賀集山万福寺。淳仁天皇淡路陵を護る人々

こんにちは。


今日も淡路島。

淡路島の賀集には、天皇陵があります。


■代数 第47代
■御父 舎人親王
■御母 大夫人山背
■御陵名 淡路陵(あわじのみささぎ)
■所在地 兵庫県南あわじ市賀集
(宮内庁ホームページより)



◇淳仁天皇(733年- 765年11月10日)
在位:758年9月7日 ‐764年11月6日
古文書では廃帝(はいたい)または淡路廃帝(あわじはいたい)。
諱は大炊、践祚前は大炊王。

天武天皇の皇子・舎人親王の七男(3歳で父と死別)。

藤原仲麻呂の推挙により立太子。
大炊王は仲麻呂の子(真従)の未亡人粟田諸姉を妻とし、仲麻呂の私邸に居住。

758年に孝謙天皇から譲位を受け践祚(桓武天皇以前は即位と同義)。同時に孝謙天皇は、太上天皇(孝謙上皇)となります。


これは5月のたまねぎ畑。


◇藤原仲麻呂(恵美押勝に改姓改名)
祖父は藤原不比等。父は不比等の長男武智麻呂(藤原四兄弟は、武智麻呂、房前、宇合、麻呂)。

天皇の保良宮滞在中に孝謙上皇が弓削道鏡を重用し始め、危機感を抱いた仲麻呂は淳仁天皇を通じて、孝謙上皇と道鏡との関係について諫言。

これを契機にして両者の関係は対立。


孝謙上皇・道鏡 VS 淳仁天皇・仲麻呂


762年6月28日、孝謙上皇は「今の帝は常の祀りと小事を行え、国家の大事と賞罰は朕が行う」と宣告。

764年9月11日、藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱。
上皇側の責任者は吉備真備。

藤原仲麻呂は上皇側と戦いますが、琵琶湖の三尾(近江国高島郡)まで追い詰められ、湖畔で斬首されました。

淳仁天皇は、仲麻呂の乱には同行していないものの、「仲良し」を理由に上皇に廃位を宣告され、淡路国へ流されます。



皇位は孝謙上皇が重祚、称徳天皇となります。

一方、淳仁天皇は、廃位のため太上天皇号(上皇)にはなれないどころか、天皇の数にも入れられず。


「天平神護元年十月庚辰、淡路公、幽慎ニタエズ垣ヲコエテ逃グ。守佐伯宿禰助、接高屋連 並木等、兵ヲ率イテコレヲサエギル。公、還リテ明日院中に於テ甍ズ」(続日本紀)

765年10月、「幽憤に勝(た)えず、垣根を越えて逃げたが、明日、院中に薨(みまか)りぬ」。死因不明。薨年33歳。


逃亡をはかった翌日、お亡くなりに。怪しい。


淳仁天皇陵から数百メートル。


母上の「大夫人・当麻山背」も共に淡路島へ流されてきました。


お邪魔申し上げます。


のどかです。


二人の陵墓からはお互いの姿が見えるところが、きゅん、です。


暗殺の疑いが濃い淳仁天皇は、怨霊として皇室を悩ます故に、772年、光仁天皇が僧侶60人を派遣し、斎を設けて、その魂を鎮めました。


その僧侶達の宿所、賀集山万福寺。

淳仁天皇の冥福を祈る本尊・金剛界大日如来と、母の当麻夫人の菩提を回向する本尊・台蔵界大日如来。

ふたつの大日如来が合祀されています。



天皇の数に入れられず「廃帝」のままであった淳仁天皇(大炊王)。

明治3年7月24日(1870年8月20日)に、ようやく、弘文天皇(大友皇子)・仲恭天皇と共に明治天皇から「淳仁天皇」と諡号を賜られます。

明治6年(1873年)には、同様に配流先で歿した崇徳天皇を祀る白峯神宮に合祀されました。


恵美酒太神は、御陵に鎮守として迎えられた福の神だとか。

明治初年に御陵が宮内省の管轄となり、鎮守の恵美酒太神を万福寺の住職が当寺に迎えました。

「天皇の森のえべっさん」と崇められた御神像には、『淡州三原郡賀集荘舟森廃帝陵鎮座恵美酒太神』と、朱印があるそうで。


山門横のちびちゃん。

万福寺は、鎌倉時代には高野山の庇護を受けますが、やがて衰退。


室町末期に賀集氏が備後より阿波を経て当地に領主として移り、城を構えた時に復興され、今日に至っています。


山門の屋根瓦。

1613(慶長18)年、脇坂安治の後に淡路島へ入った池田忠雄。


洲本市由良の成ヶ島に由良成山城を普請した際、播磨国から播州瓦の名工清水理兵衛を招いて瓦を作らせます。


それが淡路瓦のはじめ。


万福寺の現在は、淡路島七福神巡りの第一番霊場。


えべっさんのお寺です。


賀集山万福寺
《住所》兵庫県南あわじ市賀集鍛冶屋87-1


いつも応援いただきありがとうございます。淳仁天皇淡路陵と万福寺のある「賀集」地域。天皇陵があることからわかるように、この付近の歴史は古いです。また、賀集は、「淡路島玉ねぎ発祥の地」。明治21年に賀集村で試作が行われたのがはじまりとされているのだとか。たまねーぎ、うまー。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
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No title

おはやうございます。この度はありがとうございました。

長岡の乙訓寺はお参りしたことがあつたので、一度は行つて見たいと思つてゐた淳仁天皇陵です。
なか/\行けない淡路島なので、ご案内戴いて感謝です。ありがたうございました。

万福寺、行つてみたいですね。瓦を実際に拝見してみたいです。帰りには淡路島の玉葱を買つて帰る。
良いですね。やつぱり、淡路島に行つて見たい。

No title

こんにちわ、純野です。
某牛丼屋「吉野○」さんは
「淡路の玉ねぎを厳選して使っているから
うまい!」と聞いたことがあります。

No title

こんにちは。

小学校の時の通学路が玉葱畑と玉葱小屋で、こんな感じで似てると思って、とっても懐かしい感じがします(o^∇^o)
寄り道ばっかりしてたな~!

ぴゅーと口からお水出してる子が何か和みます。

No title

こんにちは~♪
タマネギで思い出しましたが、淡路島のタマネギはすごく甘くて美味しいそうですね(*^^)
そのまま丸かじりできると聞きましたよーσ(゚ー^*)

No title

こんばんは。

今日も本当に面白かったです♪
淳仁天皇、逃亡を図った後に急死ですか。
犯人は誰だ!?
無念だったでしょうねぇ。
おまけに天皇の数にも入れられてなかったなんて、初めて知りましたよ。
恋に狂ったオンナは怖いねぇ。
母上も淡路に流されていたなんて・・・
淡路というのは、本当に興味深い歴史があるんですね。

橘右近大夫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

淡路島のたまねぎ畑の中にある淳仁天皇には、なんだか惹かれるものがあって。
琵琶湖北側の西浅井町の菅浦の淳仁天皇の舟形陵へ追いかけて行きました。

あ。乙訓寺、忘れてましたー。ありがとうございます。

淡路島は他にも、漂流してきた木を燃やしたら香ったよー、というご神体が香木の枯木神社もあります。瓦とたまねぎに続き、線香の産地でもあります。

たまねぎ、春がいいです。新たまねぎと小柄なたまねぎが、これでもかっこれでもかっというぐらい販売されますよー。
あ、でも、GWは避けた方が。去年、52kmも渋滞してました。

最近、たまねぎを連呼している気がします(;^_^A

純野一益様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

ほほぉ。それは存じませんでした。今、いくらで食べることができるのかなぁ。

ご当地グルメの一環で、淡路島牛丼、売り出し中です。
淡路牛と淡路島のたまねぎを使うことが必須だとか。

淡路島へ行くと海の幸ばかり食べてしまいますが、陸地の食べ物も美味しいんでした。れっつりべんじ。

宙海様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

通学路がたまねぎ畑とたまねぎ小屋ですかー♪あら素敵。
初めて見たのは、大阪南部で。
たまねぎ小屋にたまねぎがみっちりと並んでいたのが、とても不思議な光景でした。

私の寄り道は、街路樹のツツジの花の蜜をちゅーちゅーするとか、パチンコ玉を拾うとか、あまり健康的でなかったです。

ぴゅーっとしてる鯛をよっこらしょ、っと撮影する私に向けられたお参りの方々の視線が痛かったです。負けないわっ。

まり姫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

そうなんですよー。淡路島には、そのままガブッと出来るフルーツたまねぎってのもあるんです。
普通のたまねぎでも水にさらさなくても充分美味しくいただけます。

いつも箱買いしてまして。なくなったら淡路島へドライブすっか~♪っと口実に。
たまねぎとニンジンとじゃがいもがあれば生きていけます。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。楽しんでいただけて嬉しいです。

恋に狂ったオンナ様に、けちょんっとやられてしまってお気の毒な方です。
淡路廃帝(はいたい)の称号で案内板があった所がありまして。さすがにそれは気の毒だろうと。

この御陵の周辺には、お住まいの推定地とか、本当はこちらが埋葬された場所、とか、点在しております。
今はあっけらかーんっとしたたまねぎ畑なのですが、当時は草ぼーぼーの荒野だったのかなぁ、寂しかっただろうなぁと思いました。

淡路島は、行けば行くほど興味が尽きない楽しいところです。

No title

天皇陵があるのなら確かにみる所が沢山ありそうです♪

鬼瓦も立派ですね。
これだけでもコレクションになりそうですよ~

こんばんは~

上皇VS天皇の戦いは割とありますが
孝謙上皇のはかなり激しいなあと思います。
北条政子や西大后のように
女性が権力者になったほうが、思いきりがいいというか、
苛烈な判断をする場合が多いなと歴史見て思います。
逃亡の日に死亡・・・
十中八九、あれっぽいですね。

それと、今、百人一首が熱いのですが
「由良の戸を渡る舟人舵を絶え~」の由良は淡路島から見えるのですね!
おお!こんなところにあるのか!と感動しました!

あと瓦の名産地なのは知らなかったです。
他にも播磨では芦屋釜という釜が名産と聞き
戦国時代から釜や瓦などの高度な技術を
播磨は持っていたんだなと思いました。

たまねぎ、私大好物なのですが
眼が弱いのでたまねぎにはいつも泣かされるのです。
食べたい、でも目が痛い。
いつもそんな葛藤を抱えてたまねぎと向き合ってます。

たまねぎ

つねまるさんのBlog自体が既に脳内でたまねぎに変換されてるわけですが(間違ってる)、たまねぎが賀集村で試作されたというところにピンと来まして。
未訪の淡路島ですが、賀集八幡神社に前から行ってみたいと思っております。
珍しい造りの本殿と春祭りに興味津々。

関係ありませんが賀集利樹くんも好きです(尼崎出身)。
彼は國學院大の神道文化学部神道文化学科卒業なんですよねぇ。

No title

瓦の三大産地のひとつとは、土がいいのでしょうね。
淡路島湯飲みを買った記憶があります。

塀の上のちびちゃんは、夜は移動しているのでしょうね。

ミント様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

畿内とはいえこんな離れた場所に埋葬された淳仁天皇に何となく惹かれて追いかけております。
一緒に流されたお母さんと、どんな日々を送ったのかな。

住んでいたところや仮の埋葬地等、関連史跡が点在していて、ぼちぼちと回るには最適です。

鬼瓦、立派ですよねー。街中ではお寺以外はあまり見なくなってしまいました。
あ、記事最後の画像のえべっさんも瓦で出来てるんですって。

トロロヅキ様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

日本史の授業ではさらっと進みますが、なかなか激しいですよね。
あ、なるほど。女性の権力者。西太后は確かにびびりましたわー。

何ていうのでしょう。捨てるもんはばっさり、だって嫌だもん、二度と復縁はないわよ、おほほほほ、って感じかなっ(;^_^A

紀淡海峡に面した由良。
そうですね、百人一首の「由良の戸を渡る舟人舵を絶え~」の推定地です。

由良からは友ヶ島や和歌山がよく見えます。
この紀淡海峡は、畿内にとって非常に重要な海の通り道で。
中世では由良城、明治時代からは由良要塞が設置されております。

愛知出身なので、瓦といえば三州瓦しか知りませんでしたの。おほほほ。土管は全部、常滑で作っている!と思い込んでいたり、井の中のゲーコゲコでした。

芦屋釜とは、お茶席でお初にお目見えしたんですよー。
ぽってん、っとした形が好きになってお尋ねしたら、主様の蘊蓄の中に、大内さんと陶晴賢が出てきたので、懐紙にメモして笑われて。しつれいせんばん。

サザエさんが水中眼鏡してたまねぎのみじん切りしてましたよー。
いかがでしょう。

淡路島のたまねぎ、水にさらさなくても充分美味しいことと、落涙だーだーにならずにみじん切りが出来るのがお気に入りです。

さかした様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

合言葉は?はい、たまねぎ。いらっしゃいませ。

さかした様、勘が良すぎですことよー。好き~♪

おっしゃる通りの賀集です。
この辺り、神話ではない歴史の宝庫で、史跡と寺社が密集。畑の畦道を苦心惨憺しつつ楽しく巡ってます。

賀集八幡神社は淳仁天皇陵のすぐそばです。うっふっふ。記事、作成中。

賀集、で検索するとまず、賀集利樹くんが出てきますねー。

>彼は國學院大の神道文化学部神道文化学科卒業なんですよねぇ。

おおお。知らなかった。彼はいったい何者なのか。検索してきまーす。

piglet01様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

淡路島湯呑みとは、どんな湯呑みなのかしら。瓦の焼き方でたまねぎの形?

塀の上のちびちゃん、お寺の記憶が飛んでしまうほど、気に入ってしまいました。
最初は狛犬くんかと思って相方くんを探したのですが、どうやら一匹わんわんのようで。

夜は楽しい宴会に参加して、午前中は二日酔いでへれへれのようです。

No title

こんばんわ。

淡路島に天皇陵があるなんて知りませんでした。
やはり古墳なのでしょうか。

途中から・・・

山門横のチビちゃんに目が釘付けに・・・・
きゅんきゅん♪しちゃぅぢゃないですか~川* ̄д ̄*川ポッ

称徳天皇・・・学校で習った時は感じなかったけど、「徳を称える」って凄いネーミングですね^^;
こういうネーミングする時って実は名前と逆・・・(._+ )☆\(-.-メ)オイオイ 

もう今は親子で仲良くしてますよね・・・ぽちぽちぽちぽち~

kameーnaoki様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

淡路島の淳仁天皇淡路陵と当麻夫人陵は、明治になってから宮内庁が指定したものなので、古墳の存在は微妙ですねぇ。
また、陪塚も見当たらないようです。これは淳仁天皇の置かれてきた地位に関係するのかもしれませんね。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

うふふふ。塀の上にへばりついてお迎え♪してるんですもの♪
ちびちゃん、お姉様の目を釘付けに出来てさぞかし満足かと。ふふ。

>称徳天皇・・・学校で習った時は感じなかったけど、「徳を称える」って凄いネーミングですね^^;

何とも言えない人物ですよねぇ。この一連の事件を習った時は、和気清麻呂が穢麻呂にされた!って点ばっかり覚えたなぁ。

淳仁天皇母子、今はたまねぎ畑に囲まれてのんびりしてますよー。
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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