阿須須岐神社。慶雲。それは、僕が見たケムリぃー

こんにちは。


素敵な両部鳥居をくぐり


賑やかな石造鳥居をくぐって見えてきたのは


・・・違う。

いきなり紀伊山地まで飛んだら、「どこでも鳥居」でしょ。


阿須須岐神社の建物群です。


「いかるが郡」。

いかるが、といえば、奈良の「斑鳩」ですが。

綾部市に古来よりある「いかるが郡」は、「何鹿郡」と書きます。

延喜式神名帳に記された「何鹿郡十二座の式内社」は阿須須岐神社等、綾部市と隣の福知山市に鎮座。


「何鹿郡」名の最古の記録は、二万点も出土した平城宮跡出土の木簡。

その中に「丹波国」に関するものが数点あり、何鹿郡名のある木簡は、ひとつ。

「丹波国何鹿郡高津郷交易小麦五斗」

(昭和39年12月19日、平城宮東大溝より和銅開珎・銅銭・土器等と共に出土。241mm×28mm、厚さ5mm。750年から760年頃のものと推定)

「何鹿」に「伊加留我」(『倭名抄』)と訓註があることから、「イカルカ」と読んでいたことがわかります。



拝殿の後ろに本殿。この趣ある建物、いいねぇ。


誰だー?


あらぁ。苔玉みたいにまんまるです。


楽しそうねー。


コケコちゃん、かわいいなー。


拝殿に向かって左側の末社の覆屋の屋根の修復中。


二人ともちゃんと修理してもらって、ばりばりっとお客様をお待ちしてます。

さて。拝殿の後ろに弊殿を挟んで本殿。


巨大な覆屋の中の箱入り娘。

遠ざからないと全部見えません。境内社のお稲荷さんにお邪魔して拝見。


本殿。

【祭神】
天御中主神・高産霊神・神産霊神

『何鹿郡誌』はこの三神のほかに道主貴神を加え、『志賀郷村誌』では市杵比売命となっています。


向拝(お参りする正面部分)付近。

【由緒】創立は不詳。社伝によると崇峻天皇の頃。

古くは現社地の西、金河内と坊口の境・金ヵ峰に鎮座していましたが、
713(和銅6)年、改祭(棟札による)。

879(元慶3)年11月9日。事件です!

「丹波国言上 慶雲見管何鹿郡阿須々岐神社」

「何鹿郡の阿須須岐神社に慶雲が現れました!! from丹波国司」
(『日本三代実録』「879(元慶3)年11月9日の条」より)

「慶雲」とは、「烟の如くして烟に非ず、雲の如くして雲に非ず、大瑞なり」(『治部式』)。

天下の慶事として国司より言上したのですね。


以降中世以前までは「吾雀(あすすき)宮」と呼ばれておりました。

この地域は12世紀末より新熊野神社の荘園「吾雀(あすすき)荘」となり、戦国末期まで「吾雀(あすすき)」(『安国寺文書』)、やがて「志賀」へと地名が変わります(1619年寄進の興隆寺鐘銘「丹波国何鹿郡志賀庄」)。


獏さんと獅子さんかしら。


四枚の扉。一間社流造。一間(柱が2本なので柱と柱の間がひとつ)なのに間口八尺。でかいです。


骨太。

社殿は1528(享禄元)年に再建した棟札が残ります。
現在の本殿は1721(享保6)年に再建と棟札に記されています。

江戸時代は「金宮大明神」と唱えていました。


適度な彫刻と木組みのバランスがいいなぁ。


本殿の真裏には何かがかかっています。


うーんうーん。「祝凱旋」か?

明治2年に、式内社・阿湏々伎神社に比定されていたものの、明治12年、同じ志賀郷の篠田神社と「式内社争い」が起こり、阿須須岐神社の神社名を使用することのみ許され、式内社指定を取り消されてしまいました。

・・・あちゃー。

さて。よっこらしょ。


基礎を覗くの好き。


うーんうーん。これは支えなくていい柱なのかな。そんな柱はないよなぁ。


本殿床下に特設コーナー。これはなんと素敵なご配慮でしょう。


ぎゃー。


ぎゃー。


いたー。もののけ、いたー。

つづくっ。



阿須須岐神社
《住所》京都府綾部市金河内町東谷1




参考文献
「綾部市史(上巻)」(発行・綾部市役所)


いつも応援いただきありがとうございます。ご近所さんとの会話「ここは格式の高い神社なんや♪」「式内社?」「それがなぁ、取られたんやっ。篠田神社にぃー」「あらまぁ」「広めてや。みんなに宣伝してや」「はーい」・・・お約束、実行中。
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ


ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

No title

綾部にもいかるがの地が!奈良の斑鳩と何か関係があるんですかね・・・?
かなりワビサビなお社、宙に浮いた柱は・・・怖いかも(笑)

No title

つねまるさん、こんばんわー

ただ朽ちていく建物にしか見えませんが、宮大工の妙は凄いですね。

歴史ある社殿、文化財として管理できないものでしょうかねー。

妖怪の子供らは、どこから湧いてきたのだろう!
悪そうな顔をしていますが・・・。

No title

イカルカ・・・どう読ませるかって盲点ですよね。
近江の蒲生はGAMOUだけど
大隅の蒲生はKAMOUだとか(←最近知った)

斑鳩で思い出すのが和太鼓とか椅子の皮張に使う鋲。
あれって製造会社が奈良の斑鳩町にあるんです。
なんというか伝統の匠業が残ってるんだと感心しきり。

式内社・・・選ばれると何か恩恵あるのか、ステータスだからか、、、神社関係は判らない事が多すぎる^^;

国の一宮がある土地は金銭面のメリットがあったっぽい。
肥前の領主が、東大寺関連で段銭(=寄付)を要求された時に「うちは一宮あるから、そっちの遷宮予算確保しなきゃないから無理(`・ω・´)キリッ」って口実で断ってた^^;

苔テッシュ狛ちゃにポチポチポチーーー

No title

こんばんは。お邪魔しました~
あ、すすき! じゃなくて阿須須岐神社さまの
狛犬さま、うわッ マリモ?(ホントすみません~) な感じくらいグリーンで。。。歴史の深さを感じさせていただきました。

にゃんこ様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

何鹿と書いて、イカルガ。読めません(T▽T)

ワビサビてるんですが、江戸時代再建。意外と新しくて。
宙に浮いた柱、にゃんこ先生、これはどうなんでしょうか?

覗きこんで、すごーく驚きましたの。覆屋があるから、風雨はしのぐことができても、ねぇ。
ビー玉、転がりまくるんじゃないかと心配ですわ。

piglet01様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

室町時代かと思ったら、江戸時代再建。
時代の割に痛んで見えるのは気候とか日差しとか湿気とか、いろいろな原因があるんでしょうね。

京都府や地元の氏子さん方の努力で補修がこまめによくされていて、朽ちてはいないんですが。

木造は辛いよ、しくしく。

もののけ風味の子達は、おそらく屋根で曲芸していた子達ではないかと。
びっくりしましたよー。巨大な瓦の神紋見てうきうきしてたら、やっほーって。でも、嬉しくて。何でもじーーーっと見てみるもんですね。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

大和朝廷が全国に影響を持つようになり、統治のために風土記を作成させたのですが、その際に「よき名」を地名とする必須科目がありまして。

律令国家を作り上げる過程で、無理矢理文字をあてた部分もあるんでしょうね。オトが先行する部分もあるかと。

ただ、今は漢字になっちゃってるのを読むわけなので、読まれへんしぃー。
そうそう、時乃★栞様の蒲生が、かもーなのは驚き笑いでしたー。

>斑鳩で思い出すのが和太鼓とか椅子の皮張に使う鋲。
>あれって製造会社が奈良の斑鳩町にあるんです。
>なんというか伝統の匠業が残ってるんだと感心しきり。

へぇーへぇー。鋲の製造元が斑鳩に。
そうですよねぇ、古都には匠の技が残ってますものね。
すごいなー。

式内社については、また記事に書きますね。
綾部市、たくさんあるので。

あ。一宮はないんだった(ノ_<。)

おきまちあき様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

マリモに化けた狛犬さんです。
風雨にさらされる参道狛犬さんは、石の材質によってはそれほど古くなくても剥離してしまうのです。しくしく。

でも、マリモでもかわいいなーっと思える阿須須岐神社の狛犬さんでしたよー。首を傾けて、「ねー」って言ってる声が聞こえるような。
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

◎画像の著作権は放棄しておりません。
◎画像と記事の無断使用厳禁!!
◎丸パクリには断固抗議する!!

◎リンク戴く際はご一報下さい。御礼させて戴きたく。
◎一言でもコメント戴ければすごーく嬉しいです。

尚、メールでのお返事は致しませんので、コメント欄をご利用ください。

宜しくお願いいたします。

参加してます♪
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
最新記事
カテゴリ
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
月別アーカイブ
リンク
最新コメント
最新トラックバック
ブログ村さんに参加中
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ご来場御礼