阿波・一宮城。南北朝まで遡る徳島県下最大の山城

こんにちは。


阿波一宮神社と大日寺。


阿波一宮神社の太鼓橋のすぐ横に一宮城への登山口があります。

ということで。


じゃーん。


登山に必要な三点セットが揃っております。
郵便受けの中にお持ち帰り用の地図が入ってました。


かわいい地図ですが、これでは探検に不足。

阿波・一宮城はこんなとこ。今回は小倉丸まで行きました。


(クリックで拡大します)

鳥瞰図の引用元→→→余湖くんのお城のページ
余湖様、お借り致しました。ありがとうございます。

標高144m、比高120mのお山の上の一宮城。

1338年。南北朝時代。
南朝方の阿波国守護職小笠原長房の孫の小笠原長宗が、一宮国造の一宮宗成を滅ぼして一宮城を築きました。


長宗は一宮氏を称して一宮神社の大宮司も務めます。

1362年。一宮長宗は北朝方に下り隠棲。

一宮氏は、阿波国守護職となった細川氏の被官となり、細川氏に代わって三好氏が実権を握ると三好氏に従いました。


多分、両方傾いてる。


一宮城築城の前からこの付近には一宮神社とその神宮寺があった、ということ。
経筒とは、タイムカプセル。


「本丸まで500m」の文字に、少しへたる。


とても整備されてます。ぜーはー。


ちぇっ。

三好氏と姻戚関係となった一宮氏。

第12代一宮成助の頃には三好氏の勢力が衰えます。

1577(天正5)年、細川真之と三好長治の争いでは、一宮成助は伊沢城主伊沢頼俊と共に細川真之に応じて挙兵。

三好長治を今切城に攻め長治を自刃させます。


倉庫とは、米倉と武器庫兼用なのかな。


非常時には物見台になったのかな。だって、ほらー。


ひょー。

伊沢頼俊は、讃岐国虎丸城に居た三好長治方の矢崎駿河守に討ち取られ、一宮成助は、長宗我部元親と通じて勝瑞城を巡って十河存保と争います。


ぽーっとしながら、おやつの時間。

1582(天正10)年6月2日。本能寺の変。
三好康長が急ぎ京に上がった隙に、長宗我部元親は2万3千の兵で阿波国に侵入。

中富川の戦いで十河存保軍を破り阿波国を平定しました。


倉庫跡からてくてくすると、こんなかわいい石積が。
上の曲輪の土留めの役割をしているそうです。


倉庫上の曲輪群。


二段になってる曲輪なの。

中富川の戦いで土佐勢の先鋒として活躍した一宮成助ですが、三好康長に通じたとの理由で夷山城にて長曽我部元親の家臣により謀殺されてしまいました。


みたいではなく、山城です。

その後、長宗我部元親は一宮城に南城を新たに増築。
家臣の谷忠澄に南城、江村親俊に北城(旧城)を置き、多数の守備兵を配置します。


むろん、行きません。

1585(天正13)年。
秀吉による四国征伐の主戦場となります。

秀長が4万の兵で攻城。対する一宮城側は1万の兵でよく守ったものの、同年7月下旬開城しました。


すごいですよねー。ほぼ垂直なの。これではよじ登れないわ。


籠城するには、飲料水が大事。あちこちに貯水池があります。


上から見たらこんなとこ。よじ登らなくても大丈夫。


さて。長曽我部元親に謀殺された一宮成助。

弟の成孝は、兄が謀殺された際に讃岐国へ逃亡。
その子である光信の代で、蜂須賀氏に仕えます。



阿波国守護職小笠原長房の孫の小笠原長宗が、一宮国造の一宮宗成を滅ぼして築いた一宮城。

小笠原長宗は一宮氏を名乗り、代々城主と一宮神社の神職を兼ねていたため、蜂須賀氏に仕えた光信は、一宮神社の神職として一宮氏の名を残すこととなりました。

めでたしめでたし。か?



本気で驚いたんです。ほほほ。


つづく。


鳥瞰図引用
「余湖くんのお城のページ」様
→→→http://homepage3.nifty.com/yogokun/
→→→(クリックで開きます)余湖くんのお城のページ

いつも応援いただきありがとうございます。地元の有志の善意でとてもきれいに整備された散策路。道から外れなければ楽しくテクテクできます。ご近所のおじいさまがすちゃーっと登っていくのを見送る私。息切れしてました。ぜーはー。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
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非公開コメント

No title

おはやうございます。

徳島と言ふと、徳島城址や鳴門にあります不思議な城跡の撫養城?のやうに海邊と言ふ先入観がありました。
「本丸まで500メートル」
確実に心が折れるお節介な案内表示ですね。
これは、登城の体力的難易度の高い山城ですね。お疲れさまでした。

No title

こんにちは。

私が傾いているのかと言うのを去年行った神社の手水でありました。
傾いて見えるけど、手水の水を見ると真っ直ぐなんだと解りましたが…
かなり先になりますが、またブログでご紹介します。
祠は判断できませんね^_^;

実は・・・

神社系武家が好き 川* ̄д ̄*川ポッ 

エネルギッシュで神様に仕えてるくせにギラギラしてて、
戦国初期から中期にかけて、とっても元気で面白いんです。
各地に蟠踞する国衆や豪族への影響力が大きいキーパーソン。

それだけに天下統一後を生き残るのが難しく、殆どが某太閤のモンキーマジックで潰されてます。
神社系武家が本貫地に残るには「武家であることを捨て、神様に仕える事に専念」するしかありません。

一抹どころか千か万くらいの寂しさがありますが、
12か、そこらで謀反に加担したと斬首された阿蘇氏の当主に比べたら「めでたしめでたし」です(´・д・`)

しめっぽい話になってすいません^^;

>道から外れなければ楽しくテクテクできます

油断禁物なんですね^^;
地元の方の後ろを歩けば・・・・って達者すぎて、自分も置いてけぼりくらいそう^^;

ぽちぽちぽちーーー

橘右近大夫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

>徳島と言ふと、徳島城址や鳴門にあります不思議な城跡の撫養城?のやうに海邊と言ふ先入観がありました。

撫養城、不思議な城跡ですよねー(*^^*)
思わず、おっ♪っと立ち寄って撮影したくなる絶妙な場所で。

あれが邪魔で、本来の城跡が見えない、という・・・f(^_^)
あそこの博物館、閉館になってました。余計なハコモノは建ててはいかんぞぉーっとぶつぶつ思った次第。

高さが120mでも、「本丸まで500m」。まさに山歩きでした。よろよろでした。おほほ。

宙海様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

何の祠か確かめたかったのですが、傾いてるのかわからない場所だったので、ふらふらしまして。断念残念。

手水の水があれば、わかりやすいですねーf(^_^)

船のお風呂で、浴槽とお湯とが互い違いに斜めになっているのを見ると、一気に酔いますわ。ほほ。

ブログ、楽しみにしてますねー♪

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

神社系武家。おおー。

神官の祭事は統治と不可分ですものねぇ。
正直、やめときゃいいのになーっと思ったり。こほん。(神社の数だけわいて出る印象が。)

関西では宮司さんが数百年続いているお社が多く、お名前を聞いただけで、へへーっとなります。

現代でさえそう思うのだから、代々の土地にそのおうちが存在しているだけで精神的な柱となったことでしょうね。
そりゃー、お猿さんはシャッフルしますわ。

>一抹どころか千か万くらいの寂しさがありますが、
>12か、そこらで謀反に加担したと斬首された阿蘇氏の当主に比べたら「めでたしめでたし」です(´・д・`)

阿蘇さんって、阿蘇神社の?今もいらっしゃいますよね、確か。
生き延びたのかな?

No title

つねまるさーん、おばんですば~い♪

一宮城は、ザ山城って感じですね!
曲輪下の石積がたまりませね。

山城はこの時期に上らないと、草木が育つ時期になると大変な
思いしますよね。
備中松山城にスーツ姿で上ったら、大変な思いをしました><

女性の山城攻めは後ろが気になって、何度も振り向いたりしませんか。
2本足で歩くオオカミには気をつけてくださいねー。

No title

こんばんは

「たてぼり」に「くるわ」とみるところ満載の山城ですね。
地図見るだけでワクワクして来ます!

やっぱり関西方面は行くべきですね~

piglet01様

おばんでぇすばぁい♪いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

ザ山城♪

いっちょまえに「ふむ!」ってやってみたくて、行ってきました。
どうせ行くならでかいとこ。うふふ。但し、整備されてないと登れないので、ここ、良かったです。

南北朝まで遡ってしまうなんて、山城すごーい。

>備中松山城にスーツ姿で上ったら、大変な思いをしました><

よよよよ、よく、スーツで行かれましたね\(>_<)/
お疲れ様でございました。

草木もなくて、虫もいない。今が季節のようですね、山城巡り。
ひんやりした(いやいや、寒いでしょ)空気が気持ち良かったです。

徳島行きのメインイベントが一宮城へ登ることだったので、わくわくしながら登山口へ。で、天国への階段でへたってしなしなになりました。

下手に人の気配がすると怖いですね。ここ、山歩きの方々が結構いらして、一緒にミカン食べました。美味しかったなー♪

ミント様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。たてぼりを、かたぼり、と読んでいたお馬鹿さんでございます。ほほ。

見所満載過ぎて。写真をたくさん撮ったのですが、おうちに帰って見直してもどこだっけ?っとあたふたしております。

ミント様なら、ちょちょいのちょーい♪っと進めるところだと思います。天国への階段の如き登り道がしんどくて、至るところで休んでおやつ。あ、おやつがいけないのかしら。おほほほほ。

山城だけでしたら、関東も東海も充実してますよー。
でも、小笠原氏や、細川氏、三好に長曽我部、蜂須賀氏と名だたる人々の足跡がある一宮城は、背景を考えるだけでもわくわくします。

また、一宮城の麓の一宮神社も面白いですし、神話と実在の武将達の息づかいを堪能出来るのでたまりません。

関西方面にご旅行の際は、少し足をのばしていただくと面白いかと存じます。

計画してると、だんだん西へ西へ行ってみたくなりますよー。
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Author:つねまる
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