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徳川御三家でがっぽり。新宮城と備長炭。

こんにちは。


新宮の熊野別当の丹鶴姫が居たところにある、丹鶴城。


1873(明治6)年に天守等の建物は払下げと取り壊しの憂き目に。現況はこんな感じ。


がたんごとーん。


着手は、ねぇねぇねね様の義弟浅野長政の長男・幸長の重臣、浅野忠吉。

浅野幸長が関ヶ原の功により紀伊国へ加増転封。
忠吉は新宮で2万8,000石を預かることとなり、新宮城の築城を開始。


途中、1615(元和元)年の一国一城令で廃城を命ぜられますが、場所的に重要な城として、1618(元和4)年再建を許可されます。

と、そこへ。

幸長の他界後に家督を継いだ次弟長晟(ながあきら)が福島正則の改易により広島藩に転封となり、忠吉もこれに随行。
備後三原3万石を預かる三原城の城代家老となりました。

次に紀州藩へやって来たのが、徳川頼宣。


(高野山奥の院)

徳川頼宣の付家老・水野重仲(家康の母方の従兄弟)が新宮城城主となり、以降水野氏の居城として明治維新を迎えます。



1633年(寛永10年)第二代城主・重良の時に一応完成。


小さいながらも、地元の熊野酸性火成岩を積み上げた優美な城になりました。


紀州徳川さんちの重要な拠点なので、丁寧に丁寧に造られたそうで。


丁寧に。


丁寧に。


そして、仁王立ち。


「水の手郭」には港があり、軍港と共に経済的物流港の役割も果たしました。


港の横には炭納屋群の跡が19棟。備長炭を常時1万俵も保管出来ます。

紀州備長炭(白炭)は炭の中でも逸品ですが、この良質な備長炭を年に15万俵近くも江戸へ送り、その量は江戸の炭消費量の3割を賄ったといわれます。
他藩にも販売したので全体では、30万俵近くに。

備長炭と共に重要な商品が鯨油。

新宮市三輪崎や近海では鯨を捕らせて、江戸へ直送。
鯨油は行灯等の照明器具の油として不可欠。

良質な備長炭と鯨油を商い、しかも、関税無料。うっはうは。

だって、紀州藩は徳川御三家だもん。

(高野山奥の院)

葵の紋所だもん。

(高野山奥の院)

紀州藩新宮領は35000石でも、炭と鯨油の販売により、実質は数十万石もの力があったと評されたのでした。

特に第9代城主・水野忠央(ただなか)は、経営手腕に優れ他藩が羨む大富豪であったとか。


(ぷぅーんっとします。くちゃいです。)

【水野忠央の功績】

◆備長炭を新宮領の専売とし、公儀御用達品として葵の紋所付きの輸送船で関税無料で江戸へ販売。

◆「熊野三山貸付」を創設。

◆和紙・陶器・瓦の製造促進、植林、造船、学問奨励。

◆丹鶴叢書(たんかくそうしょ。国史・国文学・有職故実を集めた本)の編纂。(熊野速玉大社神宝館に保存)

◆西洋の軍事教練を導入し、軍事刷新。


(においが伝わればよいのですが。うひひ。)


こんな豪腕の水野忠央の根底にあったのは、反骨精神。

初代水野重仲が家康の母方の従兄弟であろうとも、新宮領がどんなに大富豪であろうとも、紀州藩付家老はあくまでも陪臣。

直参は1万石。水野家は35000石。決して少ない石高でもない。
水野忠央は何とかして直参になりたくて、幕府内部へ身内を総動員する勢いで婚姻、養子縁組により入り込みます。

また、次の将軍位をめぐって徳川斉昭の子・徳川慶喜を推す一橋派と、紀州藩主徳川慶福を擁立する南紀派に分かれて対立した時には。

結果として井伊直弼等と共に慶福改め家茂を第14代将軍に擁立することに成功。

しかし、桜田門外の変で井伊直弼が横死すると、かつての一橋派や反井伊派が勢力を盛り返したため、直弼の与党であった忠央も失脚。家督を嫡男の忠幹に譲って強制的に新宮へ隠居させられました。

残念。


桝形の虎口。


敵が来たらここでやっつけちゃおー。


わたくしはやぶ蚊にやっつけられちゃって、退散。


参考文献
新宮城現地説明板・「新宮再発見の旅」(西村忠之著。新宮再発見の旅研究所発行)


いつも応援いただきありがとうございます。水野さんちの新宮領。今で言うなら、ガスと電力を販売してたわけで。そりゃ儲かりますわねぇ。新宮城の訪問はまだ暑い9月でしたので、やぶ蚊攻撃が半端なく、ちょろっと見て退散しました。次は探検したいなー。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
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せれぶ陪臣

備長炭と鯨油( ゚д゚)ンマッ!!
儲かったのは水野さんちで、紀州がバブリーになれるわけじゃないのね。
でなきゃ暴れる上様が質素な木綿生地愛用なわけないし。

香ばしゅうございました(*´pq`)ぽちぽちっとな~

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

まさにセレブ陪臣。がっぽがっぽ、うははーい、ですが、紀州の暴れる人にはあまり献上しなかったんでしょうかねぇ。

暴れる人が木綿なんか着てるから、紀州全部が貧しいのかと思ってしまいますが、実は熊野界隈は資源豊かなお土地のようで。

愛知出身の私は、御三家筆頭の尾張徳川から一人も将軍になってない鬱憤で悶々。しかも暴れる将軍では、宗春は中尾彬さん。むー。

備長炭と鯨油は、ガス会社と電力会社のように本気で儲かったようです。
大量の鯨油が必要だった常夜灯は、太地町のものが日本初。
そりゃそうだ、原油国ですもんねー。

せれぶ♪ばびで♪ぶー♪

すいません・・・思いついたら、どうしても言いたくて引き返してきました,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!

いろいろポチポチして帰ります~~~ヽ(*´∀`)ノ

うはははは

時乃★栞様へ
こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

せれぶ♪ばびで♪ぶぅーヽ(*´∀`)ノ

あかーん。とまらーん。晩飯作りつつ、脳内再生エンドレスっす。


>すいません・・・思いついたら、どうしても言いたくて引き返してきました,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!

引き返していただき、ありがとうございます。うひゃひゃ。
時乃★栞様の頭の回転の素早さにはいつも脱帽でございます。
少し分けてくださいなー。

ぽちぽち、ありがとうございます。励みになりまくっております。嬉しいな。
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