大斎原。水霊の斎く霊地なのに踏んだり蹴ったり。

こんにちは。


熊野本宮大社の主祭神の家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)は家都御子大神(けつみこのおおかみ)とも言います。

「キツ」から「木の神」で「木の国」、即ち紀の国の語源となったとか。
家都美御子大神は植林を推奨し造船技術を教え、外国との交易を開き人々を幸せにし、生命の育成を司った神。



この熊野本宮大社は、何度も何度も大きな災害に見舞われ、特に文明年間(室町時代)と永禄年間(戦国時代)には大火災が発生。社殿・宝蔵・文庫等多数を焼失。

特に明治22年の大水害では本殿はなんとか残ったものの、遷座を余儀なくされました。


かつて熊野本宮大社が鎮座していた場所は熊野川の中州。



今は遷座して高台に鎮座。

よって、かつて熊野本宮大社があった場所は「大斎原(おおゆのはら)」と称し神聖な場所とされています。

最初から高台に造ったらいいのにねー。

そうはいかん。


紀伊半島を縦断する果無山脈は熊野連山の三千六百峰を形成し、この間(奈良、三重、和歌山の三県)を縫うが如く流れる熊野川は太平洋に流出する 熊野の大動脈です。

神名から紐解く由緒よりはるか昔々のお話。

この熊野川の中枢に古代より熊野坐神(くまのにいますかみ・熊野にいらっしゃる神)が鎮座。

熊野坐神がいるところ。それが熊野坐神社。熊野本宮大社の元祖(?)。

第十代崇神天皇六十五年に社殿が創建されたと(皇年代略記)(神社縁起)に記載されています。

だから、熊野川から離れて高台に造ることなんて全く考えてなかったのでしょうね。


普段の私はよよいのよい。


洪水対策のため高くされています。


おせっかい。


基壇の上がかつて本殿が存在していた場所です。


ぽつん。


警備のおっちゃん?


ええ、さようでございます。


中四(第五殿~第八殿)社、下四社(第九殿~第十二殿)が明治22年の大洪水で流出したため、この二基の石祠に祀られています。


上四社は高台にお引っ越ししたからって、いや、そんな。




なんだったのかな。


お弁当広げてはいけません。飲食厳禁です。


遊んじゃだめでしょ。


えええー!?


この鳥居はここから見たのでした。


神聖な場所、大斎原でした。

まわりにはこんな所もあります。



熊野古道について要領よく展示されてておすすめです。
関連書籍も揃ってますし、観光案内もしてくれます。


せきにんじゅうだい。


ごはんにしよう、そうしよう。


来てね!

いつも応援いただきありがとうございます。現在の本殿も素晴らしいのですが、古来から社の鎮座していた大斎原は熊野らしさを感じることができてとても好きです。川原でのんびりするのがおすすめです。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
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No title

こんばんは~♪
記念写真は撮らなかったんですか(笑)
いつか行ったときに撮ろうかな(゚∀゚ ;)タラー

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まり姫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。
あ、しまった、忘れてたー。次は撮ってきますかねぇ。一緒に行くぅー?
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