内務省達乙第72号・明治7年11月)
「社寺境内外区画取調規則」(地租改正事務局達乙第4号・明治8年6月)※通称「第二次上知令」

両規則により、判断基準が明確化されます。

1 寺社が自らの資金で開墾・購入した土地は寺社の所有とする事
2 自費開墾の証拠がある場合はその占有者に無償で下げ渡す
3 境内地は祭典法要に必要な場所に限り、それ以外は全て上地する事




つまり、「明治4年正月5日太政官布告」で上知の対象外となった土地が、



第二次上知令では、社殿・堂宇の敷地と法要・祭典に必要な場所以外全てが上知の対象となったのです。



清水寺では、第一次では15万坪が残ったのに、第二次では1.4万坪だけが残ったと言われています。(清水寺史)

こうして上知された寺社領は、全て官有地へ編入されました。



このため、寺社は社殿堂宇の修繕を名目として、上知の対象となる可能性の高い森林を伐採して売却。

数度に渡りそれを禁じる布告を出しますが、寺社にとって森林を管理・利用出来るか否かは死活問題ですから、もぐら叩きの様相。



この後紆余曲折を経て、

【国有土地森林原野下戻法】(法律99号・明治32年4月)

「地租改正又ハ社寺上知処分ニ依り官有ニ編入セラレ,現ニ国有ニ属スル土地」等について、「其ノ処分ノ当時之ニ付所有又ハ分収ノ事実アリタルモノ」は、翌33年6月30日までに下戻の申請を行うことができるようになります。

申請に対して不許可となった者は不服ある場合、行政裁判所へ訴えを起こすことができるとも定められます。

当初は管轄官庁である農商務省の指令に沿った判決が出ていましたが、転機が訪れます。

それが「一乗寺山林下戻請求事件(明治37年1051号事件)」に対する明治41年10月の判決です。

農商務省の処分を取り消し、係争対象たる山林・立木を原告(一乗寺)に下げ戻すべきであるとの判決を行政裁判所が下すのです。

これは、「朱印状がなければ当然租税を負担すべきであった土地であることは、朱印地が社寺の私有地であったことを意味する」との論考が現れた背景があります。

えーと。納税義務は所有者にある。朱印状によって特別に免税しただけよ、ということ。

しかし、証明義務は寺社にあり、「下戻」の形で本来所有していた土地が返ってくるとはいえ、相変わらず寺社には酷な制度ではありました。


大正10年「国有財産法」(法律43号)
国有地にある寺院境内地は、寺院に永久無償貸付を行っているとみなす、と定められます。

昭和14年「寺院等ニ無償ニテ貸付シタル国有財産ノ処分ニ関スル法律」(法律78号)

国と寺院等の間に従前から特殊事情にあった国有境内地を譲与することができることになり、寺院境内地処分審査会が発足するものの、戦争により中断。

終戦。


も少し、がまん。


【戦後の社寺境内地の処理】

連合国の占領政策の柱の一つは日本の民主化。

宗教に関する民主化も例外ではなく、G.H.Q.は、昭和20年10月に日本政府に対し「政治的、社会的及び宗教的自由に対する制限除去に関する覚書」をはじめとする宗教改革に関する一連の指令を発します。


昭和21年「明治29年法律第24号官国幣社経費ニ関スル法律廃止ノ件」(法律71号)

従前の公用財産としての取扱いをやめ、内務省所管から大蔵省所管に移し、寺院境内地と同様に神社の用に供する間、上知地について無償貸付を認めます。


昭和22年4月「社寺等に無償で貸付してある国有財産の処分に関する法律」(法律53号)

無償貸付していた財産について国と社寺との特殊関係を断絶し、整理するため

1 明治初年の社寺上知令あるいは地租改正条例に基づき国有となったもの
2 現に国有財産法により無償貸付を受けているもの
3 宗教活動に必要なもの

で、本法施行後1年以内に申請したものは,その所有権を返還する意味で当該社寺等に無償で譲与することができる。しかし、かかる事実がないものまたは事実があっても立証できないものについては,社寺等の既得権ともいうべき永久無償使用権の消滅を補償する意味で、時価の半額で売払うことができる等と定めます。

無償貸付件数(神社・寺院・教会)は、106,566件。
面積はなんと、119,324,134坪。


こんな膨大な土地ですから、慎重に審議します。
中央・地方に「社寺境内地処分審査会等」が設置され、審査を行いました。

処分の対象となった土地は118,752,963坪。

神社 75,669件、94,119,086坪
寺院 30,529(13)件、24,633,877(8,952)坪
※(内は教会)

中央審査会は昭和27年3月31日、地方審査会は昭和28年3月31日で役目を終え消滅します。

残存は、4601件、4,819,252坪

譲与されても管理費だけが嵩む土地は寺社側が拒否したり、既に国有林野事業が行われていた土地はその従事者が猛反対するなど、全てを譲与することは叶わず。

この残存分は、国有林野として管理されることとなります。


明治の上知令から長い長い道のりでした。


参考文献
「社寺と国有林—京都東山・嵐山の変遷と新たな連携」(福田淳 著/日本林業調査会)

財務省HP内「社寺境内地の処埋」https://www.mof.go.jp/about_mof/zaimu/30years/main/0303020103.htm#skipmain


いつも応援いただきありがとうございます。南禅寺界隈の別荘庭園群は、神仏分離令や社寺上知令によって、広大な敷地があった南禅寺の土地の大部分が民間へ払い下げられたことにより、山縣有朋や財閥の野村家など、政財界の人々がステータスとして競って別邸を建てたものです。綺麗な景色の中に、寺社と明治政府の攻防が隠れているんですねぇ。
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No title

こんばんは、kotodayoriです。

南禅寺界隈の別荘庭園群の歴史について勉強させてもらいました。東山を借景にした庭園の見事さだけに目がいっていましたが、歴史を知るともっと興味が湧いてきそうです。

またいろいろと教えてください。
よろしくお願いいたします。

kotodayori様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。三室戸寺のツツジ、素晴らしかったです。四季折々の京都、楽しみにしております。

南禅寺界隈の庭園は素晴らしいのですが、私は何だか悔しくて、ついつい色眼鏡で見てしまいます。

東山の景観はほぼ今回述べた社寺境内地上知令により一旦官有地となり、民間に下げ渡されたり叩き売られたり、寺院が苦心して取り戻した森林から成っています。

政府は途中から「景観」という価値に気づき、これを保全する動きを見せたことで、開発を逃れる事が出来たもので。

kotodayori様の記事でまた四季折々の風情を拝見できると楽しみにしております。

No title

下戻法の決定は大正解。
もし、明治政府が朱印・黒印に付する寺院の権利を認めなければ法治国家ではない。
いっけん矛盾しているようですが、これは政権の信用・権威に関わる根幹部分になる話です。

たとえば豊臣政権の出した朱印に対して、徳川幕府は引き続き認めていました。
これは政府発行の権利書(朱印・黒印)に対する権威スペックを維持するためです。
時代が下った喩えだと、大日本帝国時代に出征した兵士と遺族に対し、現行日本政府も年金給付を継続しています。

土地所有や権利関係というのは、時代の変遷に関わらず認められるべき・・・基本的なアレ?・・・えっと~法律用語の引き出しがありません(爆

つまり政府・政権が転覆するたびに土地所有や権利関係まで転覆してたら、
自分の得になるまで政府転覆を目論むアホが際限なく湧いて出るからです。

全体、大枠において前時代同様に所有・権利が認められれば、その政権を法治国家として信用できると認識されて、人心は当該政権の国民であることに納得して落ち着きます。

武家社会においても主君が代替わりすると、新当主と家臣との間に安堵状、寺社関係なら朱印・黒印が交わされ権利更新が再追認されます。
これは室町も戦国も豊臣も徳川も、み~んな基本的な流れとして同じ^^/

新政権が統治において行うのは「ボッシュート」だけじゃダメなんです。
「従前通り認める」ことで、見た目は地味だけと実は効果絶大な権威アピールになります。

つまるところ「飴と鞭」の塩梅加減ですね^^/
もちろん施行のタイミングからハブられて丸損没落しちゃう人は当然います。
でもそれは全体の比率だと少数派で、大多数の現状納得派世論を覆すほどの勢力には成り得ません^-^

日本という国の歴史において大きな変革の軟着陸が早いのは、
皆さん「現状維持を安堵してもらうこと」を最優先し、新政権もその期待に応える事を優先してるからです。

明治政府は「徳川=悪」で発進した政権なので、廃仏廃釈のような極端に振り子がブレたけど段階的に何となく治まるのが、いかにも日本らしい「緩さ」で日本史で自分が好きな部分です(笑
(もちろん当時の嵐まっただ中の当事者にとっては、どこが緩いんじゃぁって怒られる話なんですけど^^;)

「株式会社日本」において給料・福利厚生が保証されてさえいれば、社長が誰でも平社員には大きな違いはないのです(*´pq`)

退屈してる子には、おねーさんが猫じゃらしでコチョコチョしてあげようっかな~♪
「こ」入力で「狛犬」と答えるPC・・・なんか萌えます 川* ̄д ̄*川ポッ 

なにやら学者ぶって書いてますが、専門バカの私見ですのでテキトーに流して下さいませm(__)m

ぽちぽちぽちーーー☆

No title

つねまるさん、こんばんわー♪

神社は政治に感化されて来たものだと思っていました。
神社庁なるものも明治時代には存在していたものだと
思っていましたが、全く認識違いで別の意味の団体だった
ようです。

お陰さまで、またひとつ大人に近づけました♪

No title

こんばんは。いつも為になる情報ありがたうございます。

さて、梨木神社や下賀茂神社の糺の森が話題になつたりと、難しい問題がありますね。
過度な土地の所有は、時勢に合はないと言ふもの解りますが、寺社が窮乏し境内が荒廃する樣が多くみられる最近の状況を見ると、勿論、土地だけではなく、過疎だつたり経済情勢もありますので複雑ですが、荒れたお社を見ると心が痛みます。

No title

うぅ~やっぱ内緒でコメントすればよかったかも^^;

後から読みなおすと、凄い張り切ってコメントしてて恥ずかしい^^;

つねまる様の写真や狛ちゃ出演のワンポイントにホッコリ、専門バカにも判りやすくて助かります^^/

piglet01様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

いけいけどんどーん!っと張り切った水戸学や後期国学や復古神道の信仰者さん達ですが、やがて時代錯誤の方針に、政府指導部と齟齬を生じて失脚します。

そして指導部が目をつけたのが、所謂「国家神道」。

全国各地の神社が格付けされ、組織化されていきます。

仰っているのは神社本庁(神社庁は地方組織)のことと思います。
これは戦後に政教分離のため作られた宗教法人ですね。

橘右近大夫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

結局、社殿の維持管理費用がないのでしょうね。

宗教法人の非課税特権で土地利用収益をあげることもできますが、鎮守の森のままでは何の収益も得られませんし。

明治では神社合祀も行われますが、目的は異なるにせよ、今となっては朽ち果てるくらいなら合祀もやむなしと個人的には思います。

荒れ果てていく寺社に心が痛むのですが、祭神、本尊にとっては社殿が朽ち果てる前に移動して差し上げることも考えた方がいいのではないかしら。

拝見する身はあくまでも部外者に過ぎず、歯がゆいのですが如何ともしがたいですね。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問と熱いコメントありがとうございます。足りないところを補足して下さって、感謝してます。

いかんせん、下戻法の成立と冷静な判決が下るまでが長すぎました。

過激化した廃仏の嵐は、数年間で終息したものの破壊力が大きすぎましたね。

千年に渡って綿々と受け継いできたものが悉く破壊され尽くした事実を微妙に隠していることもまた、イラッとくるものがありまして。

奈良は神社仏閣の宝庫ねーっと言われるのを聞くと、ちゃんちゃらおかしいわーっと思ってしまいます。

No title

最後の木鼻は本当にユニーク!
こんなの見たことありません。

たっつん様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

たっつん様でさえ見たことがないなら、ほんとに珍しい子なんですねー。わーい。

参道の狛犬さんのように、木鼻の子達もいろいろな子がいますね。
うふふ。

上知令について

>下戻法の成立と冷静な判決が下るまでが長すぎました。

(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン

上知令はウィキペディアでは老中水野と明治政府しか凡例に挙げてないですが、それほど特殊な法令ではなくビンボー政権がやりたがる手札(カード)の一つなんです。
今日で言う所の消費税率みたいなもんですね^^;

肥前佐賀藩においても、本藩(本家)が財政難だったために支藩(分家)から上知(領地返上)してます。

では何故に主君がビンボーなのかというと、政権樹立時に恩賞として領地をバラまくので、主君の土地(蔵入地)が少なくなりがちだからです。

キングオブ九州の大友家も、分家の領地が宗家を凌いでいたし、
島津氏も本家より分家で家老の伊集院の領地の方が多かったです。
ただ戦国時代の上知は政策としての軟着陸が出来ず、実力行使の成敗まで行っちゃうけど^^;

で、明治政府も成立当初からビンボー政権でした。
何しろ自前の領地がない^^;
それぞれの領地は、それぞれの藩の土地です。
だから版籍奉還や上知令施行自体は、政権運営に必須な当然の措置で非常に迷惑なんですが、広義には非合法・悪法とは言えません。
上知令が揉める原因は運用方法のほうなんです。

>諸国社寺由緒ノ有無ニ不拘

最初の段階・・・ここでの線引きが既に横暴・非道。
この文言を盛り込む事を発案した人は、切れ者ですね。
いくらでも適用範囲を拡大解釈できる恐ろしい文言です(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル

寺院には墓地管理運営が伴い、それにはお金がかかります。
お墓には庶民だけでなく政府高官の身内も本人もお入りになる場所です。
それが資金面で行き届かなくなるって事は、巡り巡って明治政府から人心が離れるということです。
人心には庶民だけでなく御先祖の墓が管理不行き届きなれば御怒りになるに違いない、やんどろこない御身分の方々も入ります。

墓問題って、自分の身に降りかからないと忘れがちです。
明治政府が『巡り廻った波及がヤバい』って事に気が付くまで20数年かかったとも言えます。
とっくに気が付いてたとしても一度出した法令を下げることは政府の沽券があるんで、すぐは触れられないのもあったでしょう。

神仏分離の歴史をボヤーとさせておくのは「大人の事情」ってやつなんでしょうね(´・д・`)
せめて嵐・荒波を乗り越えた現在の寺宝・建築物は歴史として保存・保全して残すのが国のあるべき姿だと思います。
これは文化歴史保存なのだから、政教分離問題とは切り離さなければならないものです。
春夏秋冬・・・「日本の伝統美」を残している貴重な世界ですもの。

記事レベルの長文になり申し訳ありません。
上知令自体は悪法という訳ではないので、補足だけするつもりが凄いことに・・・^^;
まとめるのが下手くそなものですいませんでした。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

とりあえず読み逃げします。ごめんなさーい。ゆっくりとお返事させてくださいね。

コメントを読み逃げって、失礼極まりなくて、ほんとにごめんね。

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

鍵コメ様

好きよー。

時乃★栞様

遅くなりましたが、お返事です。

テーマ「所有権」

所有権とは、民法(法令番号「明治29年4月27日法律第89号」)に定められた権利。

物を「自由に使用・収益・処分する権利」

例えば、私の愛車。

私はこの愛車を、購入しました。「所有権」は、私にあります。

私は車に自由に乗ることができるし(使用)、車を有料で友達に貸すこともできるし(収益)、車を誰かに売り払うことができます(処分)。

これが「所有権」。

所有権を有していれば、何でも出来ます。
よって、「所有権は全面的支配権」といわれるほど絶対的な権利なのです。

土地も同じ。


>肥前佐賀藩においても、本藩(本家)が財政難だったために支藩(分家)から上知(領地返上)してます。

>では何故に主君がビンボーなのかというと、政権樹立時に恩賞として領地をバラまくので、主君の土地(蔵入地)が少なくなりがちだからです。

では、領地の所有権は誰にあるのか。現代の規定では容易に返還を求めたことから所有権は「本家」にあり、「分家」は賃借契約等で使用を認められたに過ぎない、となります。

そんな考えは当時、ありませんよねー。

つづく。

お写真(^人^)

はじめまして、桜嵐坊と申します。
廃仏毀釈に可愛いコメント入りの映像!
とってもイイですね~♪
「日本の神さま仏さま」の2作目で、廃仏毀釈を取り上げます。
つねまる様のお写真を使わせて頂けないでしょうか?
ご一考お願いいたします。 合掌(^人^)

桜嵐坊様

はじめまして。つねまるです。

この度は拙い記事にコメントいただきありがとうございます。

画像の利用の件でございますが、お断り申し上げます。

理由と致しましては、

1.名草神社へ赴いた際の思い入れのある写真を利用していること
2.場面に応じたものを手間をかけて描いていること
3.初めてお話する方とは、意思の疎通がなく不安であること
4.基本的に、画像の利用はお断りしていること

です。

貴殿の動画を拝見申しましたが、私などの画像を利用されずとも充分素敵なものとなるのではないかと思います。

以上、まことに勝手ながら、貴殿からの申し出へのお返事とさせていただきます。ごめんなさい。

ご活躍をお祈り申し上げます。

No title

早速のお返事、有難うございました。
お考え了解いたしました。

「廃仏毀釈」はまだ、皆さまご存じない方が多く、
多くの方に知って頂きたい事実です。

では、しばやん先生のブログを中心に、編集をすすめることにいたします。

つねまる様のさらなるご活躍、心より念じ申し上げます。
                 合掌
                    by  桜嵐坊

桜嵐坊様

こんにちは。ご丁寧なお言葉までいただき恐縮です。

「廃仏毀釈」記事は、心ないコメントが付くかもしれませんが、
反論の余地のない桜嵐坊様ならではの目線でのお話になるようお祈りしております。

しばやん様の記事から拙記事へお越し戴いたのかな。
何となく安心致しました。ありがとうございました。

今後のご活躍をお祈り申し上げます。

No title

>「廃仏毀釈」記事は、心ないコメント

ご心配有難うございます(^人^)♪
確かに!うかつに取り上げると、反感を持つ方、傷つく方が出ると存じます。最新の注意を払う所存です(汗;)。

>しばやん様の記事から拙記事へお越し戴いたのかな。何となく安心致しました。

誤解が解けホッと致しました。
「それだけ気を付けて掛かれ!」というアドバイスと領解して、頑張りたいと存じます。

動画が出来上がりましたら、またご連絡させて頂きますm(_ _)m。
暖かいコメント心から感謝いたします。              合掌

桜嵐坊様

こんにちは。コメントありがとうございます。

誰が何と言おうと事実は事実。でも難しいことを難解に説くよりも、何でも楽しく簡潔に。

私はそんな感じです。

年末年始でご多忙とは存じますが、どうぞ素敵なものに仕上げてくださいませ。

つるまる様

つるまる様 明けまして おめででとうございます(^人^)

お蔭さまで『日本の神さま仏さま その二 廃仏毀釈』が出来ました。
https://www.youtube.com/watch?v=Yiarkjcvi6M

注意点その他、頂けましたら、早速編集しなおしまして、
UPさせて頂きたいと存じます。

どうぞ、今年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m。

桜嵐坊様

あけましておめでとうございます。
ご丁寧にありがとうございます。

えーっと。

私ごとき不勉強者が桜嵐坊様の作品やご見解についてとやかく言える立場ではございませんし、また、自由に表現出来ることが昨今の媒体の長所であると思いますので、私見は控えさせていただきます。

冷たいようですが、人様の作品を批評することは本意ではございませんので、ご容赦くださいませ。

ごめんなさい。

ご活躍をお祈り申し上げます。
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

◎画像の著作権は放棄しておりません。
◎画像と記事の無断使用厳禁!!
◎丸パクリには断固抗議する!!

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◎一言でもコメント戴ければすごーく嬉しいです。

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