馬見岡綿向神社。蒲生家氏神。がおー。

こんにちは。


にゃー、な、レオン氏郷が生まれた蒲生郡日野町。


レオン氏郷が遊んだ若松の杜のある


馬見岡綿向神社。


広大なお社前の広場をてくてくすれば、遊んで欲しい狛犬あり。


めっちゃ笑顔。
ボールとわんこ、最強。犬好きには悪魔の組合せ。


かーちゃんにしがみつく子狛わん。


こわっ。


狛犬も人間もはじめが肝心。


子供は意外と冷静に見ておることよ。


鳥居。


めっちゃ入りにくいわっ。


正面の太鼓橋は神様が渡る橋。人間は左右の平らな橋を通ります。


拝殿を本殿と見間違うご立派さ。


ストーブは、七五三のご祈祷用。神社って底冷えしますもんねぇ。


隅っこからお社を見るの、好きです。


堂々とした内陣。三方を回廊が囲みます。



【祭神】天穂日命 天夷鳥命 武三熊大人命

(以下、滋賀県神社庁HPより引用)

【由緒】
「社伝。神武天皇の時、彦健忍雄心命が出雲国より天穂日命に供奉し来り綿向山に鎮祀した。」


「欽明天皇6年、蒲生稲置三磨山部連羽咋に託宣ありて創めて祠を造営す。
天武天皇12年、篠谷川厩上の地に奉遷す。此地に天夷鳥命の祠がありて合せて祀る。更に延暦15年現在の地に遷座する。

延喜式神明帳に祀する馬見岡神社の論社である。

其後、後白河天皇勅願の事あり、又高倉天皇は安元2年勅額を奉納され、治承2年中宮建礼門院御安産の祈願等社伝に記されている。文治元年、後鳥羽天皇勅願あり。

神主出雲宿禰の家は上古より連綿と奉仕し新撰姓氏録左京神別に出雲宿禰天穂日命子天夷鳥命之後也と見え出雲家が古くから奉仕していた。

遠孫出雲貞尚の時北朝の戦禍あり建武5年五辻宮守良親王足利氏に抗す、貞尚は志を親王に通ず。」


「康正3年蒲生貞秀は神田畠三箇所を免税とし毎年神共を献じている。」


「弘治3年蒲生定秀は祭礼を再興し、蒲生氏の一族及び家臣郎党領内120人郷の郷土を集め再興した。」

蒲生氏郷誕生の翌年。じーちゃん、お祭り騒ぎ。


「天亀2年蒲生賢秀の協力を得て社殿を造営す」

蒲生賢秀はレオン氏郷のパパ。じーちゃんとレオンに挟まれておりますが、パパあってこその氏郷。


本能寺の変直後、信長の妻妾を日野城に避難させたのは、パパ賢秀とレオン氏郷。

地図で見るとわかりますが、安土と蒲生郡日野は近いのです。


素敵な本殿。

「天正12年羽柴秀吉剣一口を奉納す。同15年社殿を修造する。蒲生氏郷の援助を得る。慶長8年徳川家康より社領十石を寄附す。以来社領十石の寄進を受ける。」(引用以上)


本殿前のがおー狛犬。背後に不審者。




このぷりっけつ猪と蒲生氏のお話は次回に続く。


いつも応援いただきありがとうございます。レオン氏郷の蒲生氏と馬見岡綿向神社の結び付きの固さは次回となりますが、日野商人が寄進した細部に至るまで壮麗な社殿など神社単独でも充分見ごたえがあります。ここに二時間滞在した物好きはわたくしでございます。すみません。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
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No title

おばんばーい♪

なぜに神が太鼓橋を渡り人間が平橋を渡るのだろう❛︵❛

氏郷くんと信長の出会いはどこにあったのだろうと
調べたら、


賢秀パパが鶴千代を連れて信長のもとへ連れて行ったのだとか、
パパも先見の目があっただネー。

猪くんのぶりっが立派すぎます!
つんまるさんが固まったのでは(・∀・)アヒャ!!

No title

ぷりっつ尻のイノシシ・・・次に出るのはウリ坊だろうか^^

べびレオに、最強狛ちゃズ・・・ここは蒲生濃縮100%ですね^^

氏神・・・|壁|・ ̄)じぃー
真面目に言うと、蒲生氏が正規の起請文を認める時は、ここの祭神を記載したのではないでしょうか。

日本普遍の神様(八万なんとか)⇒国宮⇒御当地氏神の順番に書きます^^

もし、現地の史料館や展示で起請文があったら、神社の名前を見たら、当時の人が何処を大事に敬ってたか判るのんです。
そういうのが判ってみると、面白いですよ^^

ぽちぽちぽちぽちな~

piglet01様

こんにちはばーい♪
いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。


>なぜに神が太鼓橋を渡り人間が平橋を渡るのだろう❛︵❛

真ん中は神様が通る道なので、参道や階段でも人間ははしっこを通りましょー。
画像の真ん中の芝生も立ち入り禁止ですの。

えらいなぁと思ったのは、七五三のお子ちゃまでも、太鼓橋で遊ぶ子がおらず、境内にはちゃんと頭を下げてから入っていたことで。

日野の人は生活の中で何気なく教えているんだろうなぁと思った次第。


>氏郷くんと信長の出会いはどこにあったのだろうと
>調べたら、
>賢秀パパが鶴千代を連れて信長のもとへ連れて行ったのだとか、
>パパも先見の目があっただネー。

蒲生野で、「野守は見ずや君が袖ふる」的な出会いしてくれたら、もっとうきうきだったのに。ざんねん。

六角さんが既に飛んでますしぃー。
この子なら大丈夫、とも思ったのかなぁ。でも嫡男を出すのはパパも悩んだでしょうねぇ。


>猪くんのぶりっが立派すぎます!
>つんまるさんが固まったのでは(・∀・)アヒャ!!

わたしゃ、つんまるではなかと(T_T)
猪突猛進でツンノメッテルケド~(ノ_<。)ドコデミター

私のぷりっは、ぽってんぽってんです。全身が大トロでございます。
水に入ると浮きます。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

>ぷりっつ尻のイノシシ・・・次に出るのはウリ坊だろうか^^
>べびレオに、最強狛ちゃズ・・・ここは蒲生濃縮100%ですね^^

蒲生濃縮100%に蒲生ソースを混ぜて。
レオン氏郷好きには天国です。


>氏神・・・|壁|・ ̄)じぃー
>真面目に言うと、蒲生氏が正規の起請文を認める時は、ここの祭神を記載したのではないでしょうか。

>日本普遍の神様(八万なんとか)⇒国宮⇒御当地氏神の順番に書きます^^

おおお。なるほど。勉強になります。
熊野三山の牛王符ばかりに気をとられておりましたが、ほほう。
神様が喧嘩はしないのかと思うのは下々の勘繰りなのかぁ。


>もし、現地の史料館や展示で起請文があったら、神社の名前を見たら、当時の人が何処を大事に敬ってたか判るのんです。
>そういうのが判ってみると、面白いですよ^^

安土の滋賀県立博物館ならあるかなぁ。
検索してみます。
冬はマニアックな展示が多いですものねー。ふむふむ。

現地に行ったら、どんなとこにいたのかなー!?とか、なんか残ってないかー?っとか、あの土手は土塁かやー!?っと風景ばかりに気をとられておりましたー。

朱印と黒印は、覚えましたよー。ふむふむ、と。


>ぽちぽちぽちぽちな~

ありがとうございます♪
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Author:つねまる
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