蒲生定秀。孫が生まれたよ!お祭り騒ぎ日野祭。

がもっち。

レオン氏郷が遊んだ、若松の杜。
その後ろにちょろっと見えるのは

馬見岡綿向神社。うまみおかわたむき神社。
注連縄に垂れているのは12ヵ月。12本。中央は日と月。

創建等はさておき、ここは蒲生氏代々の氏神様です。
年に一度の日野祭はここ、馬見岡綿向神社の祭礼。
1170年から行われてきた歴史ある春の例大祭。

3基の神輿と、16基の曳山。
現行は、「芝田楽」「警固」「獅子太鼓」「大榊弓矢」「御太刀」「神饌唐櫃」「剣鉾」「巫女」「大幣」「小幣」「神馬」「神職」「神輿」「神幣」「神主」の順に渡御の行列。
1557年の日野祭の様子はこちら。

1812(文化9)年、日野の豪商中井正治右衛門が谷田輔長に描かせ奉納した日野祭の祭礼絵馬。

中井正治右衛門は、4畳もの大きさの絵馬と、絵馬に合わせた絵馬殿まで奉納しました。
日野商人、恐るべし。
この絵馬には。

蒲生定秀が描かれております。
ふふふ。
蒲生定秀といえば。

素敵な土塁の残る日野城を造ったレオン氏郷のじーちゃんです。

1556(弘治2)年、氏郷誕生。

孫が生まれたよー!きゃっほー!
で。定秀は嬉しくて神輿を新造し寄進。
その翌年、1557年の日野祭の様子を描いたのが、この絵馬。

先頭。

僧兵のような姿が見えます。

?

神社の祭礼に、西明寺の僧達が参加しています。

羽織袴の人が続き

孫が生まれたよ!嬉しいな、の、蒲生定秀は白い傘の下の人。
前後には蒲生家家臣。
室町時代には、僧も領主も参加していたとわかるのがポイント。
(って、宮司さんが教えてくれた♪)

家臣団の後には、巫女とか神馬とか。

そして、3基の神輿。これは今も同じ。
孫の幸せを願うじーちゃんの気持ち、今も同じ。

享年40は、若すぎるよ、氏郷よ。
本人も悔しいね。
蒲生氏郷 辞世
限りあれば 吹かねど花は 散るものを 心短き 春の山風
いつも応援いただきありがとうございます。レオン氏郷の誕生を心から喜んでいるじーちゃん、ええなあ。こんなに望まれて喜ばれて生まれたレオン氏郷。若松の杜できゃっきゃっと遊びながら、すくすくと育ったんでしょうねぇ。滋賀県指定無形文化財の日野祭は4月7日の神子選びに始まり、5月2日宵宮、同3日本祭。古式ゆかしく、曳山の豪華絢爛さが美しいお祭りです。ぜひ。



ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
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