春日局生誕地、興禅寺。赤い尽くしの居館跡

こんにちは。


はいはい。(養父市養父神社の狛オオカミくん。びみょーに男の子)

悪右衛門とは、黒井城主赤井直正の通称。


光秀の丹波攻略の最中、城主赤井直正が病没し、弟の幸家では支えきれず、翌1579(天正7)年8月に落城した黒井城。

黒井城の麓に、お寺あり。

名は大梅山興禅寺。


惣門は、1626(寛永3)年、150mほど離れた場所にあった誓願寺をここへ移した際、黒井城の部材を用いて建てたといわれます。


赤井直正時代はお寺ではなく、黒井城城主の平素の居館であったと推定されています。

根拠は、水濠(80m)と高石垣(高さ5m)に、居館であった面影が残っている事とか。ふむ。

直正の黒井城入城の際、奥村屋敷跡を改修し利用。

黒井城落城後は戦後処理と氷上郡一円の統治のために、光秀の重臣の斉藤利三が入り、陣屋を構え、居住。

主の光秀の居城である亀山城(京都府亀岡市)との往復の日々を送ります。


正面付近は野面積。
他はびっちり積まれた切り込みハギで、後世の改変の可能性あり。

赤井直正の頃は、もっともっさりしていたのかなー。
白壁もないだろうし、戦国真っ盛りだし。


毎度おなじみ「禁軍酒入門」。

忘れてました。お寺へ来たのでした。えへへ。


楼門は宮津市の智源寺から移築された門。

創建年代は不明で、元禄年間改修の記録が残ります。

三間一戸、二階建て。
階上室内に観音像を安置。天井に龍の絵。禅宗山門様式。

両脇に仁王さん。


仁王像様。あー。


 仁王像様。んー。


ぎゅー。

赤井家居館に赤い楼門に赤い仁王像。これはもう、赤いすいせ・・・(もうええ)。


本尊は釈迦如来。

興禅寺の前身は誓願寺(開基は赤井直正)といい、黒井城落城50年後の1626(寛永3)年、少し離れたこの場所へ本堂等を移転。

宗派を真言宗から曹洞宗に、寺号を興禅寺と変えました。

・・・宗派も寺号も場所も変えたら、それは新しく創建なのでは。ヒソヒソ。


明智光秀の重臣の斉藤利三といえば。

そうです。春日局(お福)のパパですねー。

徳川家光の乳母となる春日局は、斉藤利三がここに陣屋を構え居住していた時代、1579(天正7)年末(黒井城落城は同年8月)に生まれ、3歳まで春日町で生まれ育ったといいます。

1582(天正10)年、お福4歳の時、本能寺の変。
父・斉藤利三は山崎の合戦で敗れ、六条河原で処刑。

お福は女子故に処刑されず、母方の祖母の実家である三条西公国に養育されました。

1594(文禄3)年、16歳で小早川秀秋家臣の稲葉正成に嫁ぎますが後に不和となり、美濃国谷口へ退き、26歳で家光の乳母になります。


お福腰掛け石。

偉い人は必ず石に座るジンクス。ふふ。


鐘楼。(大正2年改築。創建当時の姿のままという)

黒井城落城の折りはまだ9歳だった赤井直正嫡男・直義が、寛永年間に先祖供養のために寄進した鐘楼。

直義、藤堂家に仕えることとなり、余裕が出来たのかな。
でも、悲しいな。


だいぶ前の大河ドラマで「春日局」を取り上げた頃はさぞかし賑わったことでしょうね。

駐車場の脇にあった資料館はその頃のもののようで、なんというか、色褪せてわびしいものがありました。


興禅寺
《住所》兵庫県丹波市春日町黒井2263




参考文献
春日町史・春日町の文化財(春日町発行・編)
興禅寺案内パンフレット

いつも応援いただきありがとうございます。春日局というと、あまりいい印象ではないので・・・うーむ。興禅寺の背後に見えるこんもりした山々が、全て黒井城の縄張りとか砦とか、なのです。丹波の赤井直正、生まれた土地で一生懸命生きた、興味の尽きない面白い人物です。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
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No title

養父市養父神社の狛オオカミくん
珍しいですね~

大梅山興禅寺の仁王さま達
なかなかのお顔立ですね。

>偉い人は必ず石に座るジンクス
そうそう
腰掛石、各地にありますね~!


No title

こんばんは~♪
春日局の生誕地は黒井城のほかにも生誕地だと手をあげている自治体があるそうですね(笑)
古い話だからどれもねつ造されてるかもしれませんが(。^p〇q^。)プッ
斎藤利三の娘で稲葉一徹の孫だということだけは間違いないようです。

ゆず様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

狛オオカミくん、珍しかわいいでしょー(≧∇≦)キャー♪
一生懸命な顔をしてるのがたまりません。

仁王様達、険しいようで案外平和な顔をしてるように見えまして。
荒々しくはないけれど、お上品なお顔でした。
まぁ、ぎゅーぎゅー踏みつけてますけどー。こほん。

腰掛け石の多さといったら、ですね。もごもご。

まり姫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

有名人にあやかって村おこし、いいと思いますよー。

No title

つねまるさーん、まいど深夜におじゃましまーす♪
明日からは、もう少し早くおじゃましますばい^^

悪右衛門の悪大将に比べ、仁王さんはオシャレでいいな~♪
「お嬢さんお手をどうぞ」と誘われませんでしたかぁ~(*⌒∇⌒*)テヘ♪

大河ドラマの威力は凄いですよね。
終わると、嵐が過ぎ去ったような風景になってしまいますが・・・。

丹波は光秀さん以外にも、時間をかけて廻ってみたい場所のひとつです。

piglet01様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

いえいえ、ご多忙でしょうし、私も普段は深夜にごそごそする方なのですが、時々寝落ち。

「お嬢さん、こちらへどうぞ」と案内されたのは、仁王様の足元。
踏みつけられてー、しいたげられてー、強くなっていくのよー♪ららら~♪♪♪

こちらの仁王様、仏敵退散!というより、みんな仲良くしようねー、って感じですね。

大河ドラマの威力はすごいですね、ほんと。

ぶわーっと賑わって、ぶわーっと去っていく桜のようです。

来年はどこが賑わうんでしょうか。
大阪の陣400年祭というわけのわからん催しでうっすらと盛り上がる大阪ですが、来年も一部が真っ赤になるんでしょうねぇ。

「幸村くんの九度山物語」だったらどうしましょ。

今日、九度山の町で火災があって、有志で提供された古いお人形とか手作りの甲冑が全焼してしまったらしく。ううう。なんてこった。

大阪北部に住んでいると、大阪府内よりも丹波の方が行きやすいのでついつい北へ向かって走ってしまいます。下道が使えますしねー。

光秀よりももっと面白いものがたくさんありますよね。
どうしても絡んでくるので、うざーっと思っております。

兵庫県の丹波、京都府の丹波。

びみょーな違いが面白いです。
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つねまる

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古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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