篠田神社。本殿は室町時代の式内社

ごきげんよう。


京都府綾部市の篠田神社。


拝殿は入母屋造、本殿は流造。


筍と龍は拝殿正面にいます。


あがぁー、な人も、ここ。


正面の彫刻以外は、蔀の細かい格子が印象的です。


何が?と聞かれても困るけど、なんか、違和感。


拝殿の反対側でも、じぃー。


ぴこーん♪


あーら不思議っ。どうやって階段を下りるのかしら~。

思うに。
昔は拝殿から一度地面に下りて本殿へ向かったのではなかろうか。
弊殿風のものは後から付けたので、違和感があったのかな。

すっきりしたところで、また拝殿をくるりん。


やっと本殿さんに、会いました。


室町時代の建築物として、京都府の指定文化財になってます。

創祀年代は不詳。
棟札によれば796(延暦15)年の再建。

明治時代に阿湏々伎神社に比定されていた阿須須岐神社と「式内社」を争った際、この棟札の「式内阿須々岐神社」の文字を根拠に「式内社・阿湏々伎神社」を主張。

結果、篠田神社が式内社(論社)となり、阿須須岐神社はその名前を名乗ることのみ許されました。(『式内社調査報告』より)

しかし、『式内社調査報告』では、棟札の「元禄七年 願成寺現住快誉」の文字について、快誉は元禄六年五月に死去していた事から、棟札の信憑性を疑ってもいます。


柱の間が五つの流造なので、五間(社)流造。

室町時代の様式をもつ本殿は、1586(永禄9)年再建と記した棟札があると山家藩の記録にあるとか。

室町時代の五間の神社本殿の遺構建築物は、京都府内ではこの篠田神社と他に一棟しかなく、この本殿の価値はとても高いのです。

1922(大正11)年、現在拝殿がある位置から全体の形状を損なうことなく移築改修されています。一部に取替えた跡があるのですが、当初の材木がよく残っています。


間違えずに材木を組み立てるの、すごいなー。

丹波地域の室町時代の神社建築の遺構は、「保守的な形式技法を踏襲している」(『あやべ歴史のみち』)といい、この篠田神社本殿も、装飾は最小限。


どなたかがおいでです。


きゃー。


本殿後ろには筍神事の御ミノシベ。


後ろ姿も素敵。


久しぶりにこのお屋根を見たなぁ。


ついついかぶりついてしまいますが、全体の美しさも堪能しましょ。

と言いつつ、がっぷり。


こちらにもどなたかが。


ぎゃー。


1721(享保6)年奉納の手水鉢。


八幡宮は独立。


左から、廣嶺神社、愛宕護神社、天照皇大神宮、春日明神。


こちらも年代物です。


いてーっな木もあります。


たけのこも建物も楽しかったー。

また来たいなー。


いつかしらねー。


甘えん坊な大型犬狛犬くん。


気持ちいいだろうなー。


しばらく境内で、ぽけーっとして。


ぼちぼちとお社を後にしたのでした。



篠田神社
《住所》京都府綾部市篠田町宮ノ下6-1



参考文献
『綾部市史』(綾部市史編纂委員会・綾部市市役所)
『あやべ歴史のみち』(綾部市資料館)

いつも応援いただきありがとうございます。じっくりと宝探しをした篠田神社は今回で最終回。長々とお付き合いいただきありがとうございました。小高い所に鎮座するお社は、とても清々しくて居心地の良いところでした。さぁて。次はどこに行こうかなー。
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No title

こんばんは。

こんな長閑な所に、こんな立派なお社。
見れば見るほど造作が細かくて、立派ぁ~
ところでつねまるさん、綾部と聞いてずーっとモヤモヤしてたんだけど、調べてみるとやっぱりそうでした。
綾部は「大本教」の本部がある所なんですね。
大昔、高橋和巳の「邪宗門」が好きで好きで、あの本が大本教をモデルにしていると分かってから綾部は一種憧れの地でもあるんですよ。
元お城のあった所に建つという大本教の本部。
思い出させてくれる綾部のお話、有難うございます。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

さすが万見仙千代様。よくご存じですね。仰る通り、綾部市は大本発祥の地で、「長生殿」が建つ大本の本部「梅松苑」があります。

お城のあったところの本部、というのは、亀岡市になります。
こちらも大本の聖地で、「天恩郷(宣教の中心地)」といい、亀山城址にあります。

亀岡市の亀山城。明智光秀が造り、後に藤堂高虎の縄張りにより天下普請で改修され、丹波亀岡藩の政庁となり、明治に荒廃したところを大本が購入。

国家による二度の弾圧・破壊は、こちらの亀岡市の亀山城址に作られた本部です。

完膚なきまでに破壊された亀山城を復興した大本のおかげで、正確な遺構ではありませんが、現在もその面影を偲ぶことができます。
一部の聖地は立ち入ることはできませんが、城址の遺構は受付を通せば誰でも自由に散策できます。

高橋和巳の「邪宗門」ですが、教授が「面白いよー」と言うので手にしましたが、とんでもなく難しかったので途中で挫折しました。

あれを読破されているとは、さすがです。

大本は、亀岡市、綾部市の近現代史を調べるときには不可欠ですね。宗教云々よりも、そこからいろいろな事が浮かび上がってきて、なかなか難しいです。

No title

796(延暦15)年の時点で再建って凄いですね(@@)

登れない階段・・・とだけ書くと「学校の七不思議」みたいになってしまうか^^
残しておいた理由が判らないけど、土台部分を支える梁と関連してるのかしらん^^

大型犬の太い足は何とも言えない魅力があります。
あの足で立ちあがってドカっと寄りかかられると、愛情表現は嬉しいが受け止めきれない^^;

ポチポチポちーーー

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

筍神事は「志賀の七不思議」のひとつで、その起源は聖徳太子の兄弟と伝わる麻呂子の鬼退治ですから、年代に無理はありませんが、まぁ、あたたかい目で見るのがいいかと。

階段は建物を建ててから付けているので、梁とは関係ないようです。
問題は後付けの弊殿の方かなー。屋根に無理がありますしねー。

大型犬って、ずるいですよねー。
でっかいくせに、愛玩犬よりかわいい。
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古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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