波々伯部神社。ほほかべ氏と丹波の祇園さんの受難

こんにちは。


どいてください。あなた、今日は関係ないです。

さて、丹波篠山。


うすらぼんやりしておりますが、室町時代末期の青銅鳥居。

ここは、波々伯部神社。ほほかべ、或いは、ほおかべ。





「丹波の祇園さん」と呼ばれるお社。


樹齢数百年のが立ち並ぶ参道。


ほほかべ神社でほほほほ。


雨上がりは気持ちいいな。


ウエットティッシュでごめんあそばせ。

【由緒】

(クリックで拡大)

社伝によれば、680年の発祥。

神仏習合で素戔嗚尊の他に、薬師如来像と牛頭(ごず)天王を祀っていたとか。(神主さん談 神戸新聞「社寺巡礼」2008年8月11日掲載)

波々伯部神社所蔵の「薬師三尊懸仏 3面」は篠山市指定文化財になっています。


波々伯部神社拝殿。

958(天徳2)年もしくは1098(承徳2)年に京都の祇園社(現・八坂神社)から勧請したという伝承もあり、あるいは広峯神社が遷座される際の途中の休憩所に社を建てたものとも伝えられます。

牛頭天王を祀るので、祇園さん。


(社務所のポスターを撮影)

波々伯部神社が賑わうのは、8月の例祭。

素戔嗚尊が大歳大神(おおとしのおおかみ)まで「御旅」に出掛ける伝統行事。大歳神社まで約1.5km。

例祭では氏子の他、世襲で受け継がれてきた社役人と宮年寄が取り仕切り、柿色の袴姿で先頭を練り歩きます。

民話では「神さまが現地妻のところに行く行事だった」とか。



牛頭天王が初めてこの場所に来た時、もともとの土地神「こもり姫」を見初めた。だが、牛頭天王はすでに竜神の三番目の娘をめとり、子どももいた。あきらめきれない牛頭天王は年に一度だけ姫の元に行くことを許された。ただし妻と子を同行で。

こらー。なんておおらかなー。



(社務所のポスターを撮影)

「ヨオーイ、サンジャ」の掛け声と共に、田園の中を進む8基の山車。



境内が広いのは祭礼のためなのね。

3年に一度、境内に高さ7mの「胡瓜山(きゅうりやま)」が出されます。山車の真ん中に小さな舞台が設けられ、「デコノボウ」と呼ばれる十二体の人形を謡曲にあわせて、宮年寄がおやまの上で胴串だけの単純な造りの人形を操ります。

演目は「高砂」「道成寺」「愛宕山」「田原藤太」などが残っているとか。

デコノボウが文楽、人形浄瑠璃に使用する人形の祖形と見られることや、屋台上で演じられること、また謡曲が古式であることから、中世的色彩を留めた貴重な民俗芸能とされ、2005年、国の無形民俗文化財に指定されました。



「波々伯部」の名は、古代朝廷で亀卜に用いる「ハハカ」の木を献上する人々が居住していたところから、「波々伯部」と呼ばれるようになります。


1098(承徳2)年、波々伯部村の有力農民13名は、拓いた田地を京都の八坂神社(祇園社感神院)に寄進。

波々伯部村は祇園社領となり、波々伯部保と呼ばれるようになりました。

荘園経営の為、八坂神社(祇園社感神院)執行の下に、下司職を置きます。下司職「波々伯部氏」の登場です。(1221(承久3)年「関東御教書」)


波々伯部神社と同じ波々伯部氏の紋「松喰い鶴」

室町末期、細川氏の重臣であった三好長慶が幕府の実権を掌握し、丹波国は三好氏の勢力下に入ります。


八上城のお山遠景。

やがて三好氏が没落すると、波々伯部光政はご近所の八上城城主の波多野氏に属して活躍。

波々伯部神社お向かいの淀山城をはじめ、東山城、 南山城を築いて、八上城の東口守備に努めます。


巨木三連星@ガンダム(違)。

やがて1575(天正3)年、1577(天正5)年、織田信長の命を受けた明智光秀の丹波攻略が始まります。

波多野氏をはじめとする丹波国人衆は果敢に戦います。


丹波のお社恒例。「焼失by光秀の焼き討ち」。

波々伯部神社も、焼失。

波々伯部光吉も八上城籠城の一人でしたが、妻の兄荒木山城守らの説得もあり、八上城を落ちることに決め、荒木氏の居所に退きます。

その後、光秀に降伏した波多野兄弟は安土城下に送られ、そこで信長によって殺害され、八上城は落城。



波々伯部光吉は荒木氏とともに八上々町、さらに新町に移って農業と酒造業を営み繁盛。江戸時代の1664(寛文4)年に庄屋、1694(元禄6)年に大庄屋となりました。


本殿の彫刻は中井権次正胤。

焼失したお社は、豊臣秀勝によって再建されたといいます。


でかいでかいと言っても伝わりにくいので、おまけ。


今日もお社は静かです。


波々伯部神社
《住所》兵庫県篠山市宮ノ前3-2



参考文献
神主さん談 神戸新聞「社寺巡礼」2008年8月11日掲載
「兵庫県の中世城館・荘園遺跡」兵庫県教育委員会発行
篠山市HP「波々伯部神社 おやまの神事」


いつも応援いただきありがとうございます。久々の光秀にファイヤーされる丹波のお話。丹波篠山付近のお社は、歴史が古いだけでなく、とても静かで手入れの行き届いた気持ちのいいお社が多いです。神様のおおらかなお話も、日本の神様らしくてくすくすと笑ってしまいます。
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No title

こんにちは。お邪魔します。
牛頭天王さま、奥様とお子様引き連れ現地妻に会いに行かれるんですか~
一般人ならふざけんな!な感じでございますが、神様のお話となるとほんとおおらかで微笑ましいお話ですね。 狛犬さんは見た!のでしょうか(*^^*)
杉の大木が素晴らしいですね。。 見たいけれど目と鼻エライことになるのでしょうか~?
あ、昨日ご紹介の生原酒「鳳鳴」さん! めちゃ美味しそうです~~ 辛口をロックでグビっと! さぞ冷え冷え美味しいでしょうね~~

No title

ステキな参道ですね
操り人形が踊っている姿も見てみたいですね

おきまちあき様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

なんともかんとも、日本の男女はおおらかだったのがよくわかるお話で。
それなのに、お祭り自体はお上品な様子です。長い年月で洗練されていったのでしょうね。元が祇園祭ですし。

これから夏までは、お社や山城が鬼門なんですな。
もれなく杉があります。ふっふっふ(ノ_<。)

ライスジュース、美味しいですよー。
私の辛口好きはこのジュースとの出会いから。うふん。

yuki様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

参道の雰囲気、大事ですよね。巨木が立ち並んでいると、ものすごくわくわくします。
操り人形の動く姿と、古式の謡がとても気になっております。
やはりライブで見たいです。

でもなぁ。真夏なんだなぁ。涼しかったら行きたいです。ふふ。

No title

つねまるさん、こんばんわー♪

ここは当然、八上城に目が行ってしまいます。

明智光秀の記事にて語りましたが、明智光秀の母が
磔になった城だとか。

この城も記事になると、跳ねて喜びます♪

piglet01様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

八上城、跳ねますかぁ~?

ここは、憧れのお城なんです。
去年の春に丹波篠山城から眺めて、きゃほーい♪ってしてたら、山城のせんせから「丹波にはいい山城がいっぱい。あなたが眺めてた八上城なんて特に」と教えていただきまして。

まず憧れから攻めるか、好物は最後にとっておくか。悩むところです。ふふふふ。

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鍵コメ様

無理しないでー。ぼちぼちいこうぜー。
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