黒井城主赤井直正と兵主神社ファイヤーと彫刻群

こんにちは。


丹波市春日町黒井の兵主神社。


春うらら~


きれいねきれいね。

【祭神】大己貴大神・少名彦大神・天香山神
(合祀)惠比須大神
『神祗志料』兵主大明神


まいどおなじみになってきました拝殿の彫刻群。


双眼鏡、よーい。


「ここにいるよ」の文字の下の子がお気に入り。目がイッチャッテル。


麒麟さんのような気がします。アサヒさんではありません(ちっ)。


急いでるんだか、ぶつかったんだか。


小鳥さんの上に被さるのが、ツクシに見えるんですが。

こちらの彫刻群。中井権次一統の研究資料には見当たらなかったのですが、麒麟や鳥さんが可愛くて満足満足です。


予想外にでかかったので。


なにをはからうのか。


本殿の方から変な声がします。


気にしない気にしない。


久しぶりに本殿へ近づけないお社です。


【由緒】
746(天平18)年  兵庫の守護神として鎮祭
927(延長5)年   「延喜式神名帳」に丹波国一社として登載
1579(天正7)年  黒井城(保月城)落城の際に兵火で焼失
1605(慶長10)年  5月26日近衛信伊參籠
1656(明暦2)年  造営
1729(享保14)年  造営
1814(文化11)年   近衛基前扁額を寄進



戦国期の黒井城城主は赤井直正。丹波国の氷上郡を支配。

丹波赤井氏は、清和源氏・源頼季流の井上家光(源頼季の孫)が、1158(保元3)年、丹波芦田庄(兵庫県丹波市青垣町東芦田)へ配流されたことに始まる「芦田氏」の支流。

戦国時代には、氷上郡を支配し、赤井直正が黒井城を拠点に戦国大名化。


兵主神社背後は黒井城の支城群とか砦だとかがぎゅぎゅっとあります。

なので必然的に


まいどおなじみ。光秀の丹波ファイヤー。

光秀の攻略に良く耐えるも、赤井直正の病死により黒井城は落城。
子孫は徳川旗本や藤堂家の藩士に。


兵主神社はは赤井直正が崇敬し、赤井一族の武運を祈っていた神社だと伝わります。

赤井直正奉納の鎧が現存。



このくそでかくて空気を読まない一畳分の扁額は、1814(文化11)年に近衛基前が寄進したもの。(近衛家との繋がりは別記事予定)


ご立派でございまする。

しかし、複雑なお屋根は雨漏りのもと。余計な危惧。



兵主神社
《住所》兵庫県丹波市春日町黒井2956



参考文献
『全国神社祭祀祭礼総合調査』神社本庁・平成7年
兵主神社由緒書

いつも応援いただきありがとうございます。いっそのこと「黒井城の鎮守の兵主神社!きゃっはー!」(←違いますからね)っと言いたいほど間近な黒井城とその支城群。お社にいながら心はお城へ。おほほほ。
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ


ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。ほんとに励みになります。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

No title

間違いなくつくしですねー(笑)
とても立派な扁額です。畳の大きさだなんて驚き!
もしかして大きな鳥居の扁額って、実は結構な大きさなのかなー。上の方にあると大きさがわからないって言いますし・・・信号の直径も30cm以上らしいし。それにしても畳一枚分は凄いですね。

No title

こんばんは、kotodayoriです。

いつも楽しく読ませていただいております。

黒井城も赤井直正も知りませんでしたので、興味津々で読ませていただきました。歴史は面白いですね。

近衛家との繋がりも楽しみにしています。

また、よろしくお願いいたします。

yuki様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。今日も秋田犬っぽいなま狛犬さん、拝見しました。幸せ。

ねー。つくしですよねー。
ピーピー鳴いてそうな鳥さんたちは、ウズラかしら。
だって、ウズラの卵ならつくしより小さいですもの。そうよウズラよ、ウズラ。

はい、こちらの扁額。
全体のバランスとか、鳥居の強度とか、一切を考慮せず・・・我が道ごーごーの扁額でした。

え。信号って30cm以上もあるんですかっΣ( ̄ロ ̄lll)ギャー
知らなかったー。知らなかったー。お勉強になりましたー。

kotodayori様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。サクラサクラ、とても綺麗で素敵な記事をありがとうございます。

黒井城は国の史跡になっており、山全体が城域の面白くてよいぞよいぞ、の城跡なんです。
丹波地域は兵庫県と京都府に分かれていて、あれこれ調べるときにはいささか支障があるのですが、面白い地域ですね。

東寺や八坂神社の荘園が点在する地区でもあり、調べていてドツボにはまることも多く。

そろそろGWですねぇ。今年の関西、特に京都はものすごい事になりそうです。ますます近くて遠い都でございます。

kotodayori様の四季折々の風情ある記事、とても楽しみです。
これからは新緑の風景になるのでしょうか。
いろいろなお花も咲きますし、忙しいですね。うふふ。

No title

つねまるさん、こんばんわ~おはよー

春うらら~の狛さん、まさかの植毛ですか。
おしゃれすぎです!

どうーだいの彫刻に惚れてしまいそうです。

それに比べ扁額のアンバランスなこと。
大きくした理由はなにかあったのでしょうけどね。

piglet01様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。こんばんはになってごめんなさい。

うらら~うらら~。嫌ですわ、植毛だなんて。

丹波のお社、ほんまに彫刻が豊かで。
地元の皆様もとても自慢にお思いで、立ち話の情報量が半端なく。

扁額ネタはお待ちくだされ。
ただいま整理ちゅー。もりもりっと書いてしまいそうなのです。

No title

イケメンスタッフ・・左大臣と右大臣?

仁王な阿吽ズと右大臣・左大臣がある神社との違いが判らない^^;

●●祭神のとこは阿吽だよ!
とか
●●祭神は右大臣左大臣ツインズなのさ!
てな括りがあるのか?

どっちもある賑やかさんもあるんだぜ!
あるいはフリーダム

西国は阿吽で東国は左大臣(以下略
地域性なのか

この程度のアホ脳で古文書のチャレンジしてるという・・・
この疑問の答えを得ようとすれば、引き返せない世界に入りそうな予感がするので、パンドラ封印してます(笑

ぽちぽちぽち

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。あちーあちーですねぇ。

うーん。明治が転換期だと思います。
ご存じの通り神仏分離のあれやこれやで、お寺が神社になったり、国家神道系の神様にこっそり変更したりしているので、お社ってのはまず疑う事から始めるべきでして。

そこで、現存する建物の建築時期と構造や配置等が重要になってきますねー。

なので特殊な神社を除いては容易に分類し難いと思います。

狛犬や左右大臣を分類するには、強いて言うなら、その地域における多数派と少数派かなー。
狛犬では、あと、流通網ですね。お船に乗ってどんぶらこっこした子もいます。

随身とは平安時代の貴族を護衛する武官(ボディーガードねー)で、特に天皇を守る随身の長官が右大臣・左大臣。

左右大臣の二人は主に随身門にいます。随身はお社においては神社が祀る神様の護衛役であり、神聖な神社の境内に不心得者が入り込むのを防ぐ役目を持っています。

長官が現場に出てきている感じです。

兵主神社でいうと、鳥居二つと注連縄一つで神域を区切り、守護獣の狛犬3組(と1匹)に加えて左右大臣を随身として護衛させている、とても用心深くて警備万全なお社なわけで。

狛ちゃん、お笑い担当なわけではないんですよねー。こほん。
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

◎画像の著作権は放棄しておりません。
◎画像と記事の無断使用厳禁!!
◎丸パクリには断固抗議する!!

◎リンク戴く際はご一報下さい。御礼させて戴きたく。
◎一言でもコメント戴ければすごーく嬉しいです。

尚、メールでのお返事は致しませんので、コメント欄をご利用ください。

宜しくお願いいたします。

参加してます♪
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
最新記事
カテゴリ
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
月別アーカイブ
リンク
最新コメント
最新トラックバック
ブログ村さんに参加中
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ご来場御礼