八木氏菩提寺・今滝寺の仁王門と金剛力士像

こんにちは。


シャガ。


道端にしゃがしゃがっと群生。そんな素敵な道がこれ。


時々転がる石を道の端へと蹴っ飛ばしつつ。


たどり着いたのは、今滝寺の仁王門。

但馬の養父(やぶ)市といえば、八木城。

八木城といえば、八木氏。ここは八木氏の菩提寺の今滝寺。

今滝寺は、1069(延久元)年、覚増上人により開かれたお寺。


今滝寺仁王門の金剛力士「阿」。仏師は澄玄(ちょうげん)。

体内の墨書により、1258(正嘉2)年3月に常光寺の仁王像として作られことが判明している金剛力士像です。


今滝寺仁王門の金剛力士「吽」。仏師は淡路公(あわじこう)。

1378(永和4)年、常光寺から今滝寺へ移されたと伝わります。


仁王門からさらに登り。


本堂。今滝寺の什器・仏像等は博物館に移動させているので、なんにもありません。

かつて八木城主八木氏がいた頃には、菩提寺の今滝寺は、蓮華院・教王院・安養院など9院と円乗坊・等意坊など3坊の塔頭をもつ大きな寺院でした。

しかし八木城の廃城とともに衰えてしまいます。


本堂の裏山には、八木氏が信仰していた熊野神社。

八木城のお向かいの山に城主八木氏の菩提寺である今滝寺。
そして、素敵な仁王門と金剛力士さん。

満足満足なのでしたー。


いつも応援いただきありがとうございます。今滝寺まで車で行けるか、一応、観光案内所で確認。登山道ならあったような?という返答でしたが行けるとこまで行こうっと前進。結果は見事に舗装道路。行きの私はチキンでした。
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青もみぢ

おはやうございます。

今年もこの季節がやつて来ましたね、僕は青々とした楓の綠が好きです。
仁王門付近の深緑、本当に美しく、絵になる景色ですね。

油撒きを始め、寺社仏閣を傷付けるやうな輩が徘徊するこのご時世ですので、博物館に預けるのは仕方がないことなんでせうね。
本当は、毎日、拝んで大切しなければならない仏像ですが、博物館だと見世物のやうな感じになつてしまひます。が、お寺さんで、厳重管理するのはかなりの負担であらうと思ひますし。

こんにちは~

しゃがの群生、
ほんと、しゃがしゃがって感じです~。

新緑の中の仁王門が美しいですね!

>什器・仏像等は博物館に移動させている
今はそれが安心かもしれませんね。
うちの近くの薬師堂というところ
仏像が数体盗まれました。
最近、よからぬやからがいますからね。

橘右近大夫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

はぁーい、新緑にエネルギーを吸われる季節がやって参りましたー。
私も紅葉の名所へこの季節に行くのが好きです。
一部、けむっしーとの格闘になりますが。ひぃー。

管理出来ないなら博物館に委託するのは、賢明だと思います。
私も現地の風情と併せて拝見するのが本来の姿かと思ってはおりますが、今や何が起きるかわからない情勢。

傷つけられたり、これはうちのもんだー!っと訳のわからんことを言われたり、闇の市場に売り飛ばされるならば、箱の中に入れるのが一番かと思います。

見世物ならまだしも、商品とされるのは、許しがたいですね。

守ることが出来ないなら、委託するのがいいです。

守ることが困難な情勢にした本人に維持管理させるのが得策だと思っております。

ゆず様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。絵本、素晴らしいですねー。面白いです。

シャガがしゃがしゃがっと~。
帰り道の落ち着いた道中なら鑑賞できた光景。
行きはそんな余裕はなく、とにかく仁王門よー!!って。

んまっ。薬師堂から仏像盗難!?

んまあああああ!!

許せませんっ!きいーーーーーっ。

だから博物館に委託するのが一番、って思うのですよねぇ。
無防備な寺社に行くととても不安になります。

性善説、お空の彼方へ飛んでいってしまったのかしら。

戻ってこーい。

八木さんちですね!!

こんばんは~。
おお!!ここらが八木氏の居城のあった八木なんですね!!
標高800m・・・。
広島から播磨まで歩いて最後に山登り800m・・・。
戦国時代人ってすごいなあと心底思います。
そして、私なら絶対ここまで来て戦をしたくない・・・。
元春さんが援軍出さんで悪かったなあと思いますが
こんな高い山を見ると援軍出したくない気がします・・・。

菩提寺は、その一族がいらっしゃらなくなると廃れてしまいますし、
地域で面倒を見ていても高齢化が進むと難しいですしね・・・。
やはりお宝はきちんとしたところに預けるほうがいいのかもしれませんね。

トロロヅキ様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

八木さんち、ずーっと行ってみたかったんですよー。
まー、お城のお山に登らずに、下からよだれ垂らしてるのは毎度の事なんですが、300年間ここを治めた八木氏菩提寺の仁王門と仁王像に会えて幸せ。

毛利と織田の最前線ですものねー。
トロロヅキ様とわたくしー。こほんこほん。仲良くしてねっ。

丹波から北東方面のお隣なのですが、ここへ来ると登場人物がコロッと変わったのが面白くて。

ここ養父市には平安期から日下部氏がおり、その日下部氏から八木氏と朝倉氏が出ているんですよ。

越前のイメージの朝倉氏の本貫は「但馬国養父郡朝倉」で、「朝倉城址」や朝倉の地名が残ります。交差点名にもなってましたー。うふふ。

元春さん、来てくれなかった上に、結果的には秀吉側に付いていた八木さんを負かしてしまいましたよねぇ。るるるる。八木城には別所の悪役だったおじさんが来ました。

仁王門と仁王像だけでもよく残っていたと思います。
特に仁王さんなんか、きれいで。

しかし、仏像や什器は、ねぇ。
やはり博物館に委託するのは、賢明かもしれないですね。

但馬で吉川さんに触れてしまい、このまま国道9号線で鳥取まで行きたいぜっと葛藤。おほほほ。
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