徳島城表御殿庭園。枯れたり満ちたり煮えたぎったり

こんにちは。


蜂須賀正勝夫妻墓所。

秀吉の家臣、通称・小六。秀吉から阿波国を与えられるも辞退。
阿波国には、家政が入ります。


阿波徳島藩。藩祖・蜂須賀家政墓所。

1586(天正14)年。
阿波18万石の大名となり、従五位下阿波守に叙任。
まず一宮城に入り、翌年、徳島城へお引っ越し。

秀吉死後は、子の至鎮と徳川家康の養女の縁組を結ぶなど、典型的な武断派・親家康大名として活動。

1600(慶長5)年。関ヶ原の戦い。

西軍から親徳川の姿勢を糾弾され高野山へ追放されます。

しかし、息子の至鎮を家康の上杉景勝征伐に同行させ、至鎮が関ヶ原の本戦で東軍として参加して武功を挙げたため、戦後に家康から所領を安堵されました。

しかし自身は家督を至鎮に譲り、蓬庵と号して隠居。

従って、阿波徳島藩の藩主としては、至鎮が初代。

これを家政の深謀遠慮と見るかはあなた次第です。


阿波徳島藩。初代藩主・蜂須賀至鎮(よししげ)墓所。

1615(慶長20)年。松平姓の家名を将軍家より下賜。
淡路国を加増され、25万7000石の所領になります。

内政においては、塩田の開発や非常時の食料の確保に努め、名君として慕われたものの、35歳の若さで父に先立ち他界。


高野山奥の院の蜂須賀家墓所。

蜂須賀家は、明治まで阿波徳島藩を治めました。



滑り込んだのは



「名勝 旧徳島城表御殿庭園」(国指定名勝)。



茶人武将・上田宗箇(そうこ)の築庭とされる桃山様式の庭園。

桃山様式の庭園は回遊式で橋が多用されるらしいですのよ、奥さん。
とりあえずぐるりと見て回りましょ。


「緑泥片岩」という徳島の岩。きれいな色です。


初代藩主・蜂須賀至鎮の別名「義伝公」。

「義伝の踏割石」「義伝の地団駄橋」といわれる長さ10.5m、重さ約23トンの自然石。


ぽっきん、したら大変でしょ。

御影石(花崗岩)を加工した長さ6mの切石橋。


庭園の南側は、枯山水です。


東部築山の陰陽石。

子孫の繁栄を祈る祈願石。

穴の開いた巨石は、ドクロにも見立てられ穴の内側に耳を寄せると、


地獄の釜のたぎる音が聞こえるんですって。きゃー。


違いまーす。枯滝でーす。

この奥、東北角は御殿の鬼門。観音様を祀った観音堂跡があります。


花崗岩のくりぬき井戸。

下部は緑泥片岩積となっているとか。

さて。引き続きまして、北側の「築山泉水庭」へ。


心字池。


草書体の「心」の形らしいですが。はて。

自然湧水に加え、地下樋道(現在は不通)により東側の内堀と連結し、潮の干満と共に水位が変わる池だったそうで。

「潮入り庭園」と呼ばれる由縁。


こちら側が御殿だったので、これでよいのかしら。


目の前におっきな井戸があるけど。

阿波国外の御影石(花崗岩)をくりぬいて作ったところが、豪華なんですって。



「徳島城の城郭内部に設けられたため、1520坪と決して広くはないけれど、桃山様式を顕著に示しており貴重です」(案内パンフより)です、です。


《住所》徳島県徳島市徳島町城内1-9




参考「旧徳島城表御殿庭園案内パンフレット」


いつも応援いただきありがとうございます。庭園の見方がさっぱりわからないので、案内パンフレットにベッタリお世話になりつつ、ぐるっと回りました。徳島の青石(緑泥片岩)がとてもきれいな色です。地団駄橋、には、ほっこり。よいこの至鎮でも地団駄踏むんだなー。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
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No title

大変立派な庭でございます。
私も庭園のことは詳しくないんですけど・・・よく行きます。細かい造りのことは気にせずに「気持ちよか~」っていう感想だけで終わりですが。
心の字になっているって面白いですね。

yuki様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。そちらは梅は咲きまして?

はい。たいそう立派な庭園でございます。
なんだかよくわからずに、「いし~はし~みず~」っと眺めて参りました。
「心」の草書体ってどんなんだー?っと、さくさく検索したものの、余計にわからなくなったお馬鹿でございます。

「気持ちよか~」がきっと一番の誉め言葉かと。おほほ。

No title

つねまるさーん、おばんですばーい♪

表御殿庭園はチョイ見しましたが、緑泥片石垣に興味をそそられ
石垣の勝ちでした!

池は海水を引いていたのですか。
四国の城は海水を引き込んでいる城が多かったですが、徳島城も
そうでしたか。

ふむ、ふむ、

陰陽石は天然物は微笑ましいですが、加工品はいただけないですね。
東部築山の陰陽石は天然物ぽいですね♪

No title

こんばんは。
草書体の心、検索して、youtubeで書いてる動画を見かけて、ああ、ナルホドと思いました。
満引きするなんて、凄く気になります。
お庭とかよくわからないけど、見るのは好きです(^^)

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piglet01様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

ぴゃー(T▽T)

お庭と資料館でうきうききゃっはー♪して、城山の方はタイムアウト。天守台と門と虎口しか見てなくてー。

徳島城辺りまで潮の干満が及ぶほど当時は海が近かったのかな、どうなのかな、と、地図とにらめっこ。

鳴門のお魚とかがお堀に入ってきたりしたのかしら。
鱧とか鯛とかー(≧∇≦)ウハウハ♪

一宮城を見てから徳島城に移動したので、海の存在を忘れてましたの。おほほほほ。

素敵な青石の石垣で、私もうっとりでした。
徳島城って、地図だけ見たらぺたんこの所とばかり思ってました。
城山が城域だったんですね。

いいんだー。宿題たくさんたまったら、また行くんだー。

陰陽石、愛知県の田縣神社でとんでもないものを散々見た悪夢があるので、加工品はご勘弁です・・・(×_×)

ここは天然物でよかったよかった。

宙海様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。 ダンボーさん達はお元気ですか?

あ。検索までしていただきありがとうございます(*^▽^)/★*☆♪

そうなんですよね。なるほど、なんですよー。
でも、現地の池をうろうろしながら「どこが最初のテンなん!?わからんわ、きぃー!」ってしてました。

海辺のお城ならではですよね。カニさんとか、ヤドカリさんとか、あわよくば鳴門のワカメとか鱧とかがお堀に来ないのかしらと。

自給自足。

海辺のお城には、海水を利用したものが多くあります。
紀伊田辺城も、往時は水門で開閉して調整するお堀を持ってます。

有料だったので必死に見学しましたが(いやーん。ついつい、やっちゃったー)、やはり、お庭はなんも考えずに、ボーッとするのが正解な気がします。

鍵コメ様

無理しないでいいよー(*´∀`)
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